第7話 レイモンド視点 兄弟
アンジェラと会ったのは俺が8歳のとき、第1王妃ライラ自慢の庭園で開かれたお茶会でだった。
腹違いの兄であるアスライと、同年代の子供達と交流を図り、親交を深めながら将来の側近、ひいてはお妃候補を絞っていくための茶会だ。
いつもなら俺がそんな席に呼ばれることなどないが、先日第2王妃である母テラの毒殺未遂が起き、犯人はライラではないかとの噂された。それを払拭するために俺と仲良しアピールがしたかったのだろう。
そして、同じくライラの他にもう一人疑われた人物がいる。
和平のため敵国だったスタンド王国出身のテラを第2王妃に迎えることを反対した人物。
アンジェラの父、ヘイデン ランカスター公爵だ。
国王は噂が真実ではないと知っていたが、長年の第2王妃との溝を埋めるためにも
もちろん真意は別にあった。
ライラの実家であるビル マーシャル侯爵家を牽制するためだ。
マーシャル家は建国からの由緒ある家柄で、豊かな領地を持ち、手広く商売を成功させ財力を築いてきた。
戦後すぐ王位を継いだ国王にとっては資金の潤沢なマーシャル家との結婚は、安定した政権を維持するため必要だった。しかし国政が順調な今はあまりでしゃばってもらっては困るといったところだろう。
あわよくばマーシャル侯爵家とランカスター公爵家の足の引っ張り合いを期待していたのかもしれない。
✳︎
「お茶会には行きなくない」
もう1ヶ月もベッドから起き上がれずにいる母の横に座り、僕は怒りが込み上げてくるのを必死で堪えた。
「あいつらと仲良くする気はない、母様に毒を盛ったのはあの女だ」
あの女とはもちろん王妃ライラのことだ。
「レイモンドそんなことを軽々しく言ってはいけません」
誰かに聞かれたら、と心配しているのだろうけどこの部屋にいるのは母が嫁ぐ時にスタンド王国から連れてきた侍女一人だけだ。
この離宮では長年働いている人間ですら信頼できない。現に今回毒をもった給仕は5年も働いていたベテランだ。
毒の入った瓶が部屋で見つかり、拷問されても最後まで口を割らず捕えられて3日後、獄中で変死した。
さらに調査を進めると、給仕の6歳になる息子が数日前王都の外れで溺死して発見されているというお決まりの流れだった。
本当の犯人に息子を人質にされ仕方なく毒を盛ったのだろう。
僕は母の手を握りしめた。
力を入れれば折れそうなほど細い指先が毒に侵され紫色に変色している。
今でもあのときの絶望感を思い出すと胸が締め付けられた。この世に一人取り残される恐怖を絶対に忘れない。
確かに、給仕には同情するところがあるのかもしれない。でも、だからと言って許されることではない。
「毒を盛った犯人はもう捕まったし、ライラ様とは関係のない人物です」
「母様、本気ですか? あの女が指示したに決まっています」
「今回の茶会はあなたにとって顔を売るチャンスです」
今まで公の場に出る機会をことごとく潰されてきたため、社交界では第2王子は素行が悪く少し頭が足りないと噂になっていた。
もちろんそんな噂を流させたのもライラだろう。
「ですが、僕がいない間にまた母様になにかあれば……」
誰がスパイかわからない後宮で、母を1人にはできない。
「人の目があるので、しばらく何もしてこないでしょう」
「———わかりました。できるだけ早く帰ってきます」
納得はできなかったが、これ以上ライラの気に障らないように暮らしていく気にもなれない。覚悟を決めるときが来たようだった。
✳︎
お茶会当日、近衛兵が離宮まで迎えにきた。
今まで一度もそんな待遇は受けたことがないのに。今回は国王が気を利かせたらしい。
もっとも、第2王妃暗殺未遂の後、王子まで暗殺されることになれば王室の威厳に傷がつきかねないからだろう。
「お招きいただきありがとうございます」
「よく来てくれました。今日は楽しんでいきなさい」
王妃は僕を一瞥しそれだけ言うと、誰にも紹介せずに他の貴族のもとに行ってしまった。
別に期待していたわけではないが、いくら子供メインの茶会といえ紹介もされず放置されるなんてあまりの冷遇に唖然とする。
無視されないだけマシなのか?
「レイモンド、こっちに座ったら?」
帰ろうか考えていると、声をかけてきたのは義兄のアスライだった。
さっきまでたくさんの取り巻きに囲まれていたのに、今は一人護衛を連れているだけだ。
サラサラの金髪を肩で切りそろえ、温厚な笑みで僕を見つめる瞳はエメラルドを溶かしたように輝いている。
しかし、その瞳には映るものに興味が無いのか感情はこもっていない。
人形のようで本心がわからない。
弟を気遣っているような優しい口調なのに、そこから親しみが感じることはない。かといって、愛想笑いとも思えない。
もしかして、感情がないのか? 本気でそう考えてしまうくらいアスライの瞳には熱が感じられなかった。
何を考えているのか不安だったが、こうして立っていても仕方ないので、僕はアスライと同じテーブルに座った。
「顔に出過ぎだね。大切な人を守りたいのなら少なくとも負の感情は表に出さないようにするんだ」
そっちは顔に出なさすぎだけどな。そう思ったが口には出さない。
アスライはテーブルの上のケーキをいくつか自分で取り分けると、僕の皿に載せた。フルーツたっぷりのタルトに、一口サイズのチョコレート。どれも今まで見たことのない宝石のようなデザートだった。
「基本的に僕の口にするものは毒味が済んでいる。一緒に参加するときは僕と同じテーブルから取り分けるといい」
意外な言葉に僕はまじまじと無表情のアスライの顔を見た。
ニコリともせずに紅茶をカップに注ぎ、僕にはボトルに入ったオレンジジュースを手渡してくれる。
緊張のため喉かカラカラだったので、一気に飲み干す。
「飲み物は開けたばかりのボトルでも誰かが飲んだのを確認してから口をつけること」
「どうして……」
「そうだな。半分でも同じ血の通った弟が、身内に殺されそうなのを放置でいるほど無神経じゃないから」
アスライの言葉がすぐには飲み込めなくて、僕はフォークを握りしめたまま唖然と固まってしまう。
「っていうのは建前。気にすることはないよ。君のためじゃなくて面倒ごとを避けるためだから」
「意味不明だ」
「それより、今日の本命が来たよ」
アスライはクスッと口の端を上げると、僕たちのテーブルにまっすぐ歩いてくる珍しい紫色の髪をし少女に顔を向けた。
「アンジェラよ。今日は王子様にご挨拶に来たの」
ドヤ顔で、キラキラした瞳の少女は天使のように笑った。
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