第5話 天才(エリート)の日常(憂鬱)①

 新宿エリアにある私立の中高校一貫校―私立羽ヶ丘学園学校。新東京に屈指の名門である。新江戸郡ネオエドで偏差値トップの学校であり、毎年多くの卒業生が連邦州立大学に入学している。


 メインの校舎は三つ矢印の形をしている。前方には広い校庭、後ろにはT文字を上下反転させた校舎の中学生の教室棟、左には競技場がある。そして50メートル上空に浮かぶ島があった。ここには、校庭から階段やエスカレーターで繋がっている。学校のエアーステージ上に教員棟と式典用の体育館、また中学部とシェアする第三食堂がある。


 この時代では、グラム発動エネルギーシステムが開発されたお陰で、まるで人工太陽のように無限のエネルギーを提供することができ、エネルギー問題は既に解決した。更に、錬金工学と科学を併用した技術で使った反重力コアを土台にして、空を浮かぶ島の建設もできるようになった。


 この新たなる反重力核技術は、また普及導入計画の第一歩に入ったばかりで、教育、医療、治安、農業、行政等それぞれの分野に設置されている。羽ヶ丘学園は、ヒイズル州ではじめに、その技術が導入された教育機関の一つであった。二年前に完工して直ちに施設の使用が始まった。


 昨晩の3億円の人質救出事件の翌朝。設計は倹約的、配色のトーンは清潔感がある廊下に『1年2組』と書いたライトパネルが光る。そのパネルを見ると今は数学の授業を受けていることが分かる。


 教室内に整然と配置された机と椅子に35人の生徒が着席している。生徒の机には

テキストや講義プリントの内容がスクリーン状に映されている。生徒の男女の割合は半々、その中に白人や黒人の生徒は2割程だ。


 数学の教師は眼鏡を掛けた50才前くらい男。体型は少し肥満気味で、きちきちなスーツを着ている。その教師が黒板パネルに書いている計算問題は生徒の前のスクリーンに映している。


 遼介はクラスの中央、最後列の席に座っている。もう直ぐ期末テストの時期がくる。教師が次々と難問を出すと、遼介は右手のパネルペンを凄まじい速さでペン回した。その手ばさきはあまりに巧みで、一度も落とすことはなかった。彼にとってこんな問題はあまりに簡単過ぎるのだ。授業が退屈で仕方なく、大きなあくびをした。


「さて、この問題を誰か答えることができるか?こんな問題を次の期末テストに出題するぞ」


 シーンとする教室。その問題の難易度は名門大学の入試レベルであったので、生徒は誰も答えることが出来なかった。これからの期末テストである合格点を取れるか、生徒たちは心配していた。余裕なのはただ一人、遼介しかいない。この前の中間テストでは、は一年生の成績ランクは一位獲った、しかも唯一の八科目が全教科満点を獲り、学年1位となった。


 二位の生徒は728点しか獲ることができなかったにも関わらずだ。遼介のその余裕な態度を気に食わない生徒も多かった。ある男子生徒が手を挙げて、皮肉めいた口調で返事をした。


「先生、こんな難問は光野しか答えられないでしょう?」


 その名を聞くと男性教師の額に冷や汗が流れた。


「そ、そうだな、光野君、この問題君は解けるかね?」


 クラスメイトの嫌味の言葉にも、遼介は逃げも隠れもせずに堂々と答えた。


「はい、先生、通常の解き方ならこのように!」


 遼介は戸惑いなくパネルペンでシュシュシュと計算式を書き出し、ものの三分もしない内に答えを導き出した。


「これで正解ですよね?」


 教師に緊張感が走るに云う。


「正解だ」


「先生、この問題はもっと速い解き方があるじゃないですか。その方法で解いてみても宜しいですか?」


「いいんだ。普通の解き方で十分、光野君」


遼介はそれを認めない、疑問を堂々と問いかけた。


「先生、なぜですか?効率を高めるためにもっと速い方法で解決するって悪いことなんですか?」


「べ、別に悪いことではないが、お前が今まで授業で勉強した公式で答えできれば十分だ」


 先生の答えは納得できず、さらに追い詰めようと問いかける。


「先生、正解とはなんですか?同じ答え方なければ、正解と認められないですか?何で他の可能性が認めないですか?」


 普通の数学の授業はずだが、遼介が質問を投げると、元々堅い雰囲気の数学の授業は一変。賑やかな弁論大会が開催されたようだ。ストレスを与えされた教師の体が硬直し、反論が出来ない。息を吞んで、答える。


「いや、それは……」


 二人はバトルステージの上でお互いに譲れない。時間が止まったようだ。しばらくして、休憩時間のチャイムが鳴った。先生は眼鏡を押し上げて、大声で告げる。


「と、とにかく、普通の選択と回答問題がどんな公式で解こうが君の自由だ。計算式を書く問題は授業で教えた公式以外で解いたら、例え正解だとしても点数にはならない。わかったよな、光野君」


 納得できないが、引き下がるしかない。遼介は軽く息を吐く。


「分かりました」


「残る問題は宿題、次の授業で答えを開示する。わかったんな!」


「はい!」


「では、委員長」


 授業終了の礼をした後、目の前にいるモンスターのような生徒を少しでも見たくないというように、教師はさったと教室から逃げ出した。生徒達はおしゃべりを始めたり、廊下に出ていったり、遼介は自分の席に腰を下ろし、ハーッと長い溜め息をついた。


「は〜っ」


(つまらない授業だな…)


 すると突然、一人の女子生徒が遼介の机の前に寄って来る。


「江島先生、また逃げ出したよ!」


 遼介は退屈そうな顔でその声に応じた。


「なんだ、本多さんか」


 紺色の紋様がついた真白のセーラー服、スカーフは学級を紋様の色と同じ紺色、羽ヶ丘学園女子生徒の制服だ。襟は一本線しか無い、スカーフに一つ白線が入っている。彼女は2組のクラス委員長―本多スミレ。


 彼女はセミロングの黒髪をポニテールにした、可憐な少女であった。彼女は陽気な仕草をしている、両腕に僅かな筋肉が付いているように見える。右の手首にバンドを着けている。


 二ヵ月前に、遼介がこの学校に転校して来てから、彼女はよく話しかけてくる。学校内の情報はいつも彼女から教えてもらたった。彼女は真面目だがたまにおっちょこちょいの一面があり、失敗した時はよく遼介に助けられた。前回の中間テストの成績発表以来、彼女は積極的に自分をアピールしてくるようになった。それとともに、使う言葉も慣れ慣れしくなっていった。


「今日、また先生とディベートしてたね?」


 その澄んだ目に惚れる人が少なくはない。遼介は彼女の気持ちに気付いていたが、いつも気付かないようにフリをしていた。だから退屈そうな口調で応じる。


「先生に質問を聞くするのは学生の当たり前の権力だろう?俺はただ疑問ハッキリさせたいだけだ」


「それはそうだけど、授業中は程々にしないと、また二面先生に説教されるのよ〜」


 遼介はよく授業で発言をするが、常に先生さえも答えにくい質問をする。言語の授業では、テキストの文章で登場人物が話す語彙に違和感があるのを指摘したり、物理と化学の授業では、それ以上に発達した錬金術や万物理論等の専門分野について訊ねたり、歴史の授業では昔の超古代文明について、テキストで述べる内容と違う、別の学者の立場から反論したり。または、先生は教えることを間違えるとすぐにそのミスを追求した。彼はいつも教師らにものすごいプレッシャーを与えた。彼は知識を求める情熱だけでなく、何もかも正直すぎるところがある。


「江島先生いつも難問を出題するだろう。問題の解き方も決まっているし、不公平な条件でテストをしたり、それは教育じゃない、ただの知識暴力ノリッジハラスメントだ。自分のプライドを保つため、目下の人間の行動を制限し、人が苦労している様子を見るのを楽しんでいる。結局問題を解決する時間と資源は普通より倍にかかる。アイツはそんな人間だ」


「ん〜光野君は人を見る目鋭いのね?」


「それは、沢山バイドして心得たスキルだ」


 スミレはいつも遼介のその余裕のある、堂々とした笑顔が気になっていた。しかし、いつも彼に親しげに話し掛ける理由はそれだけではないようだ。


「そっか、そのもっと効率の良い、早く解ける公式を教えてよ!」


「別に良いけど、次の授業は体育だろ。お前は着替えなくて良いのか?」


「あっ、やばい!わたしはすぐに着替えて行かなくっちゃ!」


 スミレは慌てて遼介の机から離れた。


(こんなんでよくもクラス委員長を務められるな……)


 呆れた笑みを浮かべた遼介はそう思った。この前スミレに訊ねみたら、新学期初めのホームルームで誰もやる気がなかった為、何も考えず彼女が自らを推薦したらしい。彼女は物事を成し遂げる事に熱心で、体力もそこそこにある。だがメンタルが弱い。もしミスが起こったら次々とミスが起こって、誰が引っ張り上げないなとダメになる性格だった。


 遼介は彼女に急ぐよう促した。


「早くしないと、10分後に次の授業が始まるぞ?」


「うん、また後でね!光野くん!」


 スミレは踵を返し、慌てて教室の出口へ小走りし、扉の所で一旦ステップを止めて、振り向くと遼介を呼んだ。


「あっ、光野くん!昼休みにちょっと話したい事があるんだけど、いい?」


「別に良いけど。いつもの所にいる」


「わかった!じゃあ、お昼ごはん一緒に食べようね!」


 スミレの姿は入り口から去った。彼女は一方的に約束を決めてきた。このまま進展すると厄介だ。


「面倒くさいなぁ…」


遼介は不意に右手で自分の首を揉んだ。


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