第20話 遼介 ✖︎ ヒトミ
遼介が住むマンション。荷物の片付けを終え、ヒトミはソファーに横たわって休憩している。音痴な鼻唄を歌いながら、カード状のマスタープロテタスを開いて、投影された文字板をタイプしている。
マスタープロテタスは、アース界に通用しているMPディバイスと違い、謎な物質の結晶で作られており、透明で本体が常に光っている。記憶金属のように形状を自由に変え、物質の凝縮も可能で、小さな宝石のようにも変形できる。
ヒトミの目の前に投影された画面にはアース界とアトランス界、両方の時間が示めされている。ヒトミは警護監視の日刊レポートを書いている。彼女は記録しながら、たまに目線を外し、遼介がチャンネル将棋を指す姿を見ている。
「遼介くん」
遼介は正座で駒を指している。自分のデバイスをこたつの上にあるインストールプラグに接続し、天板に中将棋盤を投影している。遼介は冷静に駒を指しながら答える。
「どうした?さっきからそこで暇してるみたいだけど、荷物の片付けが終わったのか?」
「できたよ。そっちこそ、さっきからずっとそこでキルズロードゲームをやっているなんで、随分暇なのね?」
キルズロードグームとはアトランス界に特有の言葉で、将棋やチェスまたシャンチー等の王を詰めると勝利を意味するゲームを指す。
「何言ってんだ?闘士にとって頭の鍛錬は大事だろ?こういうゲームは頭を動かすだけじゃなくて、金稼ぎもできるんだぜ」
「AIとゲームする意味があるかな?」
「ある。人間が指せない手は勉強になるよ。今指してる相手は人間の将棋プロだけど。チャンネルゲームのメリットはどこでも対役できる、州籍、プロかアマチュアかを問わず、誰でも対役できることだ。大型スポンサーがついたタイトルは賞金が高いしプロ棋士もたくさん出る」
「賞金?いくら貰えるかな?」
「タイトルによるけど、500万のタイトルがあれば、5000万貰えるのもある」
「5000万は凄いわね…でも、そもそもあんた将棋の大会で勝てるの?」
「もちろん。将棋の竜王と名人と棋王、囲碁の棋聖と天元のタイトルを持っている。チェスでも世界チャンピオンを獲った。全部チャンネル杯だけどな。これから将棋の叡王、囲碁の名人を取るつもりだ。今どっちもトーナメントのベスト8まで進んでる」
「あんた、闘士なのに、どうしてキルズロードゲームがそこまで上手いの?」
遼介は手駒の香車を打った。
「うちの武術修業の一環だ。うちのばちゃんは武術を教えない代わりに、知識や教養や色んな娯楽を俺に教えてくれた。将棋は棋士にとっては単なるゲームで命の奪い合いはしないが、俺にとってはこれは戦だ。地力と洞察力と経験を練って、最後に勝利を掴む。策を上手く展開出来なければ敗北するしかない。闘士にとってそれは死と同じだ」
「そんな重い覚悟でゲームしてるの?」
「ゲームだろうと本気でやるよ。これは昔の人が策や兵法のシミュレーションをするために作ったんだ。シンプルにして今の形になった。公式な武術闘競と同じで、真剣な気持ちで向き合わないと相手に失礼だろ?ましてや、物事の変化を洞察できず、策が練れず、知と武を上手く一緒に活かせないようなら、うちの流派の真髄をマスターしたことにならない」
「なるほど。これはなかなかの英才教育ね」
遼介は自信満々な顔で駒を指し続ける。ヒトミは四つん這いで近くまでやって来て、盤面を覗きこんだ。今は相手の攻勢のようだ。
「俺にとってはごく普通の日常だ。ゲームで学んだことを実戦に活かせば、複数の相手でも恐れずに倒せる」
「今やってる相手は強いの?」
「凄い気迫で攻めてきてる。俺は奴を誘って入ってきた駒を捕まえて反撃する布石を用意してる。反撃のタイミングを待ってるんだ」
「なるほどね」
「お前、将棋がわかるのか?」
「詳しくは分からないけど、面白い形ね。こういうゲームって、相手の指し手をたくさん読んだ方が勝つものかな?」
「決してそれが全てではないよ。臨機応変に策を細かく変えるのが重要なポイントだ。奴は定石通りに指しているが、その先に見えない罠を張るなんだ。いま奴が指してる手は計算通り。ここから先の80手くらいまでは見破ってる。俺が仕掛けた罠には気づいてないみたいだな。この先も読み通りなら、あと85手で俺の勝ち」
遼介は相手の金将を桂馬で取った。
「やっぱり掛かった!陣形をあえて崩さない限り、もう逃げ場はないぜ」
ヒトミにとって、この男は黙って駒を指すなら天才美男子だ、しかし、その生意気な態度を見て、ヒトミは顔に青筋を立てた。普通の自信家と違い、遼介は全く謙遜というものを知らない。そんな遼介が、ヒトミは鼻持ちならなかった。
遼介の手番、まだ駒を指してないうちにヒトミが勝手に操作した。
「えいっ!」
「おい!お前何やってるんだ?!」
「この駒を取れば自分が使えるんだから、これで有利になるね」
「それじゃ一歩間違えたら負けかねないだろ!じゃなくて、部外者が勝手に駒を指すな!」
「器が小さいのね!二人だけでやってて考える要素が少ないし、こんなシンプルなゲーム、どこが面白いの?本当の戦いなら第三者の介入はよくあることじゃない?敗北の理由を第三者に押し付けるのは、策士として無能だわ!」
「このゲームに第三者の介入は禁じられてる」
「どうせ顔も映ってないんだし、相手がわからないならいいんじゃないの?」
「あのなぁ!チャンネルゲームは両方がルールを守るのを前提にやってるんだ。今お前がやったことは勝敗問わず、相手に申し訳が立たない行為なんだよ!」
「負けそうなの?」
「勝負はまだ分からない、が、さっきの手でチャンスを逃した」
「考えなさいよ!本当の戦場なら勝敗に影響する要因はいつ何時起こるか分からない。想定外のアクシデントが起きたらどうするの?あんた、両手を挙げて素直に負けを認めるつもり?」
「何が言いたい?」
「たとえ私が悪手を指しても、その不利をひっくり返したらカッコ良いよね!、それともあんたは、そのまま負けるの?遼介くん?」
「ふん、面白い。俺を誰だと思ってるんだ?ちょっとくらい悪手が混じろうが、勝ってみせる」
「本当?」
「俺が勝つと言ったら、勝つ以外あり得ない」
「まあ頑張って。私ちょっとお風呂借りるわ」
「ああ、遠慮なく好きに使って」
「のぞいたら殺すよ」
「そんな馬鹿なことするわけないだろ!」
「本当~?
「あのなあ!お前の被害妄想だろ?今はこのゲームに勝つことしか考えてない。お前が裸になろうが興味ないよ」
ゴン!
ヒトミは拳で遼介の頭を殴った。遼介の頭が腫れ、煙が昇る。突然の暴力に、遼介は自分の頭を撫でながら抗議した。
「いきなり殴るなんてどういうつもりだ?」
「自分の脳みそで考えなさいよ!レディに失礼な言葉を使って、この阿呆!」
「人のゲームを邪魔する女はレディじゃない!ただのトラブルメーカーな
ビィッ…」
遼介の言葉が終わらないうちに、ヒトミの強烈なビンタが炸裂し、遼介はそのまま後ろに倒れた。
「痛ってぇな!!よくも俺を殴ったな!自分の立場わかってんのか?」
ヒトミは腕組みをし、遼介に説教する。
「立場なんか関係ない!デリカシーゼロの男に文句する権利なんかないわ!」
床に横たわった遼介はヒトミの体を改めて見上げることになった。その長い脚も大きな胸の膨らみも、下から見ると丸見えだった。だが遼介の注意は彼女の体よりも、そのプンプン怒っている表情や、その素直な性格にフォーカスされていた。
「お前、怒るとちょっと可愛い顔になるよな」
ヒトミは顔を真っ赤にした。怒りだけではなく恥ずかしさや屈辱感情も含んだ感情でいっぱいになった。
「もう~知らない!このキザ男!#$%&*$#&」
ヒトミはふくれながら脚踵を返し、向こうの部屋へ歩き去っていった、ぶつぶつ何か喋ってるいるが、内容はわからない。遼介は自分の腫れた頬を触りながら笑みを浮かべた。
(やっぱり面白い奴)
それから崩した体勢を整え、冷静に将棋に戻る。
遼介はヒトミを試していた。この女が信頼に値するか確かめるため、もっと深掘りするつもりだった。それに対し、ヒトミは自分の気持ちに従い、素直に自分をさらけ出した。遼介は、少なくとも通常の場合、ヒトミは自分に害をもたらさないと思った。
彼女は遼介が知っている女性の中でも珍しい存在だった。一人暮らしの生活にこんな陽気でお転婆なお姉さんが踏み込んだことで、自分の日常が賑やかかになっていくのを、遼介は心地良く思った。
ふと、ヒトミに大事なことを伝え忘れていたのを思い出した。
(あっ、そうだ。お風呂の水温がちょっと熱いかも。まあ、あいつも一応闘士だし、平気だろ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます