第27話 エピローグ
翌日の朝、羽ヶ丘学園一年A組の教室。ホームルームが終わり、次の授業間までの休み時間中だ。生徒は男女が問わず仲間同士でお喋りを楽しんでいる。学級委員長であるスミレがあの事件に巻き込まれた件で、担任教師の二面先生は学生に、自分たちの放課後の行動には注意を払うよう、厳しく指導した。警察側によれば「彼女はすでに無事保護された」とのことであるが、スミレの席はまだ空いている。生徒の騒ぐ気持ちは抑え切れない。
遼介は自分の席に座り、無言のまま机のパネルを操作している。終えた宿題のファイルと自学研究レポートを教師達のアドレスに転送している。それは教育庁が許す勉強方法であり、高校の教育課程を全て終え、エリート試験で高評価・好成績を修めたら、自己学習に進むことができる。登下校も自由を認めるが、その代わり、自分が選んだテーマの研究レポートを提出しなければならない。今の遼介の研究テーマは、『非物理要因の干渉における元素物質の変貌と構成変化例証』。
『ファイル転送完了』の文字が浮かぶ。その時教室がどよめきに包まれた。同級生全員、は教室の扉に視線を向けている。昨日ニュースで報道されたスミレが教室に入ってきた。スミレは右足太ももと左肘に包帯を巻いているが、満面の笑みを浮かべている。昨晩の事件なんてまるでなかったかのように、元気いっぱいにみんなに向かって挨拶した。
「ホームルームに間に合わなかったわね!皆、おはよう!」
同級生たちは皆、マスコミの記者のように次々と質問を投げかける。
「本多、大丈夫か?!」
「その傷どうした?!」
「事件に巻き込まれたの、怖かったでしょう?」
スミレは苦笑いで応えた。
「皆どうしたのよ?私は無事なんだからその話はもういいでしょう?」
由希はスミレを見るなりスミレのもとへ飛んで来て叫んだ。
「スミっち!!無事なの?」
「ゆーちゃん、私は無事よ!大丈夫だから!」
由希はスミレを強く抱きしめると、ワンワンと泣きはじめた。
「スミっち〜!無事で本当に良かった!うわあんああああ〜〜!!」
スミレは由希の頭をポンポンと撫でながら、隣に立つマリアと目を見合わせて謝る。マリアはクールな口調で責める。
「たくもぅ、いつも無茶して、どれだけ心配したと思ってんの?」
「ゆーちゃん…まーちゃんも、心配かけてごめんね……」
他の男子生徒がまた質問を投げかける。
「本多、お前どうやって悪い奴から逃げ出したのか?やっぱり警察ってすげぇのか?」
女子生徒も不思議そうに聞く。
「それとも、悪い奴らを倒して、自力で脱出でとか?」
「マジで?さすが、にうち学校の剣道部!次の女子主将はスミレじゃない!」
スミレは由希を見ながら言う。
「ゆーちゃんは、ちょっといい?」
「うん…くすん……」
由希はスミレから離れると、手で涙を拭っている。スミレはクラス委員長を務めていて、人気もあり、クラスの皆に信頼される存在である。由希の肩から離れたスミレは、パチンパチンと二回手を鳴らし、クラスの皆に告げた。
「はい!はい!そこまで!質問はもう終わりよ!これは記者会見じゃないのよ」
スミレの言葉を聞き、皆バラバラと散っていく。スミレは遼介の席の前に向かう。遼介はいつも通りにクールに挨拶にする。
「その怪我は一体どうした?」
事件の事は全て知っているのに、ややこしくならないよう、わざと何も知らないふりをしてくれている。遼介の彼女に対する優しい気持ちに気づく。
「まあ、ちょっと油断していて悪い奴に絡まれただけ!危ないところで、何度かかっこいい奴に助けられたけどね!それより、光野君、2時間目の理科お授業の機材準備、手伝っていい?」
スミレは、遼介と話す時間を作るために、わざと雑用の手伝いを売って出た。
次の休み時間、遼介とスミレは理科実験の道具箱を持って、肩を並べて歩いている。スミレを顔を赤く染めて、恥ずかしそうに改めて感謝の気持ちを伝えた。
「昨日の事だけど…助けてくれて、本当にありがどう」
「言っただろ、本当に感謝したいなら、三井さんと警察に感謝すればいい」
「でも、もしもあの時、光野君が助け来てくれなかったら、私はどうなっていたかわからないよ…」
「昨日のことに囚われてないで、明日だけを見てレバいいだろう」
こんな絶好のチャンスを逃さまいと、スミレは一気に話題を変えた。
「それはそうと、グラムのこと、教えてくれない?」
「そんなことは教える必要ないだろ。あの時、お前だって使えただろ」
「あれは気まぐれなの。家に戻ると、その力が全然使えないのよ」
「それはなぁ……」
遼介が説明しようとすると、向こうからヒトミが歩いてきれ2人の会話を遮った。
「遼介くん!」
遼介は足を止め、その声に応じる。
「おう!スーズンか?」
ヒトミはスミレと遼介を覗き見て、興味津々な笑みを浮かべて訊ねた。
「お取り込み中?」
「まあ、見手の通り、お手伝いだよ」
「ふ〜ん…お手伝い、ねぇ」
ヒトミはスミレに顔をつか漬けまじまじと観察した。ヒトミは意味深い笑みを浮かべ、目線を遼介に移した。スミレの顔を良く見て、突然美人に近くに見られて、スミレはちょっと恥ずかしそうに、反応ができなかった。
「俺に何が用か?」
「昼休み、ちょっと付き合って良いかな?」
遼介は間髪入れず返事をした。
「うん。構わないけど」
「じゃあ、また後でね!」
明るい声で挨拶をすると、ヒトミはその場を後にした。遼介とヒトミが話をしている。スミレには見たことがない光景だった。学校の生徒ともほとんど付き合いのない孤高の遼介が、今、学校で一番人気のある帰国子女の美人転校生と話していた。しかもヒトミ自ら話しかけて。スミレは信じられず、ただ驚いていた。
「一体どういうことなの?光野君?」
「別にただの普通の誘いだろ?おかしい?」
「どうして彼女はあなたの名を呼ぶのよ?」
「別に、名を呼ぶなんて欧米人はよくあることだろ?」
「それはそうだけど……」
保守的な家庭環境に育ったスミレは、例え欧米の文化だとわかっても、ショックだった。この二人には接点がないはず。いつの間に友達になったのだろうか…。考えさせる時間を与えず、遼介はスミレが両手で抱える箱をひょいっと取って云った。
「これ、俺が持つから、行くぜ!」
遼介は二つの箱を担ってながら早めに歩き出し、大声でスミレ促す。
「ちょっと待て!光野君」
「もたもたするなよ、授業始まっちゃうだろう?」
スミレを一人置き去りにした遼介の様子に、彼女は何か不純な匂いを感じた。そしてムッとした表情を浮かべて言った。
「怪し過ぎる……」
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