第4話 特命派遣(レッドオーダ)の役人

アース界、新暦104年7月。


 三日月が掛かる夜空の下、大都会新東京に燦爛な光が輝いている。昔では見たことのないビルの群れが聳え立ち、路面から三メートル程に浮かぶマシンが飛んでいる。500メードル上空に州内極行列車は走っている。さらに上空の高いところに海洋生物をモチーフにした不思議な形の船艦が飛び去っていった。そんな近未来の光景に、100年前、この地は世界大戦後に壊滅的残痕累々の歴史があったなんて、悪夢のようだ。


 その大戦後、アース界は国々を分けることをやめ、七大洲を越えて巨大なアース連邦政府が世界を管理している。それぞれの州郡は、残った資源と科学技術で再建設され、共に共存発展した。さらに、アトランス人が教える【グラム】の知識と章紋錬金工学等の技術を活かして、アース界の文明はより一層、飛躍的に進化した。


 この100年で、海の水位が20メードルも上昇。その影響により、昔の墨田区と江東区から東のエリア、品川と川崎から南のエリア一帯が水没し、東京湾がより大きくなった。上野、八重洲、銀座エリアは新しい海岸ビジネスエリアになり、六本木と渋谷エリアはゴージャスな海岸に沿いの商住混合エリアになった。海がかなり近い今の新東京は正しく水の都市である。


 ここは六本木エリアの周辺。超高層ビルの屋上に一人の少年の姿が見える。ヤンキーのような茶髪、前髪を金髪のメッシュに染め、眉間の真ん中にほくろがある。紺色の制服のジャケットとパンツを身につけている。彼はネクタイを締めずに、シャツの一番上のボタンを開けたまま、襟を立たせている。髪と襟を夜風が揺らしている。少年の目線は遠くを見下ろし、源気グラムグラカを感じながら犯罪の気配を察知している。

 

「また凶悪そうな奴が現れたか?このエリアいつも騒々しいな」


 その頃、少年はポケットにブザーの振動を感じていた。取り出すと、3センチ程の金属球が振動のリズムに合わせ光っている。その球が掌から五つの塊に分かれて、そのまま四つが宙に浮かび、スクリーンを形取った。


 その人の姿が映し出された。見た目は武骨な中年の男、彼は白いシャツに濃紺色のスーツジャケットを着ている。ジャケット左のポケットにアース連邦警察ヒイズル州のエンブレムがついており、その2センチー上の階級章は金色の星。その左右に三つの縦線に金色の星の左右に二つ縦線がある。スクリーンの中の警視官は厳しい口調で話しかける。


「いつもご苦労、光野くん」

「お疲れ様です、梶本警視長殿」


 梶本権造、半年前ある不審な事件のキッカケに少年と知り合った。それ以来、少年は警察署からじきじきにヘラドロクシを退治する依頼を受け、次々と危険事件を解決した。


「君、今何処に居る?」

「六本木エリアの周辺です。もしかして、子供が拉致された事件のことですか?」

「君も察知していたか、さすがだ、早速依頼しても良いかね?」


 警察組織内の事情は知らないが、少年は本気で心配になり問いかける。


「警察があんな奴らに振り回されるなんて、大丈夫ですか?」

「その異端犯罪者ヘラドロクシの力が想定外だ。このレベルの犯罪者を止められるのは君しかいない。今の状況では君の力必要だ、光野君」

 

 今のアース界の人口総数は40億人弱、その中にグラムを使える人間の人数は5000万人。例え毎年ウィルターの人口が増えても、ウィルターに対して差別の目が向けられることは日常茶飯事だ。普通の人間の命を保障するため、ウィルターが故意に一般人を死傷させれば、法律で罰せられる。ローテントロプス機関で採点する

『リスク数値』が一定の基準を越えるとヘラドロクシに認定される。


 即ち、異端ヘラドロクシは公の機関やローテントロプス機関が認定した、社会に脅威をあたえるリスクが高い凶悪な存在のことだ。


 レットオーダーとは警察庁と、ヘラドロクシーに認定されでいない、有能な人材と直接契約して、凶悪なヘラドロクシーが起こす暴力やテロ事件を制圧行動のことだ。レットオーダーの実行権限は警視部長、または郡警本部長が持っている。その権限を行使すると、責任は警察上層部のキャリアが一身に背負うことになる。多くの場合、戦闘に巻き込まれない為、レットオーダーの実行の際は、一人か、少人数で行動することが多い。また、契約者はほぼローテントロプス機関のエイジェント務めておらず、他の組織に所属しない民間人である。


 少年は笑みを浮かべ、自信を持った口調で訊いた。


「やり方はいつも通りですか?」

「そうだ。場所は上野エリアの三浦ビル。あのヘラドロクシをどう対応するか、判断は君に任せる。ご武運を祈る」

「かしこまりました、一分間以内に現場に到着します」

 

 少年は超高層ビルの屋上からヒラリと飛び降りた、まるで重力の影響が弱くなったかのように、隣のビルの屋上に飛び移った、そして次々とビルの屋上と屋根等を踏み台にして、素早い動きで飛び移っていく。その動きは速すぎて、もはや一般人には見えない。

 

 上野エリアの三浦ビルは、20階二棟で構成されている高層ビジネスビルだ。電気が付いてない広場の入り口、警光灯の赤と青の光がビッカビッカと照らし、二十台の機動艇パトロールマシンが宙を浮かびビルの玄関広場を囲んでいる。18階の窓の所に犯人が見える。ワイルドな金髪にやせ型の男は隠れることもせず、狂ったような目で警察を睨む。

 

「こちらは警察署所属特別機動隊第三組!ジョージ・シリオ、お前らは既に包囲されている!直ちに武力を捨て、投降しなさい!」


 特別機動隊はヒイズル州立警察所属の特別武装警察である。持っている重火力武装の機動艇が持つ、それは異端犯罪者ヘラドロクシを退治する為だけに許されている武力である。


 他の白黒アクセントの機動艇と違い、ボデイ全体漆黒のマシンに乗る警察官、見た目は40代前半、体格はよくスタイリッシュな男、彼は第三組を指揮する警部、安田治やすだおさむ。彼の乗っているマシンは二十台の機動艇の後方の真ん中に待機する。彼の指揮によって攻撃体勢を展開している。


 ジョージは大声で上空を飛んでいるたくさんの機動艇に向かって叫んだ。


「言ったはずだ、身代金3億円と空飛艇を用意しろ。更にテメえらが俺の視界から消えること。残り三分、条件が満たせなければ、あのガキの命を頂くぜ、わかったな!」

「落ち着いて、人質を傷つければただ罪が重くなるだけ。お前にとってメリットがない。お前の求めるものは既に手配した。だから子供をすぐに解放しなさい!」

「ハハ!連邦政府のバカ犬め!ウィルターの俺に命令する気か?俺はこの力があれば、空飛艇でも簡単に切り刻めるんだぜ!」


「無意味な抵抗をやめろ!」

 

 犯人が両手を振り放った。光の刃が飛び出し、逃げ来れなかった二台のパトロールマシンが真二つに切断された。爆発寸前に中の人は脱出した。


「俺に命令するな!」


 パトロールマシンの翼が展開した、それは攻撃開始のシグナルだ。


「狙い撃てー!!」


 マシンに搭載する二門のビームマシンガン砲が一斉に発射。ビームの集中攻撃により窓グラスが一瞬に破れ、犯人の姿が爆煙に包まれる。


「発砲やめ!」


 マシンガン砲射撃を一時的に停止、煙が消えると男が無傷でそこに立っている。


「無意味な抵抗をしているのはテメェらだろう?」


 男は両手を素早く連続で振り上げた。数えきれないくらいの光の刃を打ち出し、攻撃を受けたパトロールマシンが次々と切断され爆発した。僅かな時間を経て、30台の機動艇パトロールマシンは8台しか残っていなかった。


「ハハ!俺の怒りを思い知れ!」


 犯人の力は明らかに元々持っている情報と違って、機動隊は押される一方だった。安田警部は落ち着いていたが、冷や汗が止まらない。


「このヘラドロクシ、一体どれほどのグラムを持っているんだ!?」


 手元にある情報が外れ、予測外の事ある操縦席に座る警察官にも弱音を吐く。 


「警部!このままじゃ私達も持ちません......」

「えいー!ヘラドロクシの前に自分の体制を乱してどうすんだ!要求した応援部隊はまだ到着してないのか?」

「警部、今密頻チャネルに梶本警視長殿からメッセージがはいりました」

「直ちに繋げろ」

「はい!」


  安田警部の前に梶本警視監の姿が投影された。


「安田警部、今すぐ残存の人員とマシンを一時撤退させてくれ」

「しかし、異端犯罪者ヘラトロクシに逃げられたらどうするんですか?人質がまだ解放されていません。これは命に関わる問題です!」

「今、特命派遣レッドオーダーを実行した。恐らく増援は既に現場に到着しただろ」

「レットオーダー?まさかあの少年ですか!?」

「巻き込まれたくないなら直ちに撤退しろ。君と第三組は500メートル外の空域に待機していてくれ、人質の救助は彼に任せる。時機を待つんだ」

「承知いたしました」


 投影画面が切断された。安田警部は首に貼付けたナノマイクで現場にいる全員に指示する。


「特別機動隊第三組全員、一時退避だ!」


 警察機動隊に残る飛空艇は犯人の前から飛び去った。男は狂ったように笑い、自分の力を示す快楽に浸る。


「ハハハ!負け犬は逃げ足が速いな?」


 男は振り向いて、後ろの扉の向こう側にいる仲間に指図する。


「おい!お前ら、あのガキ連れてこいや!」


 向こうの部屋から犯人の仲間たちの騒ぎ声が聞こえてくる。


「貴様、誰だ?」

「何処から入った?」

「来ると撃つぞ!」

「食らえ!!」


 発砲の声が聞こえる。仲間が大声で叫び、そして次々と人が倒れる音。扉が開くと仲間の一人が白目をむき、か細い声を吐き出す。


「ツ、強い……」その男はそのまま地面にドサっと伏せ、意識を失った。


 ジョージは仲間のいる部屋を睨みつけた。


「アアー?何の騒ぎ?」


 少年の姿が向こうの部屋から現れる。右手の親指はポケットに入れ、その手で腰を支え、余裕を持った笑顔で話しかける。


「騒ぎを起こしたのはお前達だろ、狂ったお兄さんよ」

「テメェ、誰だ?何処から入った?」


 ジョージは驚いた。目の前に現れた少年がいつ、どこから入り込んだか分からず、その気配に全く気付かなかった。


「知りたいなら俺を倒してからだな」


 少年の毅然とした姿は竜王の如く、全てを読み取った眼差しを男を注ぐ。ジョージはたまらず大声叫んで、少年に向かって手を振り上げる。


「俺を邪魔する奴はみんな死ね!」


 次々と打ち出す光の刃、少年は生身で全ての攻撃を受けた。衝撃の閃光と煙が生じる。


「ハハハハー!テメェの体はもうバラバラだろうな!」


 ジョージが攻撃を止め、煙が消える。なんと少年は制服さえも無傷だった。さっきの攻撃は全く効いていなかった。彼は平然として顔で笑って云う。 


「んー?こんな屁みたいな技は何だ?俺を倒すにはせめてこれくらいしないと」


 少年が5本の指を前に突き出したその瞬間、光弾が打ち出された。その光弾はジョージの肩の上をすり抜けた。


 ドッカン!! 


 次の瞬間。ジョージの後ろで光弾が大爆発した。暴風が吹き、直径三十センチ程の光弾はそのまま空を飛び去った。脅しの一手は効いたみたいだ。ジョージの顔が驚愕の色を染まっている。意識が戻ると、ジョージの首はまるでオイルが切れたいロボットのようにガラガラと後を返った。後ろの部屋は跡形もなく消え、ぽっかりとあいた穴の辺には露出した鋼鉄とぼろぼろのコンクリート壁。一瞬にして起こったことで、ジョージは自分の立場と、ほんの僅かな距離の差で自分が死ぬ事を理解した。直ちに両手を挙げて降参のポーズをとった。


「ちょ、ちょっとタンマ!すまん、お兄さん!俺が悪かった。まさか君もウィルターとは思わなかったぜ!」

「さっきの意気込みはどうした?」

「兄ちゃん、俺とコンビを組まないか?一緒に金を儲けようぜ!」


 少年は両手を胸元に組むと冷ややな笑いを浮かべた。


「お前は品位に欠けるやつだな!」

「わ、分かった、金の事だよな?先ず、この件3億ネオドル身代金の半分テメェに分ける。どうよ、俺は結構気前がいいぜ!」


 少年はやらやれと片手でお手上げの仕草を見せた。苦笑いを浮かべて、首を横に振った。


「残念、俺は汚い儲け方が嫌いだ。お前らがやったこと全てもな。そもそも、俺はお前らを止めるためにここに呼ばれたのに、いきなり仲間を誘うようなめするなんて、あまりにナンセンスだろう?」


 少年を仲間に入れるため、自分の利益を最大限に譲ったが拒まれ、水を掛けられたような屈辱を感じたジョージは、怒った。


「そっか、テメェは警察に雇ったバガ犬か!」


 短気な奴とのやり取りは疲れる。少年は右手で頭を抱える仕草で唸る。


「ちょっと違うな」


 ジョージは狂った顔で大笑いい続けた。


「ハハ、そっかそっか、コンビに成れないのは惜しいが、テメェの首を貰うぜ!」


 ジョージの姿が突然消え、少年の背後に飛び寄った。少年は一瞬のうらにカウンターアタック、拳で男の腹を打つ。


「ぐはっ!」


 一撃で男が失神し地面に倒れた。少年は軽く溜め息をつき、ジョージをからかう態度で言葉を吐く。


「やっぱり、その手つもりか。話し中にいきなり攻撃を仕掛けてくるとは、お前は本当に失礼な奴だな」


 少年はポケットからM Pマルティプルパーソナルデバイスを取り出す。宙に展開したスクリーンには梶本警視長の姿が投影されている。


「光野君、終ったか?」

「ああ、犯人を取り押されました」

「相変わらず、君は事件を挙げるのが早いねぇ」

「現況結果報告ですが、あの坊やの安全は確保しました。犯人の五名全員を倒したが息はまだ残ります」

「君は、あのヘラドロクシの命を奪わなかったな」

「流石に子供の前で人を辻斬りするわけにはいかないでしょう?」

「そうか、君の選択を尊重する。礼を言う」

「別に、これは軽い捜査協力です、後の始末は頼みます」

「任せておけ」

「また頼みがあれば、遠慮なく言ってください」

「また連絡する、君の活躍を期待しているよ。光野君」


 チャネルのシグナルを消すと、M Pディバイスは金属玉の形に戻る。少年はそれをポケットに入れて、自ら打ち破った壁に向かい、立ち上がった。

 

 背中の小さい人影が向こうの部屋から出て来た、見た目は7才位の男の子。彼は少年が潜入した時、最初に救助しておいた人質であった。体の自由が奪われる恐怖を忘れてしまったかのように、男の子の目はギラギラと輝いていた。どうやら少年が悪人をやっつける一部始終が丸見えたったようだ。


「お兄ちゃん、行っちゃうの?」

「ああ、君はここにじっとして待ってろよ。お巡りさん達がすぐに迎えに来るからな」


 風が吹き、少年の髪は揺れている。ファンランファランとサイレンの音が聞こえた。


「助けくれてありがどう!あのね、お兄ちゃんの名前が知りたい、教えてよ!」


 男の子の質問を聞いて、少年は少し考えた後、颯爽とした笑顔で唱える。


「俺は正義の実行者だ!」


 少年の使う言葉が理解できず、疑問を抱き発音を真似する。


「せいぎの...じこしゃ?変な名前」


 少年はふざけた笑みを浮かべている。その発音じゃ全然違う意味になってしまう。

再び発音をじっくりに云う。


「実行者だよ、じっこうしゃ!」


 その言葉が理解出来ない様だ。男の子は意味を考えながらも、応えた。 


「変な名前?」


 少年は軽口で子供をごまかしまねをした。


「それは名前じゃないよ、決め台詞だろう。ほら、チャネルアニメなんかでよく聞くだろう」

「またお兄ちゃんに会える?」


 少年は自分が今までやた事がそんな綺麗なヒーローの仕事ではないことを知っている。あまり人と関わるのを避けるようにしなければ、彼は苦笑いで言う。


「それはできない約束だ。俺によく会うのは良いことじゃない。では、さらばだ!」


 少年は現場から飛び出し、三浦ビルを後にした。

 

 黒の機動艇パトロールマシンは500メートルの上空に待機している、左右に他に二台のマシンが護衛している。安田警部は現場に残る蚊サイズの端末、

『ナノドローン』で撮った現場映像を見て、厳しい表情で云う。


「成る程、これが『火爆闘神スサノオ』のコードネームで呼ばれる少年の力か」


 操縦している刑事はぼんやりとしながら。


「あの少年強いですよね。彼がいれば私達にとって何よりも心強いですね!」

「ずっと味方にすればなあ。あんな強大な源気グラムクラカを持つ、

16才の少年、幸いか災いかまだ判断しがたい、一応覚えておこう、光野遼介」


 操縦席に座る刑事は安田警部の珍しい厳だる気配にゾットした。

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