第11話 天女が送れた挑戦状(ラブレター)

 翌朝、赤坂エリアにある高層マンション。制服を着た遼介が玄関の郵便箱を開けると、一枚の封筒があった。白い封筒の表に『火爆闘神スサノオへ』と黒文字で書かれている。この時代に通信方法は専らMPデバイスでのメッセージのやりとりで、手紙はほぼ絶滅したようなものだ。郵便箱もほとんど配達物を入れるのに使われている。


 封筒をまくると、赤い封蝋が見える。ハートマークの中に、ヨーロッパ貴族らしき紋章が入っている。もっとみると裏に赤色の封蝋で封じてハートマークに何らかのヨーロッパの紋章の押印が見える。郵便シートは貼られていない、送り主の名前も住所も書かれていない。ただローテントロプス機関が勝手に作ったコードネームを書いている。火爆闘神。不愉快な気持ちは禁じ得ないが、喜びがそれに勝った。


 この封蝋から感じるグラムは、最近自分をつけ回していた者のそれと同じだった。


「はっ、ようやく来たか」


 警察の依頼を受けて以来、遼介はヘラドロクシが起こした数多くの事件を解決した。逮捕した犯人や壊滅した組織は数えきれず、現場でターゲットの命を奪ったこともあった。警察の信頼を得る一方で、脅迫状や依頼届けが来ることも多く、いくら捨てても送られてくるキリがなかった。


 遼介は封筒を鞄に押し込み、窓に向かった。普段それは個人マシンを車庫から呼び出し、直に乗り出せる裏口だった。遼介は外の玄関ホームを立ち、風とダストを防ぐために後ろの窓が閉じると、その90階の高さから飛び降り、学校へ向けた。 


 羽ヶ丘学園の屋上、休み時間に遼介は口笛を吹きながら手紙を読んでいる。ミルタスト文字で書かれた果たし状だった。


――火爆闘神スサノオ


 私は君のことをよく知っています。『武恒連盟武術大会ぶこうれんめいぶじゅつだいかい』で四連覇した武術の帝王がこんな惨めな生き方をしているなんて、源闘士として、私は君のことを決して認めません。私は神源諭心流の後継者の君に闘競バトルを申します。もし私が勝ったら、君の優勝トロフィーと全ての個人所有資産を貰い受けます。その代わり、君が勝ったら、君の要求を何でも受けます。


 では、7月13日水曜日17時、隅田川臨海公園で待っています。                                                                                                       


ホーズンス より


 遼介は手紙の内容から、どうやら相手は自分のことをよく知っていると分かった。今まで武術大会で戦った相手や知らない武道家から私的な決闘挑戦を受けるのはよくある事だった。しかし、ホーズンスと言う名前は聞いたこともない。手紙に書かれているミルタスト文字はアトランス界に特有の言語で、アース界で普及しているアトランス界の通用語、ロフィエンス語ではない。この手紙を書いたものはアトランス界の住民であることが分かった。初めてアトランス人から申し渡された決闘。これは滅多にないチャンスだとわかり、遼介は闘志をたぎらせた。


(ほお、面白いじゃねぇか!?)


 遼介は木から葉を取って唇に軽く押し付け、さっきの曲の続きを草笛で吹き始めた。そのメロディは優しく、柔かく、どんな罪でも浄化しそうなほど清らかに響く。妬み、悲しみ、焦燥、絶望、憤怒、全ての負の気持ちを癒す。遼介は時々この曲を吹く。幼い頃からの癖であった。


「光野君!」


 遼介が振り向くと、スミレが立っていた。両手を腰に当て、不機嫌そうな表情を見せている。遼介はもはや決闘のことしか頭にないので、上の空で返事した。


「ああ、本多さんか」


「昨日逃げたでしょ!?」


「その事か。草部を片付けたんだから俺はもう用無しだろ?」


 スミレの怒りの炎は鎮まらなかった。遼介がどこかに行ってしまったので、警察に自分で通り魔を倒したと嘘をついた。警察に厳しく尋問された。ウィルターの再判定検査もされた。昨晩起きた一連の出来事を思い出すと、スミレの怒りはさらに燃え上がった。


「あのあと私は一人で警察に取り調べされたんだよ!?」


 遼介は頭の後ろで腕を組んだ。


「別に悪いことはしてないんだから、本当のことを言えばいいだろ」


 確かに、素直に遼介が草部を倒したことを言えば、自分は警察に厳しく尋問されなかっただろう。しかし、スミレは遼介への恋心が芽生えており、またウィルターである彼を庇いたい想いがあった。たからそんな目に遭い、屈辱を受けたとしても、すべてを耐えた。スミレはふてくされた表情を浮かべた。


「一体どこに行ってたの?」


「バイトだよバイト。こう見えて、結構忙しいんだぜ」


「どんなバイト?」


「お前には関係ないだろ?」


「なにその言い方!ひどくない?」


 スミレの言動を遼介は理解できなかった。何を言っても彼女は聞きおらず、彼女の持っている想いは、単に女が男に惚れる気持ちだけではない。他に何か執念じみたものを感じた。


遼介はあえて冷たい口調で言い放った。


「言ったはずだ。昨日の一件でお前は理解したはず。俺といても損しかしない。お前の生活、めちゃくちゃになるぞ」


 その言葉もどこ吹く風で、スミレは全く聞いていない。ふと、ベンチに置いている封筒に付いているハートマークの封蝋に目が留まり、遼介に問い詰めた。


「ああ〜っ!!それラブレターじゃないの?」


 甲高い声。遼介は呆れ顔で、掌を振って拒絶した。


「はぁ?違うよ。中身を読めばわかる。どう見ても果たし状だろう?」


 スミレが封筒を手に取ると、淡い香水の匂いが漂った。封筒の手書き文字を見て、スミレは女の直感で確信した。差出人は女だ。


「このハートマークはどういう意味なのよ!不純でしょ?」


 封筒を取り戻して遼介は反論した。


「お前は考え過ぎだよ。ヨーロッパ州郡のどっかの貴族の紋章だろ?挑発は少々うるさいが、これは正式な決闘状だ」


「光野君、受けるつもりなの?」


「もちろん受ける。こんな相手は滅多にいない。俺たち武道家は武術大会と道場挑戦等連盟が認める闘競バトルの他に、私闘を申し渡すこともよくある。常に最適なコンディションで挑戦を受ける。更に自らの技を研磨し、強者との切瑳を求める。それこそが修業の道ってやつだ。お前も武術を習っているなら、わかっているはずだ」


 昨日の一件で自分の無力さを思い知ったスミレは、同行したいなどとはとても言えなかった。だが、相手の女はきっと何か企んでいる。譲れない気持ちが勝った。


「この挑戦、受けない方がいいよ。何か不純な動機があるはず!」


「俺が誰と決闘しようと、お前とは関係ないだろう?」


「それはそうだけど……」


 スミレは悲しそうな表情を浮かべ、うつむきながら弱々しく言った。


 スミレは幼い頃、テロ攻撃の事件に巻き込まれた際にウィルターに命を助けられた経験がある。どんな凶悪な犯罪を起こす異端犯罪者ヘラドロクシーがいても、その力を正義の為に使うウィルターもいるといつも信じていた。そして彼女自身もいつかウィルターになりたいと考えている。それが彼女の夢だった。


 最初に遼介が転校してきた時から、ウィルターである彼のことを、スミレはずっと気にかけ、追い続けてきた。遼介の力の使い方に感心したスミレの中で、ウィルターの力を求める気持ちはさらに強くなっていった。スミレは勇気をふり搾って、遼介に頼んでみた。


「光野君、あのね、私は源の事をもっと知りたいの。教えてくれる?」


 遼介はスミレが何を考えているか察知した上で、一般に普及している知識でごまかそうとした。


「本とかMPディバイスで調べられるだろ?グラムのエネルギー光熱学だとか源発動システムの分野の文献を読めば十分だ」


 スミレは頭を横に振り、少し強気な声ではっきりと言った。


「違う!私が学びたいのは機械システムの情報なんかじゃない!人間の体で源を操る技術なの!」


「却下だ。ロクな目に遭わない。諦めろ」


「どうして!?」


「自分の立場をよく考えてみろよ。お前はウィルターになっていけない人間なんだ」


 遼介はスミレがどうしてウィルターとグラムの事にこんな熱い想いをもっているのか知らなかったが、客観的に彼女の環境を考えて拒否した。彼女の周りにはウィルターに偏見を持つ者が少なくない。純粋に源グラムの力欲しさでウィルターの世界に足を踏み入れたなら、彼女はもう普通の生活を送れなくなり、周りから孤立することになるだろう。遼介はベンチを離れスミレに背を向け、その場を去ろうとした。


「どうしてよ!ケチ!!」


 どうやら理解してもらえそうにない。遼介は口をつぐんだ。


「スミッち、ここにいたの?」


「委員長!」


 同級生の女子二人が屋上庭園に入って来た。一人は耳の下でツインテールを結っていて、もう一人は亜麻色のセミロングの髪にカチューシャを着けている。どうやら、スミレを探していたらしい。


 遼介は背を向けてたまま、冷たい口調でスミレに促した。


「行かなくて良いのか?」


「どんな事でも、私は絶対諦めない!源使い方、絶対に教えてもらうんだからね!」


 スミレは自分の決心を言い渡し、踵を返して二人の女子同級生に向かって行った。


「ゆっちゃん!それに山本さん!」


 ツインテールの女子生徒の名は三井由希。スミレとは中学からの付き合いで、親友である。メガネを掛けたカチューシャの少女は山本アリサ、2組の風紀委員である。


「どうしたの?」


「二面先生が呼んでるよ!」


 由希は遼介の姿を見て、心配そうにスミレに問いかけた。


「光野君と話してたの?」


「うん、彼に用があって」


「委員長、あの不良と付き合うのはよくないと思います」


 遼介と同じ中学校に通っていたアリサは、遼介が校外で暴力沙汰を起こしている噂を度々耳にしていたので、彼に対する印象がとても悪い。


「不良って…ひどくない?」


 親友の由希にまで、付き合いを反対されてしまった。


「まさか、スミっち、彼のこと好きなの?乱暴されるかもよ」


「そんなわけないじゃん!」 


 少女達は話しながら階段の入り口に向かった。遼介の耳に今の会話は届いていた。男子だけではなく、女子生徒の間でも集団心理が働き、遼介の事を敬遠する生徒が少大部分だ。


 それはそうと、遼介は闘競挑戦を考えると心が奮い立った。軽く体を伸ばしながら明るい声を放つ。


「さてと、軽く準備運動でもするか!」


  遼介は屋上から飛び降り、そのまま学校を後にして、一時間でヒイズル州の列島を三周走った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る