第9話 爪伸び刹那 ②

 草部は次の攻撃を仕掛けようと、左手に源気を集中させた。


「どうした!そんなもんで終わりか?」


 次の瞬間、草部の視界がぼやけた。左耳が聞こえない。遼介が問うた。


「ツボ撃ちは効いたか?」


 視界だけではなく、強い目眩も襲ってくる。足がぐらつく。源気の集中も中断せざるを得なかった。


「小僧!俺に何をした?」


「剣勁がお前のツボに届いたようだな!視神経と聴神経をしばらく麻痺させた。どんな硬い筋肉を持つ体だろうが、中身のツボと経脈は正直だ」


 草部はその言葉を聴くと、遼介の実力が自分よりはるかに上だということを理解した。


「お前…いったい何者だ?」


「俺は光野遼介だ。さっきの技を見るにお前は壁宿、鋼獣覇王門の弟子か?…いや、その技量はあまりに未熟。破門されたお気の毒なはぐれ者ってところか」


 壁宿・鋼獣覇王門−武恒連盟が認める流派の一つである。前世紀から残った様々の武術や格闘技、舞踏、スポーツが五部三十二門の流派に分類された。


 他にも新しい流派や世に知られていない内家武術があり、それぞれの流派の本家はアース界に散在していた。連盟はローデントロプス機関の下に管理されている。先人達が設けたギルド公会のような組織だ。連盟はバトルのルールを作り、闘競大会や道舘の挑戦等に対し厳しい規則を定めている。


 覇王門はプロレス発祥の流派であり、異常に発達した筋肉と爆発的なパワーが特徴である。源気を使うことで攻撃力、防御力が更に倍増する。熟練者になると弾丸が効かず、生身でビーム射撃を受けても無傷、鋼鉄より堅い拳で機械や建造物を素手で粉砕することまでも容易い。


「俺の何が分かる!?」


「分かるよ。お前は我流で気弾技を習得した。門派じゃ禁止される技だ。それても自分の欲求はおさえられず技を使ってしまった。それで破門されたってわけだろ?」


 草部は図星を突かとれ、赤面した。昔の嫌な思い出がよみがえる。そんなのはもうまっぴらだった。あまり聴きたくない大声で叫んだ。


「くそ野郎!お前はしゃべり過ぎだ!」


「覇王門の教訓は"筋肉マーソで貧する方を支え、力パワーで乱れる世を救済する"、じゃないのか?お前はどうして強盗を?」


「強盗ではない!俺はただ生きたいだけだ!」


「こんなことを続けたところで、問題は解決できないだろ?」


「ガフの奴らに追放され、仕事もなく、何もすることがない!人として生きる権利さえも奪われた!奴らの金を貰って何が悪い?」


 草部は遼介のずっと後ろで隠れていたスミレを睨んでいる。


「ふん、それはお前の武道ってことか?何事も力だけで解決するわけじゃない。半分筋肉になった脳みそでよく考えろよ!」


「うるせえ!ガキのくせに俺に説教するなんて10年早いんだよ!」


 草部はまた立ち上がり、遼介に襲いかかった。遼介は左手を柄に軽く添えた。


 ズバッ!


 遼介は一気に間合いを詰め、草部を水平に斬り捨てた。


「【諭心滅相剣ゆじんめっそうけん】」


「なん…だと…」


 草部は意識を失い、まっすぐ倒れた。遼介は木刀を収めて云った。


「説教するつもりはない、現実を見せてるだけだ。年なんか関係ない。この下界しゃかいに生きる俺たちは一緒だ」


 遼介がふっと深呼吸した。通り魔を倒すのを見ていたスミレが飛んでくる。


「光野君!」


 同じウィルターとして、遼介は草部に同情せざるを得なかった。自分もちょっとした違いで、奴と同じように道を踏み外していたかも知れない。遼介は武道家として自分と似ている立場が、違いやり方で生きるのを惜でいった。


「かわいそうな奴だ」


 空気を読めないスミレは遼介を賞賛した。


「光野君凄いね!」


 どんな事が起こったかもよくわかっていない。スミレはただ遼介が尋常ではない技で通り魔を倒したのを認識した。まるで本物のアクションムービー俳優が悪者を倒すのを見たように目が輝いている。


「全然そんなことない。これ、返すよ」


 遼介は手首を柔らくしならせて木刀の柄を回し、横向きに持ちかえてスミレに差し出した。


「こいつはラッキーだったな。お前のおかげだ」


 言葉の意味がわからない。木刀を受け取りながらスミレが訊ねた。


「どういうこと?」 


「もしこれが真剣ならこいつはもう死んでる。結局俺もこいつと同類なんだ」 


 涼しい顔でこんなことを言えば、きっとスミレは自分を軽蔑する。遼介はそう考えた。しかし、それは逆効果で、むしろスミレはドキドキさせた。スミレの顔が赤く染まっていた。


「通り魔の強盗を止めるのに私も協力できたってことだよね!嬉しい!」


 遼介は女心を読み外した。文武両道の天才武道家で、知識を駆使し、あらゆる情報要因を集めて先を見通し、最善策でもって難事件も解決できる彼でも、苦手なものがある。女というのはそのひとつだった。遼介は思わず苦笑した。


「あのなあ、無鉄砲でこいつに刃向かうなんて、無茶にも程がある!」


 スミレは頭を振って言い返した。


「ううん、私はちゃんと考えたよ!」


 彼女はフンと鼻を鳴らし、首を傾げて自分の作戦を述べた。


「自分を囮にして彼と戦えば、あいつの情報をもっと掘り出せると思った。もし少しでもあいつにダメージを与えられたら、光野君はより確実に倒せるでしょ?」


「危険すぎるだろ!?」


「だって、あなたがきっと来るって信じてたのよ!」


「もし俺が来なかったらどうしてたんだ?」 


「あなたは約束を守る人だから大丈夫!」


まるでタライを頭に落とされたような感覚だった。遼介は呆れかえった。 


「…ったく、もう10分遅かったらお前がどうなってたか、俺は知らないよ」


「その時はその時ね!」


 スミレは妖精のいたずらっぽく舌を出せして笑った。あまりの痛々しさに、遼介は軽くめまいがして、額をおさえた。この女は無鉄砲ではあるものの、思う以上の豪胆を持っているらしい。


 刹那、遼介はこちらを見つめる誰かの気配に気付いた。振り返り、気配のする方に大声で問いかけた。


「そこにいるのは誰だ?!」


「…?あそこには誰もいないよ?」


 スミレは何も気付いてない。道先には人影はひとつもなかった。


「俺は確かめたいことがある。警察が来るまで、お前はここで待ってろよ!後はお前に任せる!」


遼介は言葉だけ残し、スミレを後にした。


スミレは両拳を握りこみ、抗議しようとした。


「光野くん!……もうっ!」


スミレは眉毛を寄せた。彼女は自分が遼介に置きされたのを嫌がった。


 数分後、上空に二台の機動テインがやって来た。一台普通サイズの機動艇、もう一方は多用途の大型機動艇で、怪我した被害者を治療装置したり、複数または大柄な被疑者を護送するために使うマシンだ。


 マシンの扉が、トンボ羽を上げるようにスライドして開いた。機内から四十代の男性警部が降りた。若い刑事も反対側から降りて来た。多用途機動艇からも、2人の男性刑事と1人の女性刑事が降りて来た。

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