第45話

 目が覚めた。

 まだ夜中だ。バグが生じたのか。

 孤独な夜。夢の中で僕は、データ上にしかない人を求めてしまった。むなしい。ミットライト亡き今、ダイブすらできはしない。もちろん、できてもしないと決めた。

 ベッドから起き出す。夜を体感するのは久しぶりだ。電気を点けずに、移動する。

 もう、ここには僕以外誰もいない。

 誰も。

 しかし、何かがもやもやとしている。見逃していることがあるような。

 ミットライトとの時間。それは充実したものだった。苦労したことも今から思えば懐かしい。

 二人。

 二人?

 そう。世界中を探しても、ロボットは僕ら二人きりだった。そうだとすれば。レーダーはミットライトをロボットと認識していたのか? アンドロイドは基本的に人間なのに。

 急いでコンピュータールームに入り、メインブレインを起動させる。鈍い音ともに、光のともるモニター。この中には、二度と会えないデータだけの彼らがいる。胸部で何かが震える。

「さあ」

 ロボット捜索用のソフトを立ち上げ、周辺のロボット反応を確かめる。対象がせまいのですぐに解析は終了する。

《対象範囲内対象物 2》

 ファンが急速に回転する。この建物の中に、確かに二体のロボットがいる。この解析はロボットの成立条件に反応している。ロボットとしてそろうべきものがそろっていないと、認識はしないはずなのだ。そもそもミットライトはばらばらになって葬られた。僕でもないミットライトでもない、もう一人の誰かがいるのだ。

 この小さな家に、ロボットを隠せる場所などほとんどない。隠す? 自分の思考に驚く。しかし、それ以外考えられないのだ。もしロボットがいるとしたら、ミットライトが隠していたに違いない。何のためかとか、そんなことはわからない。けれども、全ては彼によって導かれていたのだ。

 ミットライトの部屋を調べたが、未知の空間はなかった。いまだに彼の持ちものはそのままにしてある。今となっては、多くの書物があることも感慨深い。

 考えられる場所と言えば、あとは発電室ぐらいか。それほど広くはないが、そもそもロボットの大きさもわからないのだから探してみる価値はある。

 発電室は二階にある。風力発電と太陽光発電によって生み出された電力を安定化させる装置のある部屋で、実際には変電室といったところか。作ったのはミットライトなので構造はよくわかっていない。これが壊れたら僕も死ぬしかない。

 僕は普段ほとんど入ることがなかったが、汚れもなく綺麗なままだった。ミットライトが手入れしていたのだろう。部屋の中には電圧などを調節する機械が置かれている。特に疑わしい空間もないが……

 カツカツ、カツン。

 動き回っている時、床の一部で軽い足音がした。ためしにもう一度歩いてみる。カツン。カツン。

 音が違う。中に空洞がある気がする。

 床に手を触れる。音の違う個所、タイル一枚分だけ手触りが違う。ここだ。端に手をかけ、引っこ抜く。

 すぽっ、と案外簡単にタイルは取れた。二十センチ四方の穴の中、深さは五十センチほどか。そこに、人形が入っていた。ゆっくりと、拾い上げる。

 金属製だった。僕は、しばらく何も考えられなかった。ただそれを見つめていた。

 大きく深呼吸した。脳がクリアになる。

 人形の足の裏を見て、そして穴の中を見る。やはり。

「でも……でも」

 辻褄は合う。ただ。こんな小さなものが? そして見る限り、とても古い。

 最初期のものだろうか。それにしても。僕の知るどの型のものとも違うなんてことがあるだろうか。その目もその口もその形全てが、データ上のものとは何かが違う。よく見ると接合方法、可動部の構造なども違うようだ。

 まさか、ミットライトが作った?

 いくら彼でも、そこまでできるだろうか。

 その時。

 二つの瞳に、光が宿った。グイインという起動音。

「久しぶり」

 本当にわけがわからなかった。初めて見るもの。初めて会う相手。でも、心のどこかでは納得している。

「ね、なんか言ってよ。わからないの、イェ」

「信じられないのさ……そんなことがあるわけないから」

「でも、あるんだよ」

 まっすぐに見つめてくるレンズと、少しくぐもっていが、懐かしい声。

「だって……君は僕の作ったデータだ」

「そうね……それを知って、ショックだった。でも……お前が世界を超えたように、私にもできると思った」

「頭がこんがらがってるよ」

「簡単なこと。私がお前に感染して……お前も私に感染した」

 理解はできなかった。それでも、現実はそんなに悪くない、と思った。わからないことなんて、他にもいっぱいある。

「とりあえず聞きたいことはいっぱいあるよ。下で話をしよう」

「うん」

 僕らは今度こそ、世界で最後の二人だ。そしておそらく彼女は、世界で最初の一人。

 僕とフューレンは、新しい生活へと階段を下りていった。





<完>



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界で最後の二人 清水らくは @shimizurakuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ