第3話

 ミットライトは時々散歩に行く。

 朝、居間に出てきても姿がないときは、大体どこかでぶらぶらしている。この場所は比較的被害が少ないとはいえ、大戦以降の地球はどこも醜い場所となってしまった。世界は完全に様変わりした。僕がこの世界を美しいと感じるためには、僕が僕自身のデータを改ざんするしかないだろう。少なくとも美的感覚までは、ロボットは人間に反抗しようとはしなかったのだ。

 ミットライトも、今の世界を美しいとは言わない。しかし同時に、醜いとも言わない。僕と彼では作られた時代が違うから、感性データが違っても不思議ではない。それにしても、彼の考えることは分からないことが多すぎる。

 今日はなかなかの晴天で、たっぷりと電力が稼げそうだ。こんな日には、一日中シミュレーションするに限る。

 そういえば、昨日勢いに任せて作ったデータがあったっけ。冷静になってみればたいしたことでもなかったと思えるが、作った以上放っておくのも気分が悪い。思いつきで失敗するのは人間の悪癖であるべきだ。ロボットは何につけ成果を残さなければならない。

 マザータウンを起こし、その中に昨日のコピーデータを放り込んだ。あとはいつものように処理が進行するのを眺めていればいい。元々がランダムな設定なのだから、失敗を恐れて微調整をする必要はない。

 僕達の星は、太陽系の中で唯一つ、青い水を手に入れた。僕達ロボットは宇宙に無駄な投資をしなかったので、火星や木星について目新しい発見をすることはなかった。人間は目的も分からず目新しいデータを欲しがったので、多くの探査機を他の惑星に向けてぶっ放した。もしそこから生命体の痕跡でも見つけられれば、皆で小躍りしたに違いない。が、冷静になればそれはただそういう事実が確認できるというだけで、人々の税金を注ぎ込んでまでするようなことではない。信じられない話だが、冥王星に向けて有人探査機を発射した国では、毎年何百人も餓死していたのである。そんな尊い市民の犠牲の上に、人間は太陽系の実態をかなり把握し得た。結果分かったことは、やはり火星人も木星人もいなかった、ということだった。月には水が存在していたらしいが、そんな事実に一喜一憂していた、人間の方がいまやいなくなってしまった。

 豊富な水は、生命の源となる。理屈はよく分からないが、空気中では生命は生まれないのである。ミットライトの説明によれば、より宇宙の状態から発達した状況下でこそ、イレギュラーな存在が生まれたのだろう、ということだが、やはりよくわからない。宇宙そのものが存在の一様式だとすれば、どのような状態もただ「在る」としか言いようがないと思うのだがどうだろう。まあ理屈はとにかく、ディスプレイに映る星も水がたっぷりである。そして今までどおりならば、じきに生命が弾け飛ぶ。そう、最初の生命は弾け飛んでなくなってしまう。そして幾億幾兆の生命の中から、子孫を残す術を手に入れるものが出てくる。しかし最初の子どもは、またもや弾け飛んでしまう。子供を残すという機能を受け継ぐことができなかったからだ。現在まで続く生命の鎖の最初の一つは、子供を作り、また子供に自らの性質を写す機能をも手に入れた者なのであった。

 生命は進化する。無論僕達が進化と呼ぶだけで、ただの形式変化に他ならない。それは多様性を目指しているのか、多機能性を目論んでいるのか、目的は分からないにしろとにかく変わり続けるものなのである。ランダムに弾き出された数値からも、進化は生じた。進化はたった一つの奇跡的な環境から起こるものではないらしい。

 突然変異による変化は進化のほんの一部でしかないとされる。遺伝子は常に前向きな適応能力を手に入れ、種を越えて情報を伝達する。突発的環境変化に多くの種が耐え得るのもこのためである。耐性を共有することによって、相互作用を及ぼしながら多種多様な生物が進化する。それがいずれ、人間を生み出すことになる。知性に慢心できるだけの器は、強力な数多くの耐性を備えねばならない。何しろ一番重たい頭を垂直に支え、角も牙もない体で平野に飛び出ねばならなかったのである。知恵によっての様々な対処もあった。火をおこし、道具を作った。しかし様々な細菌、宇宙から飛来するウイルス、強い日差しに対しての耐性は、他の種の中で生み出されたものを譲り受けたのである。

 しかし僕の中に、素朴な疑問が生まれた。この新しく創り出された世界においては、人間は人型である必要がないのではないか。角があろうが、牙があろうが、八本足だろうがかまわない。僕は、わくわくしてきた。知性にとって、人型が必然であるかどうか、それを証明できる瞬間に僕は立ち会えるかもしれない。

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