第14話 少女の煩悩、事件の匂い

 夜の六本木エリアの繁華街。高層ビルの間の空には光の分離標が浮かび、様々なマシンが空中の車道を彼方此方へ飛んで車線を描いている。街の平面道路は全て歩道となっている。


 平面道路から仰ぎ見る。三階建ての歩道橋とショッピングモールが見える。開放的なショッピングモールには休憩スペースがある。休憩スペースに置かれたベンチの周囲には植物や噴水や石等が配置されている。こういった場所が街の隅にあちこち造設されている。このウォークウェイ建築の仕組みが、このエリアにある全てのビルを繋げている。エリア全体が、さながら一つの巨大なモールのようだ。


 人混みの流れの中で、クラゲ型の小型マシンが平面道路を掃除している。ここは中央スクエア広場だ。広場の真ん中には男の巨人が両手で女を支える石像が置いてある。ダンサーのパフォーマンスのように見える石像だった。女性が手に持つ球が時間を示しており、ちょうど17:59から18:00に変わった。空中に投影された大きな立体映像がニュースを流している。


 スミレは制服姿で左肩に鞄を掛けて、木刀を鞄と腋の間に挟み、野菜スムージーを飲みながら誰かを待っている。


 青いパーティードレスを着た女性が、ドレスにはダイヤで作った花の模様が輝いている。宝石が全体に敷かれた、ビカビカと放つ鞄を持ち、20センチのハイヒールを鳴らしている。髪型を綺麗にセットしたそんな華麗な姿を見て、スミレはリップスティック状のMPデバイスを取り出し彼女の姿を撮った。


 スミレの実家は道場を経営している。今の社会は人々の自己防衛の意識が高い、武術や防身術を学ぶ人が多いので道場に稽古する弟子が多かった。裕福ではあるが家風が厳しいので、そんな華美な衣装はとても認められない。


 自由なファッションを求めても許されない。ずっと鍛錬してきた剣道も実戦に役立たない。どちらも中途半端な気がして、溜め息が漏れる。スミレはストローを噛みながら首を上げてニュースを見た。


『昨日、女性が失踪する事件が起こりました。拉致されたのは坂井愛奈さん、20歳。新東京警視庁によると、昨夜彼女が帰宅後、アパートに戻らないまま行方がわからなくなった事が判明しました。先月以降、これで9件目の女性失踪事件です。被害者の共通点はいずれも接客業であることで、組織的な犯罪の可能性が高いです。警視庁は、女性に繁華街で派手なドレス等を着るのを控えるよう呼びかけています。


 —次のニュースです。アルパス興業の社長、石田光則氏は、空核基エアシードシステムの研究開発について、普及導入計画の第一段階は順調だと述べ、このシステムは州土の建設に対して莫大な貢献があり、政府の公分野を始め、私人法人問わず利用されています。


 これから第二段階に入るにあたり、アルパス興業は州政府銀行に融資を申し入れています。この件に対し、織田ライト州議長は下半期の州土予算編成の拡張を検討をしています。


 また、第三段階の自治企業・団体の使用も来月に意見交換会議を行う予定です。次は明日の天気です。……』


 何の気なしにスムージーを飲んでいるスミレの前を、黒いスーツの上にマントを着て、黒革靴を履いた、頭に中折帽子を被った男が歩いている。その季節外れな格好はスミレの目を奪った。


(外州から来た貴族の人?それとも錬術士?ヒイズル州には珍しい職業だけど……)


 錬金工学が普及しているこの時代、練術士は高度な専門職の一つであり、医療、製造、開発、運搬、治安など、広範囲で重用される人材である。練術道具で章紋術を発動させ、仕事を果たす。 連邦政府機関が認めた者は練術士ライセンスを持つが、ライセンスのない者の中には異端ヘラドロクシに認定される者もいる。練術士が使う練術法具は『グラム』を以って術式を発動させる。つまり、練術士は源使いの一種だった。


「スミっち〜!」


 その声を聞いてスミレは振り向く。由希は手を上げ、走って来る。スミレの前で止まり、両手を膝に置いてぜえぜえと喘いだ。


「お、お待たせ…!」


「遅い〜!いったいどこに行ってたのよ?30分も遅刻して。買い物の時間が無くなるじゃない?」


 由希は頭上で合掌した。


「ごめん!先生が勝手に補習時間伸ばしちゃってさ」


「毒島先生の化学補習、そんなにきついの?」


「もう地獄!あの人魔女だよ!周期表、全部暗記しないと認めないんだから!」


 化学が得意なスミレは当然のように周期表を暗記しているが、親友に同情し、苦笑いしてフォローした。


「それは辛かったね」


 由希は鞄を落として、スミレを抱きしめた。


「あたし死ぬ気で暗記した!もう頭がくらくらだよぉ!」


 スミレは彼女の頭をボンボン撫でた。


「よしよし、後でアイスおごってあげるから」


 由希の後ろにはギターケースを背負った、ミディアムの茶髪にパーマをかけた欧米系の女子生徒も付いて来ていた。


「よく頑張ったね、由希ちゃん」


 スミレは彼女を見て驚いた。


「マーちゃんも補習受けたの?化学得意じゃなかったっけ?」


 マーちゃんと呼ばれた生徒は前髪を触って、クールに言い放った。


「この前のテストの時休んでたから、その代わりテストを補考したけど、その問題イージだった」


 マリア・シェラントン・関口。軽音部に入ろうとしたが、入部の際に意見の違いから先輩と揉み合いを起こし、それ以来一人でギターを弾いている。スミレとは仲が良く、由希を含めた三人でよく一緒に行動する。


「補習いらないなんて、二人が羨ましいよ!」


「でもゆっちゃんは国語と歴史が得意よね!第二言語のフランス語の成績も上手いじゃない。わたしは漢字が苦手だからおあいこよね?」


「そうだけど…由希は理科科目を勉強でも、まったく分からない、いつも補習リストに入る常連だよ。これからの期末成績がまた赤点を取ると単位がやばいかも……」


「由希ちゃんは良い子から、大丈夫。私は剣道部の先輩たちから聞いた、毒島先生は見た目厳しい先生だが、寛大で、成績が悪るい生徒でも、授業を受ける態度が良い生徒なら、成績が悪いでも、期末の総合評価成績を合格させるよ」


「本当?」


マリアは首を上げ、時計の時間を確認すると二人を促した。


「カラオケの予約まで、まだ少し時間あるね」


由希が声を弾ませる。


「あたし、おなかペコペコ〜!」


「じゃ、軽くご飯食べてから行こ!」


スミレの提案に、マリアも頷く。


「賛成」


三人はエスカレーターで二階に上がり、ショッピングモールの北通路を通ってファミレスに入った。


 40分後、三人はファミレスから出て、一階の平面通路側に戻る。食事に満足した由希ははしゃぎ言った。


「あ〜お腹いっぱい!がんがん歌おう!!」


「もう、ゆっちゃん食べ過ぎ!苦しくて歌えなくなるよ!」


「大丈夫、大丈夫!食べた分だけ全力で熱唱できる!」


「早く行こう」


 三人がカラオケ店へ向かって歩く。その後ろからハイヒールがせわしなく鳴る音が近づいてくる。女性が度々後ろを振り向きながら走り、不注意で由希とぶつかった。


「わっ!!痛〜い!」


由希は尻餅をつき、両手を上げて抗議した。


「どこ見てんのよ!ちゃんと前見なさいよ〜!」


 先ほどスミレが見たドレス姿の女性だった。きちんとセットしていた髪型が、今は乱れている。怯えきって目は泳いでいる。身を震わせながら漏れるように声を出した。


「ごめんなさい……」


 スミレが由希の様子を心配し、しゃがんで問いかける。


「大丈夫?ゆっちゃん」


 由希は目に涙を溜めている。


「お尻が痛い……」


 マリアも手を伸ばした。


「立てる?」


「うん」


 スミレとマリアが一緒に由希の手を引き上げた。由希は不機嫌そうにスカートの後ろをはたきながらぼやいた。


「まったくもう…スカートが汚れたじゃない?」


 ドレスの女性はまだ座り込んでいる。顔を下げて自分のデバイスのメッセージを読みながら、乱れた髪を落ち着きなく触る。


 不自然な言動を見て、スミレは同じ日に同じ街で二度会った彼女に何かの縁を感じ、声を掛けた。


「あの…大丈夫ですか?」


 女性はびくっとして顔を上げ、恐怖で引きつった表情で答えた。


「ご、ごめんなさい…私の不注意で……」


「お姉さんはかなり急いでたようだし、髪も乱れてますよ?」


 女性は光をなくした目でスミレを見て告げた。


「あ、あなたの為に...私には関わらないで!」


 女性は自ら立ち上がって鞄を拾って肩に掛け、慌てて走り去った。


 由希がスミレを促す。


「あんな人ほっといて、はやく行こうよ!」


 女性の姿が消えた後でも、スミレはその恐怖に支配された眼差しを忘れられず、二人に言った。


「あっ!デバイスをファミレスに忘れたかも」


 由希は呆れた顔で答えた。


「え〜!また?」


 マリアはスミレの言葉をそのまま受け取った。


「スミレちゃんはよく忘れ物するね」


 スミレは踵を返し、走り出しながら二人に告げた。


「先に席取っといて!後で行くから!」 


 由希とマリアが目を見合わせる。だが結局スミレの言葉を疑わずそのままカラオケ店に向かった。

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