第12話 闘神(ボーイ)VS(ミーツ)天女(ガール) ①

 放課後。オレンジ色に染まる空に入道雲が浮かんでいる。隅田川臨海公園。遼介は公園の地図パネルを見ている。面積は30ヘクタールほどで、大規模な公園である。ここは五十年前に建設した運動公園で、新東京の東北の台東エリアにある、隅田川の川口に位置しており、前世紀の下町の跡が今なお残る住宅地だ。だが、10年前にこのエリアの人口は、新しく建設した新台場や品川島のエリアに移住する人が増え、台東エリア全体的に没落の影響により、この公園を使う人もだいぶ減っていた。


 遼介は階段を下って、周りは緑の木々がある歩道に沿って歩き通し、視野が良い広場にやって来た。周りには赤煉瓦で組み立てる回廊が巡邏されている。両端に高台が有り、全体的にまるで船の型をモーチフした広場だ。海辺をのぞむ高台の上には

12本の柱が立てられている。それぞれの上部には発光する玉が浮かび、周りで光の環が回っている。


高台はより高い、その上に12本の柱の上に発光の玉があり、周りに光の環が回転して、流水が石の階段に沿って流れている。夕方の時間に入り、煉瓦の柱と地面舗装に発光石が次々とライトニングした。


 カモメが飛び交い、潮の匂いがする、高台両側の階段を降りると砂浜の海岸が広がる。 学校で感じたのと同じ源気を察知すると、遼介は高台から、真ん中の広場に跳びおり、首をその人が立っている方向に向かって云った。


「そこに隠れてないで、闘競バトル挑戦をしたいなら堂々と現れたらどうた!羽ヶ丘学院一年4組の転校生さんよ!」


 羽ヶ丘学院の制服を着た女性は両側回廊を繋げる歩道に立っている。白ベースに紺色の紋様がある上着とスカート、黒のサイハイソックスを履き、ソックスの上に金色の環を締めている。液体金属で作った特別なリングだ。ソックスはあるナノ合金から作られていて、伸縮性があり、そして丈夫だ。ぴったりと密着し、むっちりした脚のラインを強調させている。


 サラサラな金髪を自然に下ろし、膝裏まで伸ばしている。カチューシャからは富士額が覗き、頭の両側にブロンズ色の角状の飾りが見える。


「失礼ね、私にはちゃんと名前があるんだけど」


「知っているさ。お前が学校で使ってる水戸.スーズンはただ偽名で、本名はヒトミ•ホーズンスそうだろ?」


 夕日がヒトミを照らし、その美貌は更に輝気を増す。まるでサファイアの瞳で笑みを浮かべる。およそ女子高生とは思えない妖艶なオーラを、ヒトミは放っている。


「よく知ってるわね。どこで調べたの?」


「とある情報節でね。詳しくはノーコメントだ」


「いつから私の存在に気づいたかな?」


「あの学校にウィルターと呼べる者は片手で数えられるくらいだ。そいつらの源グラムの気配はきっちり覚えている。俺はお前が転校してきた時から分かってたぜ」


 ヒトミは口を小さくほう、と感心した。


「その時点から、もう気付いていたと?」


 遼介はヒトミに向けて歩き寄り、5メートルほど前に止まった。


「それだけじゃない。お前、おとといから俺を尾けてただろ?きのうは学校の屋上の階段入り口に隠れて、俺とクラス委員長の話を聞いていた。その後、練馬エリアにも付いて来た。俺が草部を倒したのも見てただろう?」


「気付いてたなら、どうしてあなたは追ってこなかったかな?」


 遼介はヒトミの質問に対し、爽やかな笑みで答えた。


「その必要ない。人を何日も続けて見張る理由は二つ。一つは、計画的な敵討ち行動。二つは、決闘する相手の事前調査だ。それだけ執着心があれば、わざわざ追わなくても、そのうち目の前に現れるだろう?」


 ヒトミは自分の行動を遼介に読み切っただけなく、彼の思い通りに動いたのだ。

アドバンテージは遼介にある。ヒトミはデータ情報を基に想像した人物よりも遼介がはるかに有能であることに驚いた。彼の士気を抑えるため、代わりにヒトミはからかい口調で挑発した。


「まさか『火爆闘神スサノオ』の名で呼ばれる男がこんな冷静沈着だなんて意外ね!」


 そのコードネームを聞くと虫酸が走る、フンと鼻を鳴らして遼介は言った。


「あれは機関が勝手に付けた名前だ、断じてそんなもの必要じゃない!」


「そうなの?今まであんたが介入した事件、破壊したもの、巻き込まされて死傷した人の数を考えたら、その名をつけるに相応しいんじゃない?」


 ヒトミのヘラヘラした表情は、一転シビアに変色した。彼女の源気にも変化が生じた。黄色の光が見えた。遼介は右手の親指で自らを指し云った。


「どんな呼び方だろうが好きにしろ!俺は光野遼介だ!」


「そんなこと言っちゃて。本当は気にしてるのね」


 遼介は拳に力を込めて大声で反論した。


「いちいち五月蝿い奴だな!」


「それが恩人に対する態度かな?」


「恩人?俺はお前に借りなんかないはずだが?」


「昨日のバスケ試合の事、覚えてる?あんたの担任に無罪の証拠を見せたのは私よ!あれがなければあんたは計点申告されてたでしょうね」


「ふん、俺がここに来たのはお前の説教を聞くためじゃない、闘競バトルの挑戦を受ける為だ。さっさとやらないなら俺は帰る!」


「もちろん、やるわ!私が勝ったらあんたの全財産をいただく。代わりにあんたは何が欲しいの?」


 話しながらヒトミは身に源気グラムグラカをされに発散させた。それに対し、遼介は両足を肩幅ほど開き、両手を胸の高さに構え、颯爽に云った。


「後で言うよ。どうせ俺が勝つんだから。お楽しみだ!」


「自信満々ね!倒されたら言えないんだから、先に言っとかなきゃダメじゃない?」


 右掌と左拳を合わせて、軽く礼をする遼介は手足を伸ばし、明るい声で告げた。


「ふん!それはお前の実力次第よ、かかってこいな!」


 ヒトミが跳びかかる。目にも留まらぬ速さで手で何かを振り打ち、遼介は跳び退く。さっきまで立っていた路面が粉砕した。


 ヒトミの攻撃は止まらない。彼女はステップを踏みながら舞い踊るように躍動し、何かを左右交互に打ち出す。遼介がそれを避ける。二歩の後ろに回廊の煉瓦壁がある。


 ヒトミは手に持つそれを振り、遼介はそれを跳んで避けた。煉瓦の壁に裂傷が残った。遼介は凄まじいジャンプ力で後方転回してヒトミの後ろ側10メートルほどの位置に着地し、同時に、光弾を撃ち出した。


 ヒトミが右手を振り上げると、光弾が切り払われた。遼介は淡い笑みを浮かべ、ヒトミも笑った。


「その程度の光弾じゃ私には効かないわ!」


「念のため確認しておく。こんな物騒な戦い方で、この公園が損壊してもいいのか?」


「大丈夫、この闘競はちゃんと申し込み済みだから。機関が認める闘競バトルで出た損害修復の手順は知ってる?」


「もちろん。正式に申し込まれた闘競における損壊は、公共機関の復元人形で修復される」


「そういうこと。あんたのような危険人物と戦ったら、個人じゃ支払えない規模の被害が出るからね」


「なるほど、ちゃんと準備してるってわけだ。この公園に入った時から人影を見なかったのもそういう訳か」


 正式に申し込まれたバトルはM Pデバイスで周辺地域にいる者に告知され、専用ユニットにより結界が展開される。ウィルター同士の戦いは外部に影響しない。


ユニットからは超音波が発せられ、偶然そこにいる一般人も生理的に反応によりエリアから離れ、巻き込まれずに済む。


「さっきから喋ってばっかり。真面目にやってるの?」


 ヒトミはまた攻撃を再開する。右腕を振ると、細長い物体が打ち出された。遼介はそれを避ける刹那、ヒトミの扱っている武器をはっきりと見た。思わず顔が緩んでしまう。


「面白い武器を使っているな!鎖や鞭のようなイメージだな」


 相手の武器を説明する、その余裕ある態度にヒトミは怒った。 


 ヒトミの腰には白い布が巻かれており、両手でその両端を持っている。宙に浮かぶほど柔らかく軽く、瞬時に打ち出すと刃のような鋭さを持つ。


 体の柔軟さを活かし戦うその姿は天女のように美しい。布が波のように打ち出される。


 遼介はそれを飛び越えて避けた。布は切り裂かられ、落ちた布は光の玉となって消えた。ヒトミが遼介を見ると、彼は右手に剣をかざしている。刃の幅は6センチ、長さは100センチほど。源気で作った剣は白い光を煌々とまとっている。 


「慌てんなよ。バトルはまだ始まったばかりだ。時間はたっぷりある。俺を本気にさせるかどうかはお前の腕次第だぜ!」


 ヒトミが攻撃パターンを変えた。右手の人指し指を弾くと、弾丸ほどの速さで細い布先が撃ち出される。遼介は瞬時に背を反けて回避した。


 ヒトミは他の指を次々と弾く。遼介は連続で転回し、それらを躱した。弾き出された布はそのまま後ろの柱を貫いた。遼介は視線から瞬時の判断で、避けられない布を斬り落とす。ややしゃがんで、右足をグッと踏ん張り、ステップで地を蹴って、次の一瞬に、ヒトミの眼前に迫った。


 間一髪でヒトミは斬撃を避けて手を引き戻す。先ほど射ち出した八本のリボンが手元に回収され、二本の布になった。手で布を纏め、攻防一体の構えで、そのまま跳躍して空を横回転し、回廊の柱の上に着地した。右袖を確認すると、割かれている。


 ヒトミが次にどんな技を繰り出すか、遼介は興味津々で、柱の上に飛び立ちヒトミに訊ねた。


「なるほど、少しアレンジはしてあるけど、お前が使っているのは【女宿じょしゅく天女門テンニョモン】の技、【天宝舞衣訣テンホウブイケツ】だろう?」


 【女宿じょしゅく天女宝華門てんにょほうかもん】は、新体操やヨガやバレエ等を組み合わせたスキルを活かして設けられた外家武術の門派である。男女比は1:9と圧倒的に女性の弟子が多い。創立者は前世紀の日本の神道や中国の道教やインドのバラモン教の知識を学び、門派を設立し、天女宝華門を命名した。

通称、天女門。


 この門派の特性は速さだけではない。体の柔軟性と協調性を求めている。新体操のような躍動性があり、ヨガのように体を柔らかく使う。そしてバレエのようにループ回転の動きが多い。戦闘時には知と情を活かし、常に美を意識して優雅に攻める。球、チャクラム、鉄瓶、カタール、短剣等がよく使われるが、布やリボンは上級者しか学べず、まして使いこなせる者は僅かだ。相手に夢幻のごとき舞踊を見せ、魅了する内に命まで奪ってしまう。この武術の真髄といえる戦闘スタイルだ。


 ヒトミは右足一本で体を支え、左足を右膝に当て、両手で布をかざして笑みを浮かべた。


「よく知ってるわね。武恒武術大会で当たったの?」


「ああ、だが。それだけではない。俺は今まで積み重ねてきた全てを活かし、そしてこれから1分1秒変わっていく事相は全てを支配する。大会だろうと何だろうと、いつだって俺はそうやって闘ってきた!」


「あなた先にやったのは源神諭心流の技かな?」


「ああ、あれは【神心九歩こうじんきゅうほ】の一つ【閃歩せんほ曜心瞬閃ヨウジンシュンセン】だ!続けるなら怪我するぞ。やめるなら今のうちだ。」


 誇りの高さから生まれる、傲慢な語り口だった。その態度に対し、ヒトミは血相を変えて叫んだ。


「じゃあこれはどう!?」


 ヒトミは右手の布で遼介の左足を縛った。一瞬の反応で遼介は剣で布を斬り落とした。すると、左手の布が剣を握る手の甲を狙い撃った。


 遼介の拳から力が抜け、剣は元のエネルギー状態に戻って消えた。


「なんだと?!」


拳を狙った布が、今度は遼介の右足に巻きついた。


「私の羽衣からは逃れられない!」


 ヒトミは腰を回し、その勢いで布を引っ張る。重心を崩した遼介は、円を描きながら、まるで遊園地の空中ブランコのように宙に浮かべられた。ヒトミは体を回転し始めた。一回転、二回転…凄まじい速さで回り続けた。10Gほどにも至る強い遠心力により、飛ばされる者は臓器や脳にダメージを受ける。一般人なら全く耐えられないほどだ。遼介は叫んだ。


「うおおおおおおっ!!!!!」


 ヒトミは回転を一旦止め、布による拘束を解く。遼介がそのまま投げ飛ばされた。


「【天宝舞衣訣.廻夢カイム】の味はどう?」


 数十メートル飛ばされた遼介は防風林に墜落した。地面に激突する前に遼介は脚で源気を発して体を回転させ、両足で踏ん張って掌で体を支える体勢で着地した。


「ふん、こいつ、そそるじゃねぇか!」


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