第10話 空にある取り調室べと少女

 数分後、上空に二台の機動艇パトロールマシンが空から垂直に路面に着地した。一台は普通サイズの機動艇、もう一方は多用途の大型機動艇で、怪我した被害者を治療処置したり、複数大柄の被疑者を護送するために使うマシンだ。


マシンの扉はトンボが翅を上げるようにスライドして開いた。機内から四十代後半の男性警部が降りた。若い刑事も反対側から降りてきた。多用途マシンからも2人の男性刑事と1人女性刑事も降りてきた。


男性警部は冷たくスミレに問いかける。


「君が通報者の本多スミレさんか?」


「はい」


「その制服…羽ヶ丘の生徒?」


「そうです」


 警部は草部の様子と傷を見て、冷静に事件内容を推測している。男性刑事が警部に報告する。


「犬島警部、拘束した犯人は、連続強盗、暴力、脅迫、殺人未遂で指名手配されている人、草部尚文で間違いありません」


 警部の名は犬島獅三郎。四十六才、身長は170センチ、四角形の顔で、

天然パーマ。強盗・殺人捜索課を指揮している。警察がとり逃してきたこの大柄の異端犯罪者ヘラドロクシーを倒すのは、尋常ではない力を持たなければ不可能だ。犬島警部は、草部を打ち破った人物に興味を持った。相手もウィルターのはずだ。現場の情報を整理し、スミレに問い掛けた。


「本多さん、草部を倒した人は見た?」


「倒したのは私です」


 ウィルターである遼介の行動を庇うために、スミレは嘘をついた。一般人が巻き込まれないよう、公衆安全を守るために、特別な申請手続きを踏まない限り、ウィルター同士が勝手に戦うのは禁じられている。破った場合、理由を問わず両方とも責任を追及される。周囲に与えた被害の程度にとって、リスク点数が通報される。スミレの言葉を聞くと、目付きが鋭くなる。


「…本気で言ってる?」


「はい!その男に襲われて、この木刀で倒しました」


女性刑事はスミレの首に残っているあざを見て言った。


「犬島警部、彼女の首のあざは襲われました証拠だと思います」


犬島警部は厳しい表情を浮かべ、少し考えから女性刑事に命令した。


「山本君まずは、彼女を応急処置しよう」 


「分かりました、では、本多さん、こちらへどうぞ」


「山本刑事」


 犬島は厳しい表情を浮かべ、少し考えてから女性刑事に命令した。


「犬島警部、どうしたんですか?」


「念の為に彼女のグラムの再測定をしておいて」


「分かりました」


 スミレは女性刑事の案内に従い、ワゴン型の機動艇パトロールマシンに乗った。これからスミレは取り調べを受けることになる。当然だがその場に遼介の姿はない。スミレは、自分は被害者の立場なので問題ないと思っていた。ただ警察が事件を記録するために行っているに過ぎないと。しかし、自分がやったと警察に嘘をついてしまった。スミレの胸の内で、少しずつ罪悪感と心細さが増していった。


 機動艇は上空200メートルで旋回している。治療処置を受けたスミレは機動艇中にある部屋に移され。狭い部屋の中に金属製で継ぎ目なく造形されたテープルと二つの椅子がある。容疑者や証拠提供者の取り調べ為に使う尋問室だ。ここは、警察署を延長で、捜査行動を実行する為に作った空間だ。この時代、警察署に連行されるのは、犯行を起ったのがほぼ確実だと思われる容疑者だけであった。


 スミレの向かい側に、犬島警部が座っている。テープルのMPディバイスがスミレと草部の情報を宙に投影している。スミレの再検査の結果も示されている。


500を超えたらウィルターと認定され源グラムの測定値は398GKを示している。


その結果を見て、犬島はスミレを睨みつけた。


「嘘をついたな?本多さん。君のグラムじゃあのヘラドロクシを倒すなんて不可能だ!」


スミレは口を結び、目線を逸らした。犬島が畳み掛ける。


「高校生だからって警察に嘘をついても許されると思ってるなら、大間違いだぞ!」


 スミレは無言のまま目を伏せる。


「言え、草部をやったのは誰なんだ?」


「言えません……」


犬島が拳でテーブルを強く叩いた。


「ふざけんな!」


スミレの全身が震え上がった。


「君は市民として警察の取り調べに協力する義務がある!邪魔するのであれば、たとえ高校生でも罪に問われるぞ!」


「…顔をはっきり見てないので…わかりません…」


「デタラメ言うな!どこまで警察を舐めてるんだ?」


「…警察を舐めてなんか…いません。わからないことは言えません」


「言えないなら立件する。もちろん学校にも連絡する。早く言え!」


 犬島の尋問する顔はまるで阿修羅のように険しい。スミレに襲いかかった時の草部の表情にそっくりだ。スミレはこの1日で、立て続けに二度のピンチに遭遇した。この厳しい尋問は、年端もいかない少女にとって苛烈なものだった。しかし、スミレはそれでも、遼介のことを庇いたかった。スミレは口を噤み、犬島の脅しに対し無言を貫く。


宙に山本刑事のチャンネルが映し出された。


「犬島警部、彼女はあの本多家の令嬢で、しかも事件の被害者です。そんなハードな取り調べは不要だと思います!」


「山本刑事、君はまだ未熟だ!法の前では身分を問わず、罪を犯した人間は罰を受けるべきだ。たとえ武家だろうがなんだろうが、許すわけにはいかんのだ」


「もし彼女が『仮陰性ニセネ』だったら、刺激を与えすぎるのはむしろ危険です」


 ニセネガティブ、普段身にまとうグラム数値は一般人と同程度だが、外的刺激によって、一瞬でウィルター化する。激しい感情が落ち着くとまた戻る。リスク予測が難しい点で、本当のウィルターよりも厄介な存在とも言える。


 かつて、10代のウィルターを取り調べた際に警察官が襲われ、死傷した。それ以来、たとえ少年少女相手の取り調べであっても、警察は油断できなくなった。そのリスクを知ってなお、犬島の峻烈な態度は全く変わらない。


「もし、彼女がニセネなら、むしろ大問題だ。ウィルターでその年頃に根性を曲げる人間は多い。ヘラドロクシになる前にたっぷり指導が必要だ」


スミレは遼介の、そしてウィルターの受けてきた仕打ちを垣間見た気がした。


(ウィルターはいつもこんな扱いをされるの?誰からも信頼してもらえず、まじめに生きていてもこんな目に遭うなんて、光野君、きっと辛かったよね…)


その後、どう厳しく尋問されても、スミレは何も答えなかった。


不意に、山本はまたチャネルが投影された。


「犬島警部、ちょっと良いですか?先ほど菅生刑事から聞いた情報ですが、草部を倒した人物が判明しました」


犬島は無言でチャネル画面を切断し、冷たい眼差しでスミレを睨んだ。


「このまま黙るようなら時間の無駄だ。調査すればすぐに分かる。もし草部をやった奴も異端ヘラドロクシーだったなら、そいつを庇った君の罪は重いぞ」


犬島は部屋を出て狭い廊下に出た。待っていた山本刑事が報告する。


「犬島警部、草部をやったのは特命派遣レッドオーダーの役人です」


「なに!その情報は間違いないのか?」


「確かです。菅生刑事が先ほど草部から取り調べた結果、彼を倒した相手は

『光野遼介』と名乗ったとのことです。光野は本多さんと同じ学校に通っていて、クラスメイトです」


「まさか、光野君がやったのか?」


「草部の体内に光野君のグラムの反応がありました。それは彼がヘラドロクシーを倒す時によく使っている技です」


「そうか、こちらも彼にはいつも世話になってるな……」


犬島は険しい顔を落ち着かせ、山本刑事に伝えた。


「山本君、中本君に言って、直ちにマシンを着陸させてくれ」


「分かりました」


犬島は尋問室の扉を開け、入り口に立ったままスミレに話しかける。


「本多さん、出ていいよ」


状況が一変したことに、スミレは戸惑いの表情を浮かべた。


「あの…取り調べはどうなったんですか?」


犬島の表情は硬いものの、先ほどまでの苛烈さは感じれない。


「もういい。君にはもう用がない。だが、もう一度言っておくが、今度警察の邪魔をしたらただじゃ済まさないぞ」


「わかりました……」


町の空き地に着陸した機動艇の扉が開いた。


 スミレは、犬島の態度が突然変わったことに疑問を抱きつつもマシンから降りた。彼女は呆気にとられたまま、やがて機動艇パトロールマシンが離陸し、スミレは飛び去る姿を仰ぎ見た。スミレは現場に戻り、ずっと待ち続けたが、遼介が現れることはなかった。

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