第18話 しつこい、愛しい来訪者 ④
遼介は、ここで威厳を見せないとこの女に舐められると思った。
「納得できる理由を言わないなら、荷物を外に投げ捨てる」
いつの間にか、遼介はヒトミの鞄を持っていた。
「冗談でしょ?」
遼介は外の搭乗ホームの縁に立ち、鞄を捨てるふりをする。ヒトミは慌てて追い掛けて、手を伸ばし止めようとした。
「ちょ、ちょっと待ってよ!分かったから、ちょっ落ち着いてよ」
「言え!!」
「あのね......」
ヒトミは視線を逸らし、こんな非常識な行為に及んだ経緯を話した。それを聞いて遼介は腹がよじれるほど笑った。
「ぶっ、あははははっ!!ウィークリーマンションの延期契約をし忘れて、掃除人形ロボットに追い出されたって?お前面白い奴だな!」
恥ずかしくてしょうがないヒトミは、頬を風船のように膨ませてそっぽを向いている。
「何よ!そんなおかしい?アース界でマンション借りる時のルールなんて分かるわけないじゃない!」
「機関から説明を受けなかったのか?ウィークリーマンションは一週間レンタルが基本で、日数を延ばしたい場合は2日前に延期契約を申し込まないと自動で契約が切れて、追い出されるんだ」
「どうしてあんた知ってるの?こんな高級マンションに住んでるのに」
「部屋を探す時に色々調べたんだよ。その時に読んだルールの内容は全部覚えてる」
「あんな長ったらしい文面、よく覚えてるわね?」
「俺は完全記憶と瞬間記憶の力を持ってるんだ。どんな物事でも一度見聞きすれば200万%、全部覚えてる。一人暮らしするなら契約書はしっかり読んで頭に入れなきゃ損するぞ」
「あんたを監視するのに忙しかったのよ!そんな細かいこと忘れた!」
「お前、こういう仕事一人でやるの初めてだろ?」
「なんで分かるの?」
「今までのお前の行動を全部整理すれば分かるだろ?見張りの動きがまるで素人だ。特に追跡する時に急に自分の源気を隠したりする。又は戦い時に変な時点で不自然に制御する。お前、自分の行動がバレないと高を括ってたろ?」
「うん……」
「ちょっと勘のいい奴ならすぐわかる。これだけゴミゴミした都心でも一人一人のグラムの気配を認識できる。一度俺がマークした相手の行方は手にとるように分かるぜ」
ヒトミは任務に就く際、このターゲットの洞察力や情報処理能力には要注意と知らされていたが、実際、遼介の能力は記録よりも遥かに優秀なようだ。
こんな男が巨悪となって立ちふさがった時、はたして自分に止められるだろうか。これでも、こんな人間でもどこかにきっと弱みがある。尻尾をつかむまでは耐えるしかない。
「私の源、そんなに分かりやすかったかな………?」
「わかるよ、お前やっぱ面白いなぁ!」
事情を知った今となっては、異界から来たヒトミを追い出すのはあまりに冷酷だ。遼介は、ウィルターに偏見を持つ冷たい社会に差別されることで生まれる深い悲しみも、強い怒りも、よく知っている。
彼女を追い出したなら、ウィルターである彼女は次の部屋を見つけられないかも知れない。己の欲せざる所は人に施すことなかれ、自分が人からして欲しくないことは人にしてはならない思いを保つ。さらに、自分と共同点をもったヒトミをそんな目にあわせたくない。他人が困っているの見たら躊躇なく助ける。そんな想いを持つ遼介は、ヒトミが泊まるのを認めた。
「いいだろう。お前がここに泊まりたいなら構わない、が」
無償で泊まるなんて自分のプライドが許さないと思いヒトミが言った。
「私、家賃の半額払う」
「いらない」
「ダメよ。居候なんてできないわ」
「無料でいい。だけどその代わり条件が三つある」
ヒトミは固唾を飲みこんだ。金を支払うのは簡単なことだ。機関に請求すればいい。だが、この男何か嫌な条件を申し付けようものなら、今夜は10件の荷物と一緒に街どこで過ごすしかない。
この時代にアース界に誰でも住む家がある。それは州政府が人民に与える、基本的な生活保証だった。このホームレスが絶滅した時代に、女子一人が大量の荷物と一緒に公園に寝泊りするのは、イレギュラーであると同時に恥ずかしいことでもあった。
ヒトミはそっと息を吸って訊ねた。
「…どんな条件?」
「一つ目。今後毎日、俺を監視警護するリポートを嘘偽りなく記録すること」
「簡単ね。言われなくても私は毎日必ずあなたの行動を機関に報告してる。二つ目は?」
「二つ目。うちの校則では、保護者が一緒でない限り血筋のない男女生徒が同居するのは禁じられてるから、いとこのフリをすること」
「うーん…機関に頼んで学校側に渡すデータをいじれば問題ないと思うけど。どうしてそんなルールがあるの?」
「他の州と比べてヒイズル州は人口が少ない。出生率を確保するため、計画外の妊娠に伴う中絶を未然に防止する政策だ。公立はまだ普通だけど、私立校はうるさいよ。不純異性交遊に対する罰はかなり厳しい」
「なるほどね。あと一つは?」
「暇なときにアトランス界の話を聞かせること」
「アトランス界の情報なんてどこでも調べられるでしょ?」
「公にされてる情報の信憑性が低い。連邦政府が出してる情報は、うちの実家の書庫にあるアトランス界の原文蔵書と比べたら嘘ばっかりだ」
「えっ?何それ?」
「お役人がどうしてそんなことをしてるかは知らない。だけど単純に、お堅い地理や歴史の授業よりも原住民の活き活きした話の方が面白いだろ?」
提示された三つの条件は、物質の要求でもなければ、性的強要でもない。遼介に何か無理難題を押し付けられると思っていたヒトミは、拍子抜けするほど簡単な条件に安心し、緊張した顔をゆるめ笑みを浮かべた。
「それは構わないけど、そんな簡単な条件でいいの?」
「ああ。その荷物は和室のウォーキングクローゼットに入れるといい。収納が足りないなら二階の倉庫も使える。リビングの壁にあるボタンを押せば隠し扉が開いて階段で二階に行ける。この家にあるものは好きに使っていい」
「わかった。あと、私はどこに寝ればいい?」
「和室の布団で寝ればいいだろ?」
「そ、それはちょっと……」
「なんで?」
「私達アトランス人は床に寝たりしないの」
「畳でもダメなのか?」
「何が敷いてあっても関係ないの。床だけは嫌!」
「そうか。俺の部屋は?」
ヒトミは遼介を睨んだまま、口角だけをつり上げて言った。
「それも嫌よ。一緒に寝て、もしあんたが変なことしたら問答無用で天罰を下すからね」
「なら二階の物置にベッドを置くか」
「それもダメ。あんた、警護の意味わかってる?あんたに見えない所で寝られたら怠慢行為とみなされる」
せっかく提案しているのにあれもこれも拒否される。面倒臭い。まさか床に眠れないとは、ワガママなお姫様を扱うようだ。遼介はイライラと自分の手で首の後ろを揉みながら文句を言った。
「ならお前には何かいいアイディアがあるのか?」
ヒトミは人差し指を口に添えて考えてから振り向き、リビングを指差した。
「そこのソファを借りてもいい?十分広いから、ベッドとして使っても問題ないでしょ?」
「女のあんたがアレでいいのか?風邪引いても知らないぞ」
「お気遣い感謝するわ。でも、女だろうと一応エリートの闘士よ。風邪なんか引かないわ」
「そうか。好きに使えばいいよ」
「うん、ありがとう」
「改めてよろしく、ホーズンスさん」
「ヒトミでいいよ、遼介くん」
「くんって?アトランス界の人はそんな硬い呼び方あるか?」
「だってあんた、私より年下よ。ヒイズル州の風習にしたがって君付けで構わないでしょ?」
「年下?そんな変わらないだろ?」
「長生きのアトランス人にとって歳は無意味な話しと思うけど、確かに、アース界にレティに歳を問うなんでタブーよね?」
「まあいいよ、勝手にしろ。ヒトミ、この荷物、寝る前に片付けられるか?」
「何とかする!」
「俺はそこで将棋指してるから、もし何か分からないことがあったら遠慮なく聞いて」
「うん!分かった」
遂に泊まるところが決まったので、ヒトミは落ち着いた笑みを浮かべた。荷物の中身の方付け始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます