第6話 天才(エリート)の日常(憂鬱)②

 学校のエアーステージにある総合体育館。大きなドームの中に、広い地面にコートのラインが映っている。バスケのバックボッドとリンク、バレーのネットが高い所に浮かんでいる。


 男女生徒は皆、体操服を着ている。男子は紺色のジャージパンツ、女子は同じ色のスパッツで、生徒の中には外州人も居るので、カタカナで苗字を書いた名前シールを貼っている。


 今日の体育の授業は男子がバスケ、女子がバレーをやっている。既にフリープレイ時間に入った。チームを分けて遊ぶ時間で、女子がバレーの試合をしている。二つの組の試合は熱く盛り上がっていた。その中にいる金髪で碧眼の少女は、レシーブで上手にボールを返す。同級生の仲間とテンポを合わせ連携して攻めていく、絶妙なタイミングでアタック。次々とポイントを奪う。彼女の仲間をリードする明るい声、眩しい笑顔、彼女の存在は男子は勿論、女子生徒の目線さえも奪っている。


 女子のバレー試合と比べると遼介周辺の空気の温度差は真逆、各々チームに仲間いり出来ず、男子生徒に追放されたような有様。その冷たい空気に既に慣れているのか、彼は気楽な様子で、場外の床にあぐらをかき、座禅をするかのように、目を閉じている。一旦休憩に入ったスミレが、汗まみれの姿で話し掛けてくる。


「光野くん、そこで何をしているの?」


 遼介は目を閉じたまま応じる。


「見ての通り、座禅をしている。こんは静かな運動じゅつだけど、見た目よりきついよ」


「あまり分からないけど、何でここに座禅するの?」


 体を楽にする遼介、目を開け、振だけでり振り向くと、目の前でスミレは両手で膝を支え、物凄い至近距離にいた。上着の襟がだらんとして、奥の空間の二つの膨らみが丸見えだ。そのサービスをスルーした遼介は高い声で言った。


「どうせ特に用もないし、暇つぶしでも良いだろう。これは俺の毎日やっている鍛錬なんだ」


 スミレは遼介の言動に謎めいた顔で少し首を傾げた。そして興味津々に問い掛けた。


「それは鍛錬って言えるの?わたしは子供の頃から剣道となぎかたをしょっちゅう稽古したけど、武術と座禅は直接の関係があるの?」


 その時、遼介はその金髪碧眼の美少女に気が付いた。目線を彼女に向いながら軽い口調でスミレに訊ねた。


「関係あるよ。そんな事より、あの見たことない4組の金髪の白人女の子は誰?」 


 スミレは胸元に手を組んで、コートの方へ振り向くと、彼女を見ながら囁いた。


「ああ、彼女ね〜!名前は水戸•スーザン、確か、先週転校してきたのよ」


 皆は気付いていない、彼女の発散するグラムの気配は普通の人より明らかに強い。遼介は彼女に疑問を抱いて、考えた。


「こんな時期に転校?」


 彼女の情報を思い出したスミレは声を高揚させて言った。


「4組の人から聞いたんだけど、彼女は南ロッキニアズ州から来たらしいよ」


「そっか、彼女は北アメリカ洲西海岸の州から来たのか?」


「うん。彼女はたった二週間であんなに自然に皆と仲良くできる。スタイルもよくて綺麗だし、メンタルも強いそう、この世にあんな人がいるなんて反則よね?」


「この世には沢山の人間がいるし、上には上がいる。いちいち比べていたらキリがない。結局自我を失うだけだ。お前はいつも自分の出来る事を精一杯に頑張るじゃないか。それで十分だろう?」


 不意に遼介から優しい言葉を聞いて、少し照れくさくなり頬が赤くなったスミレは言った。


「そ、そんなこと言われたら、熱くなるね」 


「危ない!!」


 その時、突然をバスケットボールが飛んできた。遼介は慌てることなく左手でボールを受け止めた。顔面を狙う明らかに悪意ある投げ方が。遼介はボールを投げた男子生徒に向かって冷静に問う。


「なんのマネだ?黒田」


「バスケの授業に座禅するなんて、滑稽だな!光野くんよ〜!!」


「俺に何か用か?」


「一緒にバスケの試合やろうぜ!どうせお前暇だろう?」


 珍しく体育の授業で男子生徒が声をかけできた。遼介は嬉しそうに床から立ち上がる。


「良いだろう!久しぶりにの試合、楽しくやろうぜ!五対五だろう、俺はどちらのチームに入ればいいんた?」


「そうだな、他の4人は自分で探せば?」


 黒田マイト、茶髪のアシメストリーのショートヘア。見た目はワイルドそうな男で、彼は二組の男子生徒の中心メンバーの一人。彼を始め、彼のまわりの生徒がよく遼介に挑発してくる。彼の言葉を聞いて、周りの男子生徒が笑った。その軽蔑の眼差しに、遼介は自分の状況を理解し、口を閉じて軽く笑った。


 その現場に居合わせたスミレはすぐに止めに入った。


「ちょっと、黒田くん!こんな事は試合じゃない、ただのいじめでしょう?」


「こいつ、いつもあんな態度で出しゃばって、懲らしめた方がいいんだよ!」


「そんなのは、やめてよ!皆は……」


 スミレはその後も言葉を続けようとしたが、遼介が前に立ちはだかり、右手でストップの仕草をした。


「良いだろう、俺は一人だけで十分だ。そっちは五人で本当に足りるのか?」


「ハァ?!お前は調子乗ってんじゃねぇよ!潰すぞ!」


「おう!やってみろうよ!」


 黒田のチームメイトの一人、ベリーショットヘアの生徒が遼介に聞いた。


「お前一人でやる気?」


「そうだ、俺はジャンパーはいらない。スタートのボールはお前達に譲る」


「本気かよ?」


 黒田チーム全員が悪意に満ちた笑みで睨んでいる。遼介は笑みを絶やさず、強気に言った。


「ああ、楽しい試合にしようぜ!」


 六人がコードに入ると、場外にいる生徒達のガヤが聞こえる。


「あれ何だ?」


「二組の男子が試合するらしいよ」


「はあ?なにそれ。一対五じゃ試合にならないだろ?」


「あれは、やばいんじゃないの?」


 一人対五人の試合は体育館内の学生達の目線を釘付けにした。先にバレー試合をやっていた女子達も見ている。


「スミっち、光野くんはバスケやったことあるの?」


 二組の女子生徒が親しげに訊ねて来た。スミレは手を組んで返事する。


「詳しく分からないけど、彼は確かに中学の頃に一度バスケ部入ったことはあるけど……」


「それでも、一人で試合はムリでしょ?」


 隣に立っている黒人の男子生徒が言った。


「あれはどう見ても、彼に恥をかかせたいだろう?かなりやばいぜー」


「え、それってどう言うこと?ムビッド君?」


「バスケはよく衝突をするスポーツだ。彼はディフェンスで距離を縮めることができない。オフェンスでも自由に技を繰り出すことができない。なぜなら、黒田チームのメンバーを怪我させて、下手にしたら奴は罰されるからだーヨ!」


 爆弾のような扱いを受ける。異端ヘラドロクシはいつどこで犯罪を犯すのかは分からない。この時代ではウィルターに対して恐怖や嫉妬心を持つ者が多い。差別や虐めの対象になることもよくある。負の連鎖によりヘラドロクシが次々と増える問題は深刻だった。


 遼介は転校してきた時、担任の教師に皆の前で遼介がウィルターであることをばらされた。かつて通った中学の同級生は、校内で悪い噂を流され放題だった。入学以来、彼の校内の人間関係が悪化になる一方だった。


 今もし試合中に、黒田チームの人は誰がを怪我させたら、遼介は校則違反となる。万一、体の衝突があったら、リスク点数の申告処置をされかねない。これは黒田が設けた罠、バスケでウィルターに勝ったなら、クラスだけでなく、校内中で一躍注目されるだろう。それが彼の企みだった。


 三つ編みに編みしてあさげ頭の女子生徒はスミレに問いかけた。


「スミっち、光野くんはどうしてこんな試合引き受けるの?この試合は彼にとって、勝ち目がないわー」


 スミレは顔を振り向いて応えた。


「きっと、彼には策があるの」


 そうは言っても、スミレにはその根拠がない。それどころか、何故遼介がマイトの挑発を受けるのかも理解していなかった。ただ遼介のその自信満々の笑顔を見て、彼には勝つ確信があるのだと思った。スミレはどきどきした気持ちが抑えられず、ソワソワしながら遼介を見つめた。


 遼介はジャンパーなしで体を自然にバスケのフォームに伸ばす。相手チームは黒田が自分でジャンパーをやる。試合がスタートすると、遼介は瞬敏な動きで黒田チームの仲間からボールを奪い取り、思わずにスタートラインでジャンプシュートした。


 黒田は嘲笑の口調で叫んだ。


「なんにそれ!そこからのシュートは入らないだろう?!」


 遼介がシュートしたボールは空を切って高い放物線を描き、そのままリングにすぽっと入った。信じられないことが起こった、黒田チーム全員がどよめいた。黒田チームの仲間が弱い声を漏らした。


「は、入った……」


「何?!」


 その様子を見て、遼介は鼻で笑った。 


「俺は、先に得点した。ここでシュートは入ったらスリーポイントだな!」


「この野郎ー!!」


 次に黒田チームがボールをパスしながら、フォーメーションで組んで攻撃を仕掛けて来る。しかし、パスの間に遼介にカットされ、すぐにボールのコントロール権を取られた。黒田は目の前にディフェンスをながらかかってくるが、遼介のドリブルはスムーズで瞬敏な動きで攻めていく。マイトはなかなかボールをとることができずに云う。


「ボールがとれない……」


 ボールはまるで遼介の体の一部ように、自由自在に動く。遼介は余裕の口調でマイトに訊ねる。


「なあ!黒田、バスケの性質は何だろ?」


「性質って、どういう意味だよ?」


「バスケはなぁ、リズムを支配する熱血な団体スポーツだぜ」


「そんな事どうした?この俺様が相手で好きにはさせねぇぞ!」


「いいだろう、お前の実力を試してみようか?」


 遼介はドリブルのペースを上げる。一瞬ボールが消えたように見える、黒田を困惑させた。


「ボールが消えた?」


 その隙に、遼介は黒田を越え抜け、ハイパージャンプして他4人の頭上を飛び越え、そのままエアーダンクを決めた。


「うそ?!」


遼介は軽く笑って、黒田にからかう口調で問い掛る。


「ペースを上げないと置いていっちゃうよ、このあんぽんたん野郎!」


怒りで燃え立つ黒田が怒鳴りに言う。


「お前が言った団体スポーツとは何だ?」


「その時その時に、作戦が違うだろう?俺はシングルプレイよりチームプレイの方が好きだぜ!」


「くそ、この俺を弄びやがって!」


遼介は冷静な笑みを見せ、右手で「かかって来いよ」という仕草をしてみせた。


「次はお前らのオフェンスだな。かかってこいよ!」


遼介の言動に挑発され、青筋を立って声で怒鳴った。


「くそ、お前ら!こいつを潰せ!」


 遼介は鋭い目付きで五人の動きを見て、それぞれの動きを洞察する。その中の一人がわざとボールを高くパスしている。遼介はジャンプしボールをとって床に着地する。黒田チームの五人は全員で囲んできった。それでも遼介は冷静に対応する。


 遼介は奴らがミスを犯すタイミングを待っている。相手のチームメイト同士が両手を広く伸ばし遼介を囲っている。ボールを盗むつもりの黒田は手を振りかけた。その一瞬で見えた隙間を狙い、遼介は絶妙なステップとドリブルのリズムで包囲陣を突破した。リングの下には誰も居ない。遼介は跳び上がって、横向き二回転でダンクシュートを決めた。まるでストリートバスケの達人プレイヤーのようなパフォーマンスだ。体育館にいる生徒達は一同、口が地面に落ちる程びっくりしていた。


 黒田チームのメンバーは驚いていた。


「ま、まじかよ……」


 地味で目立たない、黒田チームの一人は問い掛けた。


「黒田さん、こいつ凄いじゃないですか......」


 黒田チームメイト達は弱音を次々と吐き出る、自分のチームはなかなか得点ができない、それと比べて遼介は一方的、達人級の技を繰り出している。気持ちが焦った黒田は大きい声でチームメイトに向いて叫んだ。


「この役立たずゴミ共め!これからボールは全部俺に送れ、お前らは奴の動きを封じることだけ考えろ!」


 ボールを貰った黒田は、ドリブルしながら作戦を考えている。


 自分はこの試合の提案者の立場として、プライドを保つためにこんな簡単に引き下がるわけには行かない。最後までリベンジを諦めたくない彼は重考している。


(ふん!このスポーツ馬鹿め、試合の始めからスタミナを無駄に使いやがって、そんな超人芸をやり続てテメェの体力がいつまでもつのか知らないが、テメェが疲れた頃には俺のリベンジタイムだ!)


 試合は続き、遼介は自分と相手の僅かな間を確保し、衝突させないようにプレイする。彼の動きのペースは黒田チームより四拍子ほど速い、相手の動きは遼介の目にはまるでナマケモノの動きのように遅い。


 ゲームが始まって、十五分が過ぎた。スコアボードに示す得点は光野対黒田チーム、58:18。遼介は汗ひとつかいておらず、対する黒田チームは全員がも疲れきっている。


 遼介は攻めてくるのか、それとも身を退きしてハイパースリーポイントをシュートするのか、黒田チームは遼介の攻勢が止められない、士気は落ちる一方だった。


 残り時間は僅か、攻め方は遼介だ。彼は連続に4人のディフェンスを抜き掛けて、リングの下に向かって走った。黒田がジャンプガードしている中に、遼介は巧妙なフィンガーロールシュートでゴールを決めた。体は当たっていなかったが、着地の時に黒田がよろけた。


 黒田の息が乱れている足がけいれんしたらしく、直ぐに立ち上がれない。彼は床に座り込んだまま、大声で喚いた。


「くそ!こんなの事ありかよ!!」


  遼介はふうっと一息ついて両手を腰に当って、体育館の時計を見ながら云った。


「授業の時間はそろそろ終わるけど、また続けるか?」


 黒田のチームメイト達からは既に戦意が消えている。黒田に加勢した事を後悔してすらいる。


「奴はファールを全くしなかったのに、アンフェアプレイの俺達がこんな目に……」


「こいつはウィルターだけど、バスケの腕はもうプロ級だ!」


「な、なぜ光野くんはこんなに強いんだ?!」


 遼介は振り向いて、質問する黒田チームメイトに応じる。


「俺は幼い頃から死ぬ程厳しい身体の修業を受けたぜ!」


 その理屈に不服の黒田は反論した。


「それがバスケどんな関係があるんだ?!」


 遼介は颯爽とした笑顔を浮かべて黒田に告げる。


「道理は一緒だ、どんなスポーツでも武術と一緒だ!試合のやり方と技は違うけど、コートの中は戦場、今はこのバスケボールが俺の武器だ!試合形式なら俺はいつも全力で攻めるつもりよ、よく覚えておけ!!」


(くそが……)


 黒田は無念の気持ちを持って試合の負けを黙認した。


 遼介は体を振り戻し、黒田チームの皆を褒めあげた。


「だがお前らはよく頑張ったな!本当はお前らの得点を一桁に抑えたかったけど、俺から18点を取ったのは本当に凄かった!また試合をやろうぜ」


 黒田以外のチームメイトの気分は悲しみだけではなく、負けたものの、自分の誇りを保っていた。遼介は自らの手を伸ばし、ベリーショットの同級生と握手した。


「うん...あなたと同じチームでプレイしてみたかった」


 スタイルの地味な生徒も照れ臭い仕草で遼介の手を握った。


「僕も!」


「私も!」


 和む空気が拡がる中、遼介は振り向いて、黒田の様子を見て膝をしゃがみ下ろす。床に座り込む黒田に手を伸ばしながら訊ね掛けた。


「黒田、大丈夫か?」


 遼介は黒田の身を引き上げるつもりだったが、黒田は強くの手を弾き。大声で轟き叫ぶ。


「俺に触るな!この化け物めーー!!」


 一瞬にスタジアムが静まり帰る、これは黒田マイト最後の逆襲だった。黒田の意思に逆らえない黒田チームメイトたちは驚き、体を硬直させた。


「黒田さん?」


マイトは更にチームメイトに声を掛ける。


「俺を裏切ったら承知しないぞ!」


 黒田マイト、彼の父は大型総合病院の院長である。この学校PTAのメンバーであり、ビックスポンサーでもある。


 自分の主張が強く、リーダーシップもあり、新入早々、このクラスの中心の人物になった。まるで猿山の大将のようで、彼に逆らう人が居なかった。


「それは……」


「黒田さんの言う通りにしますね……」


「彼のお父さんはP T Aメンバーとして、大金で学校を支援するビックスボンサーだよな?」


チームメンバーの言葉を聞いて、強い口調で問い掛ける。


 黒田は一対五の試合で負けだけでなく、自分が毛嫌い人間に助けられるという最悪の事態になって、屈辱にまみれに激怒していた。


 二人のチームメンバは黒田を引き上げる。黒田は両手腕を彼らの肩に掛け立ちながら、強い口調で告げる。


「ふん、どれだけバスケが強くてもな、この世は金と権力を持つ者が勝つんだ!俺とお前じゃスタートラインが違うんだよ!」


 遼介は、黒田の気持がわかっでも仕方ないと思った。今は自らこの場から去るのが一番良い解決法だ。薄い笑みを浮かべながら立ち直り、黒田に背向け、溜め息をついた。


「はっ、最後までお前とちゃんとバスケを出来ると思ったが、俺の考えすぎのようだ」


 遼介が身を体育館から去った。その後、体育の授業は終わり、集合のホイッスル音が鳴った。授業の休憩時間に入っても遼介は体育館には戻らなかった。


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