第22話 地下10メードル
新東京東北部。昔埼玉県と呼ばれていた地域の大きい屋敷。高さ3メートル程の、黒の瓦を載せたブロック塀が左右数十メートルにわたっている。扇子型に収束する玄関アプローチの中央に、和風の門構えがある。門に家紋が投影されている。櫓形の軒下に「鬼津組」と書かれた灯籠が吊るされている。
広い敷地内には大きな母屋の他に二つの離れがあり、三軒の建物は砂利の道でつながっている。
離れの縁側に見張り立っている。かっちりしたスーツを着ている。鮮やかな入れ墨がのぞく手首にリングを掛けている。MU武装だった。
この時代に広く使われており、ハンドガンや刀剣、トンファー等あらゆる武器に自在に変形できる武装システムである。メーカーや製造時期によってシステムは若干違うが、警察はもちろん、暴力団やテロ組織にも採用されている。
夜がすっかり更け、庭の池で鯉が水面を跳ねる音が響くほど静かだった。一見してよくある暴力団の本部だが、その地下には秘密施設があった。
スミレは目覚めると、自分がどこか暗い所に閉じ込められていることに気づいた。4.5帖ほどの狭い空間。金属製の壁に囲まれ、出入り口での鋼鉄製の扉は閉まっていた。
両手足に枷がつけられている。どうやらあのタクヤという男に連れ去られたらしい。恐怖を抑え、どうすれば良いのか冷静に考える。ふと女性の泣き声が聞こえた。首だけで声の方に振り向くと、他に四人の女性が同じように拘束されていた。一人は一緒に捕らわれたアンズ、他に二人、ニュースで見た行方不明のホステスもいた。もう一人は頭全体に包帯を巻いていて、目、鼻はおるか耳も口も覆われて見えないが、彼女がシクシク泣いている事が分かる。誰もが不安そうな表情を浮かべ、体を震わせている。
「目が覚めた?」
「アンズさん、大丈夫ですか?」
「バカ!私より自分のことを考えなさいよ!どうしてあんな無謀なことを!?」
「あんなの、放っておけませんよ!困ってたじゃないですか?」
「それでも一緒に捕まっちゃったら意味がないじゃない!」
「脱出のチャンスはきっとあるはずです」
ミディアムロング髪型のホステスが弱々しく喋る。
「わ…若いね…ここは組織の本部だよ。この沼に墜ちると、例えどんな強い思いでも逃げられない…外に出しても連れ戻される…組織に支配された時点でおしまいなの……」
彼女の下のまぶたに、深い隈が見える。
スミレは顔を彼女に向いて訊ねた。
「どうして、そう簡単に希望を捨てるんですか?」
カールヘアのホステスは体を震わせながら、虚ろな目で無気力に話す。
「私達を支配するため、奴らはくすりを打った。組織が作った特別な麻薬で、毎日打たないと自我を保てない」
「タクヤ…ここまでやるなんて!」
「それだけじゃない…いずれあなたたちは……私と同じ整形手術を無理やりに受けさせられて……あいつの店で働かされるのよ……」
組織の悪行の詳細を聞いてスミレの心に生まれた気持ちは恐怖ではなく、怒りであった。スミレは正義に震えながら言う。
「ひどい…絶対に許さない!」
まるでまだ羽の整ってない白鳥の雛が高く鳴くようにいきり立つスミレを見て、アンズが水を差した。
「すごい勇気ね~!でも口だけで、あいつらの前じゃきっと何もできないわよ」
「何もしないで、あの人たちに押し付けられた運命を受け入れるんですか?諦めるにはまだ早いですよ!」
カールヘアのホステスが訊ねる。
「ど、どうして…ただの小娘のくせに……どうしてそんな強い意志を?……」
「私は子供頃、爆弾テロに巻き込まれて、崩れた空港ターミナルに閉じ込められたことがあります。私は希望を捨てず、神様に助けを願いました」
ミディアムロング髪のホステスが笑って言う。
「神様に頼れば叶うなんて、子供騙しね!」
「願うだけじゃなくて、ちゃんと努力しなければ、神様は助けくれません。あの時私は諦めなかった、周りの人を励まし続け、結果的にウィルターの一人に救出されました。最初から希望を捨ててしまっていたら、結果は違ったかもしれない」
スミレの言葉を聞いたアンズは心が暖かくなった、いつから忘れた気持ち。それは彼女高校時代の思い出を思い出した。彼女の策があったとか聞きしたかった。
「運が良かっただけじゃない?奴らに囚われた私達に何ができるの?」
「さっきあの人が言ってましたよね?整形手術とか薬を打つとか。それが脱出のチャンスじゃないですか?」
「どうやって脱出するの?」
「手術するならメスやハサミがあるでしょう?それでこの縄を解いて、更に彼らの武器を奪って…どうにか皆で力を合わせれば、可能性は0じゃないですよね?」
「でもタクヤを止められる?普通じゃない武器を使ってるわ」
「着装する前に止めればいい。組員から奪った武器でどうにかするんです」
「…試す価値はあるかもね。やるじゃない、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんではありません、本多スミレです」
その時、外のゲートが動く音が響いた。扉が開いた。廊下の光が入ってくる。扉の前に立っていたのはタクヤではなく、見た目は無骨な4人の若衆の男だった。
「時間だ!アヤ、マユ、それから二人の新人、さっさと出てこい!蘭香も、今日は包帯を外す日だ」
アヤとマユは思わず自ら部屋から歩きだす。スミレとアンズは目を合わせ、お互いに頷いた。脱出作戦決行の合図だった。
「お前ら、モタモタしないで、出てこい!」
「そう言われても、手足に変なモノ着けられて、うまく動けないですよ」
「面倒くせえな。お前ら、奴らを部屋から連れ出せ!」
その指示に従って、四人の男達が部屋に入りスミレ、アンズ、蘭香を連れ出す。男に背中を強く押され、アンズが文句する。
「ちょっと!乱暴しないで!」
「うるせえ!!黙って進め!」
スミレは首を左右に振りながらこの地下施設の構造を隅々まで見る。右にいた男が大声で促す。
「よそ見すんじゃねえ!」
スミレは口を噤んで前を見る。目尻の僅かな視界で冷静に彼らの配置を観察し、何か使えそうな武器はないか探す。
黄色のライトが弱く照らす下に、廊下にさっきと同じような部屋がいくつもある。廊下はまるで牢獄のように暗かった。この一方道の廊下から出ると円型の空間が広がっており、12時方向に上の階層に繋がる階段があり、その他に放射線状に7本の通路があった。
ここはどうやら前世紀に建設された地下シェルター施設らしく、水循環システムや植物栽培、医療室もある。その中で、先の大戦で戦術ミサイルが広く用いされ、どの国も壊滅的なダメージを受けた。大戦暴発時期に、主に戦術ミサイルで使ってどちらの国でも壊滅的打撃された、一部の人達だけがこのような地下シェルターで過ごして難を逃れた。
その後、新紀元が始まり、アトランス人の技術により、地上の除染が完了した。 この施設のように所有者によって再利用されるものもあった。
その時、アヤが側にいた若衆に告げ口した。
「あいつら、ここを抜け出すつもりだよ!」
「何?!」
スミレとアンズはまさかのネタバレに硬直する。
「おい!今の本当か?」
「そんなわけないでしょ?妄想してるのよ。麻薬漬けの女の言うことを信じるの?」
隣の男に殴られたアンズが倒れた。
「舐めてんのか?!」
「タクヤに無断で私達に傷を付けたりしていいのかしら?」
「生意気な口を聞くんじゃねえぞ!このアマ!」
男はあんずに足蹴でいる。スミレは止めてようとする大声で叫ぶ。
「もうやめてください!私が言い出したんです!処罰なら私にすればいいでしょう?」
アンズを蹴っていた男がスミレの方に振り返り、凶悪な目付きで見下ろして、遠慮なくスミレを平手打ちした。
「女子高生の分際で、しゃしゃってんじゃねえ!」
頬が腫れても、スミレは男をまっすぐ睨んだ。
「なんだその目は?」
「かわいそうな人ですね」
「んだと!」
男は更にスミレの腹を強く蹴った、スミレの両腕に掴まれて、抵抗もできないまま暴力を受けている。
「うぐっ!!」
「隆二さん、程々にしないとタクヤ様が……」
「そんなこと分かってるつーの!よう!嬢ちゃん、薬を打たれた後でも、俺に口答えできるんだろうな?お前ら、診断室に連れて行け!」
診断室までやって来た。蘭香は右の部屋、スミレ達は左の部屋に入れられた。中で十数人の女性が列を作っていた。白衣を着た人間が二人いる。その一人が銃型の注射器で女性に麻薬を打っている。
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