第19話 追跡、遭遇、そして、

 六本木エリアの繁華街。時刻は22時30分過ぎ。スミレは青いドレスの女性を追って、彼女に気付かないように、6メートルほど距離をとりながら追跡する。彼女のペースに合わせて自分も早足になった。途中、駅前、公園、ファストフード店、広場、ショッピングモール、マシンの駐泊場等、六ヶ所に止まった。立ち止まったらすぐにMPデバイスを手にとってメッセージを確認する。誰かの指示に従って動いているようだった。


 そうやって4時間半ほど追跡を続け、スミレは西六本木エリアまで来た。バーやマッサージ店やラブホテルが立ち並ぶ。大きいポスターや看板の代わりに、空に等身大のホステスの立体像が投影されている。こちらの店はバニーガール。あちらの店はナース、あちらはレースクイーン…どれも布の面積が異様に小さく、色気を前面に押し出している。


 スミレは追跡に夢中になるあまり、気付いたらおよそ高校生には似つかわしくない場所まで来ていた。青いドレスの女性はどうやら夜職に就いているらしい。


 だが、彼女はどの店にも入れずに、先の小路に入っていった。スミレは身を自動回収のゴミ箱の後ろに隠しリップスティック状のMPデバイスを取り出し、先端からマップを投影した。


(この小路の先に道はない、しかもホテルの非常口になってる。あの人、どうしてこんな所に?)


 何か事件の匂いがする。スミレは念のため、自分の位置情報を警察に送った。MPデバイスを鞄に入れ、木刀を持っているのを確認して、勇気を振り絞って小路に入った。


 ドレスの女性が男と話している。スミレは自動回収の大型ゴミ箱の後ろに隠れ、彼らの言葉を盗み聞きしようとした。


 男は小柄で痩せた、ベリーショートの金髪。一見してホストかと思いきや、黒ベースに金色の龍と鯉の紋様の入ったスーツを着ている。耳と唇にピアスを着けている。どう見てもカタギではない。腰に金属製のベルトを締めている。黒い模様が描かれたいくつものパーツ、生物の背骨のようにつながっている。


「素直にここに来たか。いい子ちゃんだな」


 まだ夏の最中、女性は寒風に打たれているのように両腕で胸を抱えながら、体を震わせて言った。


「指示通り動きました。私の個人情報と写真は晒さないでください…」


「いいよ。その代わりにウチで働いたらどうだ。アンズ、お前の素質は店でナンバーワン取るくらいじゃ勿体ないレベルだ」


「タクヤさん…それだけは譲れません……オーナーには恩があります。裏切ることはできません。お金ならいくらでも払いますから……」


 タクヤはアンズの提案が気に食わず、不愉快そうに答えた。


「は?お前の金なんかいらねぇよ。何のためにこんな所に呼び出したのか、まだわからねえのか?」


「……」


「それともお前の写真を実家に送ってやろうか?」


「困ります……」


「どうするかはお前の返答次第だ!」


「分かりました…あなたの店に移籍します……」


「正解。契約書はもうできてる。承認さえもらえれば、移籍は決まりだ」


 男は頭骸骨を模したMPデバイスを取り出し、契約書を投影する。


 長大な文面を読む余裕も余地もない。アンズはただ頷いた。


「はい……」


 アンズが承認ボタンをクリックすると、タクヤはは宝物を手に入れたようにニタリと笑い、アンズの手を握り、無理矢理にでも連れていこうとした。アンズが懇願する。


「いきなりはちょっと…!せめてオーナーと話をさせて欲しいです」


「ダメだ。お前はもうあそこのキャストじゃねえ。ウチが抱える商品だ」


 アンズはタクヤの手を振りほどき、溜まりに溜まった怒りを吐き出した。


「いい加減にしてよ!」


 パチン!


 アンズがタクヤの頬を平打ちした。タクヤは自分の頬を撫で、淡く微笑んだ。


「四番目若頭の俺に逆らった奴にはお仕置きが必要だ。少し手荒くなるが、お前みたいな女はちゃんと調教しないと組織の規律が乱れる」


 タクヤはMPデバイスをベルトに装着すると、ベルトは緑の光を放し、活性化した液体金属が六つの機械アームを展開した。蠍の尻尾のようなアームが、光を反射している。肩の上まで伸びた二本のアームの先端は虫の爪のような形状をしており、男の意識に沿って爪を動く。


 上腕の外側に伸びた左右のアームにバスター砲が仕掛けられていて。まるで生きているよかのように、一定のリズムを保ちながらうねっている。


 アンズはタクヤの姿に恐怖し、声を漏らした。 


「なに…それ……」


「これを手に入れるために大金を費やしたが、このルミツギーア武装があれば、ウィルター並の力が得られる。すぐ組も俺のモノになる!」


 その時、木刀をかざしたスミレがタクヤの後ろに立ち、大声で告げた。


「待ちなさい!」


 アンズはスミレの姿を見て驚いた。


「あなたはさっきの?」


 タクヤはゆっくり振り向き、冷酷な目でスミレを見た。


「誰?お前」


 少し考えてからスミレが答えた。


「我こそは、本多忠勝が子孫、本多スミレ!!すぐにお姉さんを解放しなさい!」


「アンズ、まさかお前がこんな可愛らしい用心棒を雇ったのか?」


 アンズは戸惑った。


「違う……彼女が勝手について来ただけ……」


「まさかこんな金の卵まで拾えるとはなぁ。ツイてるぜ」


 アンズはスミレに向かって告げた。


「こんな事やめて、すぐ逃げって―!!」


しかしスミレは退くどころか、足を強く踏み出した。


「お姉さん、困ってるんですよね?なら私は放っておけません!」 


「スミレちゃんだっけ?学生が大人の世界に踏み込んじゃいけねえ」


 スミレはタクヤを指差し、睨みつけた。


「全部聞いてましたからね!卑怯な手段でお姉さんを脅迫して、無理矢理に移籍契約を交わすなんて、そんな汚いマネ、許されない!」


「そうか。ならこのまま家に帰すわけにはいけないな。お前は雛からじっくり調教してやるよ」


「お前みたいな外道、絶対に止め見せます!本多家の名にかけて!」


 タクヤが嫌らしく笑う。


「ほう…その気迫は怖いねぇ」 


 爪のついた2本のアームが8メートルほど伸びて襲ってきた。スミレは木刀を下に構え、アームの動きをよく見た。片方を避け、もう片方を弾き、次に跳躍してタクヤに唐竹斬りを浴びせかける。タクヤは身を引いて木刀をかわし、瞬時に爪のアームを引き戻してスミレを払い打つ。


ドン!!


 スミレが撃ち飛ばされ、後ろのゴミ回収箱にぶつかった。背が箱に沿って滑り降り、地面に座り込む。


「無駄だ。そんな木刀じゃ液体金属アームに敵うはずがない」


 タクヤのアームが、本人の興奮と同調するように激しくうねっている。スミレは冷静に考えている。


(なんて速さ…)


 スミレは立ち上がる。制服の中に着込んだ鍛錬用の鋼鉄製のコルセットが、先ほどの衝撃を軽減していた。


「まだ終わってない!」 


 スミレは自分のMPデバイスを開いた。宙に変装ボタンが投影され、剣道の防具を選ぶと、スミレの体に稽古用の防具が着装された。実家のウォーキングクローゼットから転送してきたものだった。この時代の防具には、布でなく、柔らかい金属が使われている。紫雲塗の胴に菫の花紋様が刻まれている、


 ベルトの正面に仕込まれたディスプレイに本多の苗字と本多葵家紋を示し、最後に面金が右から左にスライドし、スミレの顔を覆った。


「あん?剣道の防具?活動でもしに来たのか?そんなもんじゃ俺の特注のギア武装には敵わねぇよ!」


「そのギアでもウィルターには勝てないけどね」


<<370GP 脅威レベルG 作戦続行>>


「はぁ?お前ウィルターじゃねえだろ?グラムが弱すぎる」


「私はいつかウィルターになる!」


 スミレは意識を集中し、改めて木刀を構え直した。タクヤはアームを使って、二つの爪をドリル状に変形させ、次々とスミレに攻撃した。 防具を着たスミレは俊敏性を失っており、アームの攻撃を避けるだけで精一杯だった。スミレは一旦退き、アームを弾いた。


その瞬間、バスター砲が炸裂した。スミレはエネルギー弾を受け、吹き飛ばされた。落ちた木刀がカラカラと音を鳴らして転がった。倒れたスミレが自分の防具を見ると、胴の部分に風穴が空き、制御装置が損傷したために防具の着装が解除された。


「うそ…大切に使ってた防具がこんな簡単に……」


「お前勘違いしてねえか?そんな簡単にウィルターになれるならなぁ!俺はわざわざこんなモン使う必要ねえんだよ!」


 タクヤの言葉を聞いてなお、スミレは勝負を諦めたくなかった。木刀に手を伸ばし、右手から微弱な白金色の光を発した。


 そのとき、空から黒いマシンが急降下した。真つ黒の機体の側面に、赤いライトが走っている。


「えっ!何!?」


 タクヤは自分の首に仕込んだナノ通信器のスイッチを押し、マシンに乗った仲間に命令する。


「ご苦労。もう一人増える」


「御意」 


 マシンが二発の小型ミサイルを射出した。ミサイルは爆発するのではなく金属膜を展開させ、スミレとアンズを拘束した。


「しまった!」


 アンズはタクヤを睨んで言った。


「どういうつもり!?」


 スミレは倒れた。タクヤの足が目の前にある。スミレの心はまだ折れていない。タクヤを睨みつける。


「私を捕まえてどうする気?」


 タクヤは答えない。マシンの運転手がスイッチを押すと、捕捉装置が電流を放出した。


「キャアァァーーッ!!」


 二人は意識を失った。


 タクヤはスミレに対して興奮を浮かべていた。


「とんでもない上物を拾った。ウチにはお前みたいな強気な女が必要だ」


 マシンの扉が開いた。地上5階程高さのマシンに向かって、タクヤはアームの爪で二人を包んだ膜を掴み、脚装甲のブースターを噴射させ、一気に飛び上がり、マシンを乗り込んだ。


 タクヤはスミレのMPデバイスを奪い、意識のないスミレ手を使って指紋センサをパスした。先ほど警察に通知した位置情報が表示されている。


「やっぱりな。こんな小賢しいマネしやがって」


 タクヤはアームの爪でデバイスを潰した。操縦役の組員が声をかける。


「タクヤ様、指示を!」


「本部に帰る前に少し寄り道だ。海に行け。こいつらのデバイスを捨てていく」


「御意!」


 マシンは急上昇し、南へ向かって飛び去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る