第10話 レイモンドの企み
「アンジェラ嬢からは私のことはどのように?」
レイモンドは品良く落ち着いた様子でお父様に話を切り出した。
「娘からは、フレドリック領でお会いしたと聞きましたが」
「それだけですか?」
「それだけとは? 何か特別なことがあったのでしょうか?」
お父様の声がほんの少し硬くなる。
まさかここでバラすつもりじゃないでしょうね!
私はお父様に気づかれないように、口元を手で覆いレイモンドだけに見えるように「約束」と口パクで伝えた。
「アンジェラ嬢。決してあなたの名誉は傷つけないので私から説明してもよろしいですか?」
口パクが伝わったはずなのにレイモンドは「フッ」っと笑い白々しく私に尋ねた。
絶対に何か企んでいる。
「私にはなんのことなのか……」
「それは残念ですね。あんなに素晴らしい体験は初めてだったのに」
「素晴らしい体験?」
隣に座っていてもピクリと父の眉が上がったのがわかった。
緊張で、手にじんわりと汗をかく。
落ち着け私。
ここで焦って言い訳し、墓穴を掘るのだけは避けなければ。
「レイモンド様。先日の無礼な態度は改めて謝罪いたします」
「殿下に謝罪するようなことが?」
「殿下とお会いしたとき、ほんの少し酔っておりまして失礼な態度をとってしまいました」
レイモンドの口調から、何もなかったで押し通すのはもう無理そうだ。
ここは口を挟ませないで、私主導で言い訳しなくては。
「もしお時間があるようでしたら、先日のお詫びを兼ねて我が家自慢の庭を案内させていただきたいのですが?」
「アンジェラ、何をそんなに慌てているんだ?」
「いやですわお父様。慌ててなどいません」
「それは是非ご一緒したいのですが、急いで来たもので喉が乾いてしまいました。お茶の後でゆっくり案内をお願いします」
レイモンドは残念そうに断ると、優雅にカップをとる。
まずは二人で話したいという意味で私が誘ったのをわかっているはずなのに、またもやレイモンドにかわされた。
「娘が失礼なことをしたようで大変申し訳ありませんでした」
「いえ、謝っていただこうと思っているわけではありません。ただ、身体も辛そうだったので心配で……」
思わず「何を言い出すの!」と叫びそうになるが、なんとか思いとどまる。
落ち着け私。
別に深い意味じゃないから。
ジリジリと後退りしたくなるような感覚に、変なことは言わないでと祈るような気持ちでレイモンドを睨む。
「もうすっかり元気です。あの、よろしければ父には誤解の無いよう私から説明させて下さい」
「構わないよ。君の話はとても興味深いものばかりだった」
レイモンドはどんな言い訳をするのかな? とでも言いたそうに余裕たっぷりの口調で頷く。
うー、悔しい。
「あの日会場でフローラと少しお酒を飲みすぎてしまって……ベランダで涼んでいたところうっかり大声で歌ってしまったのですわ」
よし、嘘は言っていない。
殿下の隣の部屋で、という説明をちょっとはぶいただけだ。
「ええ、聞いたことの無い異国の歌で、甘く切ない声に引き寄せられました」
「つたない歌をお聞かせしたことも申し訳なく思いますが、しばらく殿下だと気づかずに失礼な態度をとってしまいました」
宿泊詐欺だと勘違いしただなんて絶対に言えない。
「いいえ、あのように楽しい時間は初めてでした」
真面目な顔でレイモンドは私の言い訳に合わせてくれた。
はぁぁぁ。
この調子で、さっさと話を終わらせて帰ってもらおう。
「私もとても楽しい時間でしたわ。それから自分の部屋に帰りました」
次の日、裸でベランダからだけど。
「ですがあのときのことを考えると恥ずかしくて胸が張り裂けそうです」
両手で顔を覆い、もうこの話題を蒸し返すなと念を送る。
令嬢が失態を恥じて謝罪をしたなら、紳士なら当然これ以上突っ込んだりしないわよね。
私は指の隙間からレイモンドがどんな顔をしているのか覗いて見た。
あれ、この前は綺麗なスカイブルーだったのに。
光の加減によって色が変わるのかしら?
吸い込まれそうな藍色の瞳と目が合った。
これはまた揶揄われる。
そう思ったのに、レイモンドはフッと視線を逸らせた。
あれ?
今、目が合ったのは気のせいだった?
「娘が大変失礼をしたようだ。私からももう一度謝罪いたします」
お父様が深々と頭を下げたので、私も一緒に頭を下げた。
ぼんやりしてる間に、フレドリック領についての謝罪は終わっていた。
はぁぁぁぁ。
なんとか誤魔化せたみたいね。
さあ、話は済んだんだからさっさと帰ってちょうだい。
「それでは本題ですが、本日陛下から打診されました婚約の話は殿下の要望でございますか?」
ゲッホゲッホ……。
「失礼しました」
すっかり危機を乗り越えて安心し、お茶を飲んでいた私はお父様の言葉にむせてしまう。
迂闊だったわ。
そうよね。レイモンドがこの前のことを言いつけに来たのかと焦っちゃったけど、本題はそっちか。
まあ、あとはお父様が断ってくれるだろうから心配ないわよね。
このときになっても私は気づいていなかった。今日一度もレイモンドが甘い瞳で私のことを見つめることがなかったことを。
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