第29話 尾行の第三者 ①

 放課後、一年二組の教室。遼介は机のパネルからファイルを自分のM Pデバイスに保存している。同級生はバラバラに教室から去って行く。女子はこちらを見てヒソヒソと影口を叩く。男子はまるで野獣のようにこちらを睨んでいる。どうやら、先ほどヒトミと遼介が仲良さげに話をしていたという噂が瞬く間に校内に広がっているらしい。やっぱり誰もが、不良と人気上昇中の美女の付き合いが認められないようだ。


 それを横目に、遼介はさっさと片付けをし、教室を出ていこうとする。いつもならよく話しかけに来るスミレは、休み時間に来なかった。彼女はずっと親友の有希とマリアと話をしている。遼介がふざけとことに対してスミレはすごく気にした。意地を張ってわざと遼介と目が合うと、慌てて親友の方に向き合い話に集中するフリをする。どれも不自然な行動だった。遼介からヒトミとの関係について聞きたいのに、遼介は話かけにこなかった。


 気になる気持ちが抑えきれず、我慢できなくなったスミレはとうとう遼介の元へ歩み寄る。


「光野くん!!」


 その不機嫌そうな表情を見て、遼介は云う。 


「どうした?」

「午後の授業を受けるなんて、珍しいね?」

「もうすぐに期末試験だろ?教育庁の自学プランが受けていても、普通の期末試験も受けるべきだ。授業のプリントをダウンロードはテスト勉強の基本だろ?」

「そうだけど……」

「俺に何が用?」


 遼介が何か隠していると直感で感じたスミレは、イライラと声高に応じた。


「光野くんは一体、水戸さんとどんな関係なのよ!?」

「彼女は俺のイトコだ」

「光野くん、イトコなんていたの?」

「俺も驚いたぜ。彼女は幼い頃からずっと外州で育ったから、たまに常識外れの行動をするんだよ。まだヒイズル州の生活に慣れていないみたいだし」


スミレは眉毛をハの字にし、安堵のため息を吐いた。


「そうだったの?イトコなら仕方ないわね…」


 遼介は会話のキャッチボールをスミレ託し、彼女の様子を見ながら問いかけた。


「今日は部活ないのか?」

「私の剣道防具はあの事件の戦いでボロボロになっちゃったのよ。あんなボロボロな防具じゃ流石に稽古はできないわ……」


遼介は彼女の繃帯を巻かれている姿を改めて見て、頷いた。


「そうか、お前もしばらく安静にしていた方が良さそうだな」


珍しく遼介が自分にを関心を持ち、心配している。スミレは両手を後ろに組み、楽しそうに言った。


「そうね、仕方ないわね!そう言えば、グラムのことだけど……」


「慌てるな。体の傷が治ったら、自然に使えるようになるだろう?」


「そうなの?」


遼介は軽い口調で忠告した。


「ひとつ言っておくけど、そんな力を覚えるばっかりで、無茶すんなよ」


 スミレはその忠告をまったく聞いていなかった。忠告よりも、悩んでいたことがすっかり晴れて、清々しい気持ちで笑った。


「わかってるって!ありがとうね!じゃあ、また明日〜!」


 スミレは、遼介が自分のことを気にしてくれていると勘違いしている。喜びから心が躍る。幸せそうな笑みを浮かべて、教室から去って行った。


 遼介は片手でカバンを背負い。学校を後にした。500メートルほど離れた通学路で、遼介は足を止め、10メートル後ろの街路樹に隠れていた人影に声をかけた。


「後ろをコソコソついてくるなよ。警護したいなら堂々とやれば?」


見つかってしまったヒトミは陰から踏み出しこちらにやってくる。


「もう気づいたの?勘違いされないように、登校と下校は同行しないで約束したでしょ?」

「用事がないんなら、先に家に帰れば良いだろ?」

「合鍵まだ申し込み中でしょ?」


遼介はジャケットから鍵を取り出し、ヒトミに投げた。


「これは家の鍵。エレベーターを使わなくても、裏扉からでも入れる」


 ヒトミは遼介の態度に、両手を腰にあて言った。


「あのね、あんた、警護監視の意味わかってる?」

「どこへでもついて来られるなんて、それは不便だな」

「迷惑をかけでも、それが私の任務だわ!あんたがどこへ行っても私はついていくからね!」


彼女は意思が強い。いくらやめろと言ってもついて来るだろう。遼介は軽く息を吐き、言った。


「はぁ…わかったよ。それじゃあ、特別ルートで行こうか」


 その途端、遼介はスチールのフェンスの上にパッと跳び乗った。そのまま向こう側40メートル先にある塀に跳び上がり、マンションの外壁を登り上がる。屋上に着地すると、そのまま高速で隣のビルからビルへ跳び進む。僅か数秒間で、新宿エリアから麻布エリアに辿り着いた。このルートはスカートを履いた女子には無理だと思った遼介がったが、ヒトミは遼介のペースに合わせ優雅な動作でついて来る。汗さえも拭かない。彼女にとってもこのルートはそんなに苦ではないように見える。


「お前、よく俺について来れるな」

「このくらいはお手の物よ」

「それじゃあ、俺はもっとペースを上げさせてもらうよ。ついて来れないなら置いていくぜ」


 遼介の移動スピードは飛行艇の如く高速になる。昔、山手線があったルートを1分間で走り抜けた。だが、ヒトミの追跡を撒くことはできなかった。あの夜、埼玉から帰宅したときも彼女はこうしてついて帰ってきたが、こんなに高速の移動でもしっかり追跡して来るとは知らなかった。ヒトミの身体能力は遼介が思っているよりも数段高そうだ。彼女の尾行を撒くことを諦めた遼介は、ペースを落とすと代官山エリアに入る。街ゆく人たちが騒ぎにならないよう、人気のない狭い路地にゆっくりと着地した。


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