第25話 断罪(ジャッチ)の拳(フィスト)

 一方、遼介はシェルターにある広い空間でタクヤに遭遇していた。ここには、三本、いや、今は4本の通路がある。遼介は隠し階段ではなく、拳で開けた大穴から潜入していた。


 タクヤは10人の舎弟を率いて、通路を塞いでいた。やっぱりだと遼介は思った。しばらく、人質達を中の部屋に隠す方が安全だ。全員を連れて脱出したら、構成員に出くわして無事では済まないだろう。タクヤは既にギーア武装を着装している、六本のアーム全体を展開するモードだった。舎弟たちも武装を付けている、一本だけの

アームを、甲冑の腕当てのように付けていた。サソリの尾をモチーフにした構造で、タクヤが使っている物より安っぽく見える。


「お前が、シロウを倒した侵入者か?」

「そうだ。どうやらお前らの総力をお見舞いしようってつもりだな?自分の所の組長を殺して、組織を自分の思い通りにしようと?」

「その通り。ウチの大事な商売道具を逃すのを見過ごすわけにはいんでな!」


 その時、ヒトミは既に現場に着いていた。地に伏せ、遼介の開けた穴の手前から中の様子を伺っている。隠れていても遼介にはその気配が筒抜けだった。


「ここには女性はいないようだな。人質が逃げ出ないなら俺と戦う必要はないだろ?どうしてもって言うなら別だけど」

「…金の卵が逃げ出したみたいな」


 スミレがどこかで拾った鉄パイプを持って、遼介の後ろに立っていた。


「光野君!」

「隠れてろって言ったろ。人の言葉を聞いてないのか?」

「敵に怯えて逃げ隠れるなんて、武士の子孫として恥じるべきことよ!私も加勢する!」


 タクヤは舎弟たちに大声で命令する。


「ガキを殺せ!お前とお前は女を捕まえろ!」


 8人の舎弟が寄って来て、遼介の前に立ち塞いて、それでも遼介は余裕そうな表情でスミレに向かって告げる。


「仕方ない、さっさと始末するぞ。お前は無茶するなよ!」


 8人の舎弟はが遼介を包囲し、それぞれの武器で殺意を持って襲いかかる。

エネルギーランチャーを発射する者。サソリの尻尾を模した、電流の走る針を向ける者。遼介は攻撃をかわしながらスミレの様子を確認していた。遼介は地を蹴って高く跳び上がり、宙返りしてエネルギーランチャーの弾避け、そして横に回転し、両腕を強く振って、その後に飛んできた弾を打ち消した。まるで大鷲が翼を強く広げように、遼介は両手の拳で光弾を放ち、六発の光弾が6人を吹き飛ばした。着地した遼介は左右から襲ってくる電流針を、その時間差を読んで、最小限の動きで避け、両手で左右のアームを掴み、獣の爪のように深く食い込ませた。アームを引っ張って二人の重ばを崩し、放すとサイドステップを刻んで殴り倒した。


 どこからかエネルギー弾が飛んで来て、避けた遼介がそちらを向くと、増援が来ていた。


「まだ増えるのか。なら、まとめて吹っ飛ばしてやる!」


 その一方、スミレは敵二人のアームを避けるのが精一杯で、なかなか攻撃の糸口をつかめない。エネルギー弾の射撃を避けたものの、爆風で飛ばされた。


「きゃああっ!」


 スミレはなんとか両足で踏みとどまって衝撃を防いだ。攻撃を避けるだけで体力を消耗してしまった。スミレは息を切らしている。自分の体がなぜこんな戦いにすらついて行けないのか、悔しさが募る。


「はぁ…はぁ…ムカつく!このままじゃ私ただの足手まといじゃないの……ウィルターになりたいのに!…こんなはずじゃない!」


 ウィルターになりたいという夢を諦めたくないのに、この程度の相手に苦戦している。うまくやれない自分に、スミレは怒りを感じていた。その勢いで立ち上がり

鉄パイプを下に構え、敵のアームの動きをよく見る。迫ってくるアームをうまく引き返した。


「馬鹿な?!超合金のアームを弾き返しやがった!?」

「まさか?こいつ、ウィルターだったのか!?」


 スミレは目の前の敵を倒すことに全てを集中している。その目が怒りに燃えて、

白金色のグラムを発している。そしてその全てを鉄バイプに集めた。


「もう足手まといは嫌!私はあの人みたいに皆を守りたいの!!」

「何もできない小娘が!一度ガードした程度で調子に乗るな!!」


 スミレはむっとして、前に走り出し、二発のエネルギー弾を間一髪で避け、まず横切りで一人の腹を打って倒した。一歩下がったあと、すぐ後ろ足で地を蹴って加速し、倒した男の肩を踏み台にして跳躍した。狙ってくるアームを払い、そのまま上段に構えて男の額を打った。


「なんだと!?」


 スミレは着地すると同時に男も倒れた。


「武家の女を甘く見たら痛い目見るわよ!!」


 拍手の音が聞こえた。スミレが振り向くと、いつの間にかタクヤがすぐそこまで来ていた。6本のアームがおどろおどろしく動いて、スミレは恐怖にたじろぐ。


「なんと自力でウィルターに覚醒したとは、素晴らしい才能だ!ますます俺の女にしたくなったぜ!」


 スミレはさらに鉄パイプを構えて、タクヤを倒しようと叫んだ


「あなたのような人だけは、絶対に許さない!!」


「おっと怖い怖い!その虎のような眼差しを見るだけで惚れそうだ。組長の俺の女になればちゃんと可愛がってやるし、アイドルになりたいとか言い出しても全力でバックアップしてやるよ」


「アイドルなんて、一度も考えたことない!私はウィルターになりたいの」

「同じさ、みんなの女英雄になりたいってことだろ?」

「さっきから何なの?」

「お前の力になってやるって言ってんだよ。その代わり俺の女になれば、お前に相応しい武装を作らせてやる。その力で何をしようが、俺は干渉しない」


 毒入りリンゴ飴のような甘い話で誘うタクヤ。しかしスミレの底から湧き出る正義は悪魔の誘惑をはねのけた。


「そんな話、お断り!武家の私にとってはとんでもない侮辱よ!!」

「ならその気になるまで、たっぷり教えてやるよ。社会の現実ってやつをなぁ!」


 タクヤはスミレに向かってアームを展開した。スミレはグラムを失い、手に持った鉄パイプはただのガラクタと化けしていた。先に一時的に触発した源気が失くした、今は持つのはただ普通の鉄棒だった。


 そこで舎弟たちと交戦している遼介は片手で源気を集めて、サッカーボール程のサイズまで瞬時に圧縮し、敵集団の足元を狙いそれを投げた。地面に炸裂し、爆風で全員が吹っ飛んだ。遼介が振り向いて、スミレの様子を見ると、彼女は既にタクヤに負け、アームで掴まれていた。どうやらスミレは気を失っているようだった。遼介はタクヤの近くに跳び、光弾を放つ。タクヤはアームについたブースターを起動し、それを避けた。


「ハハハ、このギーア武装を着けた俺に勝てるかな?」


「お前は課金道具アイテムを使うことで、俺に二つの情報をくれた。一つ目、お前が歩くのは弱者の道。二つ目、お前はもう俺に負けている」


「黙れ!これさえあれば俺に敵なんかいねぇ!」


 タクヤは二つのバスターキャノンのリミットセフティを解除した。キャノン砲の形が変形して、下二つを杭の形に変形させ、樹木の根幹のようにしっかり地面を固定した。増幅したエネルギーが全てキャノン砲に集中している。


「武器の力を頼るのは外道だ!」

「うるせえ!ガキが!死ね!」


 太い帯状のエネルギー波が照射された。遼介はそれを素手で受け止め、足を踏みしめて体を支えている。そして10秒間の照射に耐えた。キャノン砲の冷却装置が作動した。遼介は両手にためたエネルギーを一つの大きなボール状にまとめた。タクヤを攻撃するとスミレに当たるかもしれない。スミレを放り、投げさせるわけにもいかない。遼介はエネルギー玉を、自分で開けた穴を越えた上空に飛ばした。一連の動きはサーカスの動物のように軽やかで、まるで遊んでいるようですらあった。


 タクヤは仰天した。


「膨大なエネルギー波を素手で簡単に始末するとは、いったい何者だ?!」

「俺を倒せたら教えてやるよ!」


 タクヤのアーマに表示されるグラム値は5000を超えた、さらに上昇している。6000、7000、8000、……警告が表示された。


<10000脅威レベルCを超えるゆえに、速やかに撤退>


「くそ!!!撤退告知かよ。とんでもない大物が来やがった!この女を手に入れようなんて間違いだったのか?」


 タクヤはスミレを連れて逃げようとしても、どこに行っても遼介が現れる。もはや逃げ場ない。 


「無駄だ、俺がマークした以上は逃さないぜ!」


 顔に冷汗を流しながら、起爆装置を手にもって言った。


「これ以上邪魔するなら、地下シェルターを粉々にしてやるぞ!」


遼介はニヒルな笑みを浮かべた。


「いいのか?せっかく乗っ取った組のホームを壊すなんて」


 その隙を突いてタクヤはキャノン砲を通常モードで連射した。遼介はそれら全ての軌道を読んで、バックスステップした後で宙返りをし、砲撃を全てかわした。


「最初からこうする予定なんだよ。組の隠し口座の情報も全て手に入れてある。証拠を残さないのが俺のもっとーだ。カネさえあればどこでもやり直せる」


「そうか?自分の手をみろうよ」


 タクヤが目を落とすと、起爆装置には穴が開いていた。やがてスパークして爆ぜた。   


「何だと!?」


 タクヤを傷つけるには至らない爆発だったが、驚かせるに充分だった。直近の爆発はその手腕が焼けなくても、タクヤも驚きさせた。


「なぜだ?!!」

「さっき、うだうだ話してる間に小石を拾ってね。もう詰めみだけど、まだ無駄な抵抗を続けるつもりか?」

「じゃあ、これはどうだ?」


 タクヤはスミレを取り掴むアームを眼前に構えた。意識のないスミレの髪が垂れている。


「人質を盾にしても同じことなんだよ!」


 遼介は首切りのジェスチャーをすると、六本の帯が上空から降ってきて、タクヤのアーム6本全てを貫いた。


「何だとおおお!?」


 ヒトミがからかうように言った。


「天女の羽衣よ!」


 アームは死にかけの伊勢海老のように動くだけで、もうタクヤの思い通りには動かなかった。


「他にも仲間がいたのか?」

「悪人には天罰を下すわよ!」

「やめろ!!」


 ヒトミはリボンを振り、6本のアームを同時に切断した。さらに空中で転回し、進路を変えてアームからスミレを救出した。


「液体金属のアームを切断しやがった!」

「遼介君、今だよ!」


 遼介は凄まじい量のグラムを拳に集め、一瞬で跳んだ。それに気付いた

タクヤが叫ぶ。


「お、俺に…俺に近寄るなあああ!!」


「お前が使ってるのはただの道具だ!本当の強者はなあ!日々の鍛錬を重ねて作った自分の体を使うんだよ!!」


 タクヤのアームの再生が間に合わない。遼介は垂拳でタクヤのバリアを粉砕する


「打ち砕け!諭心九竜破ゆじんきゅうりゅうは!」


 遼介は一瞬で垂拳を正拳に変え、拳勁を打ち放ち、タクヤをぶっ飛ばした。


「ぐはあああああっ!!!」


 ヒトミはスミレを瓦礫石に横たえた。ヒトミは、遼介がタクヤを倒す場面を見ていた。まっ白な光の中でタクヤのギーア武装が破壊され、タクヤはマネキンのように地を転がった。


 もう誰も来ない。遼介は深呼吸して緊張感を解き、ジャケットからデバイスを取り出した。


「梶本警視監殿、光野です」

「無事済んだようだね?」

「はい、鬼津組を潰しました。行方不明の女性複数人を確認しました。通報されている以外の女性もいます。地下施設に軟禁され、麻薬漬けにされています。先ほどその首謀者を倒しました」

「すまないな、こんな話まで君に頼りっきりで」

「いえ。異端ヘラドロクシも混ざっていましたし、機動隊や捜索課が入ったじゃ危険でした。微力ですが、悪を粛清する手助けができ光栄です。また何かあれば言ってください。あと、そちらもう入って平気ですよ」

「わかった。郡警は近辺に待機させている。すぐに向かわせる。あとは任せてくれ」

「では、次の依頼をお待ちしております」


 事件を解決となった。遼介は爽快感たっぷりの笑顔を見せる。そこにヒトミがやってきた。


「警察の人?」

「そう。新東京都警視庁の梶本警視監だ」

「いつもこんな感じかな?レットオーダーの仕事って」

「ああ。お前が来てくれて助かったよ」

「…にしても、あの作戦は何?そんなんでよく今までやって来れたわね?」

「何か不満でも?」

「人命救出が最優先事項でしょ?長時間ほったらかして、ザコの相手なんかして。本多さんの安全はどうでもいいかな?」

「彼女のことを試したかったんだ。どうやら一瞬だけグラムの使えたみたいだが、試合ばかりで、生死のかかった実戦には不慣れのようだ」


 遼介がスミレを見やる。スミレは眉をハの字にしたまま、気を失っている。


「そう。でも私がもし来なかったらどうなってたかな?失敗してたんじゃない?」

「お前が来なくても別の手は用意してた。連携できるか試したんだ。思ったより器用だな、お前」


 遼介は微笑みながら去ろうとした。ヒトミは自分が利用されていたことに気づいた。


「ち、ちょっと何それ!試したって、ちょっと!!」

「さぁ!帰ろうか」

「捕まってた人達はどうするかな?」

「後片付けは警察に任せればいいよ。俺の仕事はもう終わった」


 遼介は上の穴に向かって跳んで、地上に立ち、更に屋敷の櫓の上に跳び上がる。ヒトミも着いて来た。


「ちょっと待って遼介君。彼女、あんたのガールフレンド?」

「違う。彼女にはいつも学校で世話になってる。借りた恩を返しただけだ」 

「…そっか」


 二人は鬼津組の屋敷を後にした。帰り道で、数十台の警察の機動艇と救急マシンとすれ違った。


 警察が着く前、シェルターの中にとある人影が現れた。タクヤのギア武装の残骸から赤い結晶を見つけ、手にとるとマットな笑みを作った。一瞬青い光の輪が彼を頭上から下ろし、どこかに転送され、人影は消えた。

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