第13話 闘神(ボーイ)VS(ミーツ)天女(ガール) ②

 遼介とヒトミのバトルは続けてい居た。森のそちらからグラムで造った布が飛び刺して来た。


 シャーシャーシャーシャー


 木々の枝を切り落としながら、細いリボンが襲いかかる。遼介は攻撃を避けて、太い樹幹に隠れた。遼介がしゃがみこんだ。次の瞬間、布が頭上の樹を貫通した。 


(危ない所だった…!)


 ヒトミが飛んで来る。両手を伸ばすその姿はまるで仙女の様に美しい。彼女は木の枝に立ち止まる。布を引き戻すと、切った木々は一瞬で折れ、轟音をたてながら倒れた。


(どうやら本気で怒らせたか?)


「隠れても無駄よ!あんたの源はきっちり感知してる!」


「好き勝手に環境破壊しやがって!俺があれこれ壊してるのを責める資格はお前にはないな!」


「あんたが誘導したんでしょ?」


 理不尽な言葉に遼介は反論する。


「俺をこっちに投げ飛ばしたのはお前だろ?!」


 いつのまにかヒトミは遼介のすぐ側に降りて来た。布を打ち振り、遼介は受け身を取って躱すと、すぐに立って両掌を交互に打ち出す。四発の光弾が飛び出した。


 ヒトミは布を一直線に打ち、一発の光弾を切り払う。そして今度は手をやわらかくしならせると、布は波を打って曲がり、残った三発を誘爆させた。


 エネルギー波と爆風が吹き荒れ、周りの木々が激しく揺れた。遼介は源気を発して瞬時に作ったバリアで衝撃波を防いだ。


「やるな!」


 遼介は地面から太さ3センチほどの木の枝を拾い上げる。枝を右手で高くかざしながら、左手の人差し指と中指でヒトミの方向を指す。ヒトミは身を回して布をなびかせ、土煙を散らした。お互い無傷のようだ。 


「私を普通のヘラドロクシと一緒に扱わないでくれる?」


「確かにな。少しは腕に覚えがあるようだ。だが、俺に勝つにはまだ足りない」


「口だけ強情な男は嫌いよ!」


 ヒトミがまた攻撃を仕掛ける。遼介は妙な動きで布の連撃を躱し、手と脚をスピーディーに動かす。巧みに、戯れながら。それはまるではしゃぎ回る子供のようであった。


 僅かな隙を縫って、遼介はヒトミへ向かって突撃する。ヒトミはステップを踏んで身を廻し避けようとした。だが、遼介はそのままヒトミを飛び越え、着地したあとも走り続け彼女を後にした。


 ヒトミは遼介を追跡する。不満たっぷりに叫んだ。


「負けず嫌いなあなたが逃げるつもり?」


 遼介は返事をせず、さらに速度を上げ、防風林エリアの先、海岸手前の石垣の上に立った。遼介は振り向くと、両手に源気を集めた。炎のような白い光が燃えている。  


「そんなに急がすなよ!」


「もう逃げ場はないようね!」


「それはどうかな?」


 ヒトミは遼介の急所を狙ってリボンを振る。遼介は胸元まで来たリボンを僅かな動きで躱し、それを左手で握った。


「捉えたぞ!」


「何ですって?!」


「この拳でぶん殴ってやる!」


 ヒトミは遼介に引っ張られた。布を手放すには間に合わない。決意を固めた表情で叫んだ。


「だったらこっちから突っ込んでやるわ!!」


 遼介は予想に反して真正面からぶつかってくる彼女に対して、驚きと呆れの混じった顔で、気の抜けた声を出した。


「えっ?」


「うわぁあああ!!」


 ヒトミの頭が遼介の下腹に突き刺さる。


「ぐほっ!!!」


 激痛に遼介は目を白黒させる。


(天女門にこんな粗末な技はないはずだが……)


 二人はそのまま砂浜に落ちた。


 波の音がすぐそばに聞こえる。二人の側をカニがこっそり通る。二人は砂浜に寝そべっていた。


 遼介が意識を取り戻すと、二つの膨らみが視界を遮る。柔らかい感触が顔をびっしり被っている。薄い香水の匂い。自分が下敷きになっているのを意識すると、必死に離れようとした。


 ようやく呼吸できる隙間を作った遼介が、ヒトミに呼びかける。


「おい!起きろ!」


 目覚めたヒトミは両手で体を起こし、四つん這いの姿勢になる。岩壁に頭をぶつけたような目眩いに襲われ、ヒトミは左手で頭を撫でながら見回して状況を確認しようとした。


(いたた……あいつはどうなった?) 


 ヒトミの意識はまだはっきりとしない。遼介は右手でヒトミの胸を揉む。弾力があって柔らかい。ボタンを押されたようにヒトミは大声を出した。


「ひっ!!」


「……離れてくれないか?」


 ヒトミが目線を下ろすと、自分の下敷きになった遼介が見えた。途端に嫌悪感が全身に突き抜ける。ふと立ち上がり、20メートル程後ろまで飛び退いた。左手で胸を守り、右手に布を引き伸ばし身の周囲を守る姿勢になって、血相を変えて遼介を責める。


「何してんの?この変態!」


 遼介は冷静に返す。


「不本意な物言いだな…女性相手に圧迫される体勢を解け方はこれで一番効くだからな」


 まるで糸が切れたように、ヒトミはさらに怒った。


「源神諭心流の継承者がこんなことをして…!恥を知りなさい!」


「自分から頭突きしたんだろ?」


「避けないあんたが悪いわよ!」


「あのなぁ!そんなどうでもいい事を気にするくらいなら、最初からバトルなんか仕掛けるんじゃねえよ!」


 ヒトミは言い返せない。闘士の男女同士が肉弾戦をしようものなら、体の接触はよくある事だ。それでもヒトミはこの事態を認めたくなかった。


「あんたみたい男、許せない!食らいなさい!【天宝舞衣訣てんほうぶいけつ風華ふうか】!」


 ヒトミはまた布を発生させ、風を巻き込みながら勢いよく振り打つと、布が生き物のように躍動して攻めて来る。


 遼介は源気のバリアで攻撃を弾く。一気に跳び上がり、数十メートル上空で源気を使って体を廻転させ、空中から光弾を放出する。ヒトミは回避したが、光弾が砂浜を散らした。


ドガーンッ!!!


 砂と水が爆ぜた。直径5メートルほどの窪みが生まれ、ヒトミの姿は爆煙に巻き込まれた。遼介は煙の中に着地する。ヒトミのグラムを感じて振り向くと、彼女はそこに立っていた。ヒトミは左脚で体を支え、右脚を曲げ挙げて構えている。


「今度は外さないわよ!羽奏蓮華弾はそうれんげだん!」


 ヒトミは左手で造った光の球を軽く投げ上げ、左趾と腰の力を使って体を一回転させ、右脚で蹴り出した。 遼介は無防備な体勢で光の球の直撃を受け止めると、そのまま海岸の人工壁まで吹っ飛ばされた。


 壁が割れ、煙が辺りを覆った。遼介の影を視認すると、ヒトミはその割れ目に向かってリボンを撃ち出す。


何かに刺さった感覚。


即座に、左手でリボンを持ちながら跳び付いた。


 ヒトミは遼介の眼前に手を構えた。軽く立った指先が、遼介の額のすぐ前に迫る。ヒトミが問い掛けた。


「まだ負けを認める気はない?」


 遼介は落ち着いている。


「自分の目でよく見てみろよ!」




 ヒトミが自分の腹部を見ると、遼介が持っている鋭利な枝先が、彼女の腹を押している。先ほど急所を狙った布は、後ろの岩に刺さっている。ヒトミは驚愕した。


「うそ…!どこでこんなものを?」


「さっき森で拾った。お前の布の攻撃で少しずつ削って針にしたんだ」


「まさか、さっきのふざけた避け方はこのために?!」 


「ふざけてたわけじゃない。あれは宗家の型の一つ、【鳥歩ちょうほ.童心娯鳥どうじんごちょう】だ」


 森の中で、遼介はヒトミの攻撃のパターンを計算し、木の枝を少しずつ整形して求める武器を作っていたのだ。ヒトミは凍りついたように何も言えない。遼介は更に言葉を続ける。


「もしこの針がグラムで作られた剣ならどうなってただろうな?」


 ヒトミは身を引き、あからさまに不愉快な表情で訊ねた。


「あんたは最初からこれを狙ってたの?」


「どうだろうな。あんたがどう攻撃してくるかによって、当然俺の対応は変わるからな。これでもまだ、この闘競バトルはお前の勝ちと言えるのか?」


 遼介の生意気な顔。勝たせようものなら一層調子に乗り、勝ち誇るだろう。ヒトミが一番嫌うタイプだった。こんな男に負けたことを認めたくない。不貞腐れながら言った。


「この勝負は相打ちよ!相打ち!」


 遼介は歩き出し、オレンジ色に染まる海を眺めながら言った。


「お前がそれでいいなら、俺は構わないよ!なかなかタフな女だ。負けず嫌いなのも気に入ったぜ」


  ヒトミは青筋を立てた。


「バ、バトル後に口説くの!?最低ね!」


 ヒトミの言葉を無視して、遼介は海辺へ向かって歩く。金色の波が流れ、海風が吹いてくる。ヒトミが叫んだ。


「あのね!聞いてるの?」


 遼介は顔を上げて風の音を聴き、潮の匂いを嗅ぎながら返事した。


「せっかくこんな所に来たんだから、海を見てから帰ろう!」


 両手を伸ばして、遼介は深呼吸した。


「あぁ、綺麗な景色だな」 


 風音と遼介の声が混ざり合った。海風が吹き起き、遼介の襟や前髪、ヒトミの長いカールの金髪とスカートを揺らしている。ヒトミは呆れながら、ミルク色の顔を紅潮させた。


(こいつ、何考えてるの!?)


 遼介は口笛を吹き始めた。戦った後の爽快感に浸りながら美しい風景を眺め、この状況を胸にいっぱいに堪能する。


 ヒトミは遼介に追いついて問うた。


「あんたが勝ったらどんな条件をふっかける気だったの?」


「相打ちなんだったら、今更そんなことどうでもいいだろ?」


 ヒトミは遼介の飄々とした態度を責めた。


「あんた最初から何も考えてなかったでしょ!」


 遼介はヒトミのほうを振り向き、淡い笑みで返した。


「お前の方こそ本気でバトルを申し込んだわけじゃなくて、本当は俺の力を試したかっただけだろ?」


 図星を突かれてヒトミは驚く。


「…何でそう思った?」


「さっきの戦いで、お前は実力の三割ほども出してないだろ?本気で攻めれば、最初から俺に傷を負わせられたはず。お前の技から伝わってきたのは闘争心や狂った殺意なんかじゃない。言わば変わった自己紹介ってところだ」


 さらに核心を突かれたヒトミは言葉を出せない。遼介が踵を返す。ヒトミの眼差しは彼の動きをなぞる。遼介はヒトミに背を向けて問いかけた。


「あの機関がどんな任務をお前に命じるのか知らない。お前がまた俺に挑戦したいならいつでも受けるよ、だがそれ以外は御免だ。俺は機関に関わる気はない」


 遼介はジャケットからMPデバイスを取り出し、金属の玉に示された時間を見る。


(17:30)


「やばい!もうこんな時間か?」


 遼介は軽く跳んで、10メートルほどの人工堤防の上に立つ。ヒトミが大声で叫んだ。


「待って!話はまだ終わってない!」


「これからバイトだ。他に何か言いたい事があるならまた学校で話そう」


 遼介は街灯の上に跳び立ち、更に遠くまで飛び去った。ヒトミとしては、自分の事を舐められた挙句、闘競も完全に弄ばれた。尖兵としてのプライドもズタズタにされた。怒りの炎が静かに再燃する。ヒトミは両手を強く握り込み、体を震わせる。凄まじい源気が発せられ、金髪が激しく揺れている。


(この男、一体何なのよ!?こんな人があの英雄の息子だなんて、私は絶対に認めない!!)


 ヒトミは少し暗くなった海に向かって、怒りをあらわに叫んだ。


「覚えてなさいよ!このキザ男―—!!」

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