第11話 呪いは本当です

「大丈夫かい?」

 むせる私を心配そうにレイモンドが気遣ってくれる。


「はい。すみません。大丈夫です」

「公爵。私の要望でこの婚約を打診した。今日は受けてもらえるよう直接こちらに説明をしに来た」

「説明とは?」

「以前と同じく呪いのためという理由で断らないで欲しい」

「陛下からお聞きになっていたのですね」

 お父様は短いため息をつく。

 どうやら、レイモンドが呪いについて知っていると予想してたのか驚いてはいないようだ。

 ランカスター家の呪いについては隠しているわけではないが、一人歩きしないようにきっちり管理されている。

 王族なら知っていて当然ということだろうか。


 ただ、先ほどまでは一歩引いて世間話でも聞くように穏やかな雰囲気だったのに、「呪い」とレイモンドが言葉にした途端、応接室が緊張に包まれる。


「アンジェラ嬢の呪いについては当時婚約話が流れたときに聞きました」



 ん?

 ちょっと待って、今のってどういう意味?


 それになんだか今日のレイモンドにはやっぱり違和感を感じる。

 王族として振舞っているからだろうか?



「婚約話が流れるってどういうことですか?」

 身代わりになる前の記憶でもレイモンドと婚約した覚えはない。


「8年前、殿下と婚約話が内々で出たことは確かだが、正式に婚約しなかったのでお前には話さなかった」

 そうか……王家との婚約話が持ち上がる以前、何人かの婚約者候補が不慮の事故に遭っていた。さすがのお父様も王族相手では呪いの真偽を報告しないわけにいかなかったんだろう。


「お茶会で会ったときは、まだ子供でてっきりアンジェラ嬢に嫌われたのかと思ってたよ。再会したときも私のことは覚えていないようだったし」

「殿下のことを覚えていなかったわけではありません。ただ……」

 コスプレイヤーかと思っただけです。


「呪いのせいで断ったことは本当に申し訳なかった」

 子供だったんだから仕方がない。

 レイモンドが直接断ったわけでもないし。


 そういえばフレドリック領で会ったとき、名乗った覚えもないのに私のことを名前で呼んでいた。

 あの時にはすでにレイモンドは私がアンジェラであることも、呪いについても知っていたってことだ。



 ✳︎



「公爵、改めて政略結婚の申し込みをしたい」   

「え? 政略結婚?」

 レイモンドからの思ってもいない言葉に低音で確認してしまう。

 もちろん王家からの縁談は基本は政略結婚ではあることは間違いない。

 でもそれをわざわざ今口にする理由は何?

 フレドリック領ではあんなに甘々の雰囲気だったのに……。



「先日、アンジェラ嬢が言っていた。私は愛のない政略結婚をすると」

 レイモンドが過ちの責任を取るって言い張るから、確かにそう説明して断った。


「王宮に帰って、その意味をじっくり考えてみた。呪いのため愛のない政略結婚を望むなら……協力できるのではないかと」

「私と愛のない政略結婚をしようと?」

 責めるような言い方をしてしまう。

 自分では政略結婚がしたいと言っておきながら、面と向かってそう言われるとなんだか腹が立つ。



「殿下はアンジェラの呪いがどのようなものかご存知ですか?」

 お父様はレイモンドの明け透けない物言いに腹を立てる様子もなく、ゆっくりとした口調で尋ねた。

 そして、視線をレイモンドの後ろに立つ護衛に移す。

 ここからの話は廊下に出ていろという合図だ。

 護衛はちょっと肩をすくめたが、その場を動かない。


「彼は私の補佐官です。呪いのことも知っている」

 レイモンドもかなり鍛えた身体をしているが、赤髪の男は身長も2mはありそうだしガッチリした肩は鎧のような三角筋で覆われている。

 これで内勤だなんて嘘でしょ。


 思わず、マントの中の上腕三頭筋を想像してしまったとき、赤髪と視線が合いニコリと笑顔を返されてしまう。

 まずい。

 現実逃避するのに筋肉を妄想している場合ではない。


「国王は、祖先が魔女を騙した報いでランカスター家の子孫は愛するものを不幸にすると」

 改めて、レイモンドの口から呪いを聞くと、なんだかものすごくバカバカしい。

 愛する人を不幸にするって何よ。

 自分でやられたことを祖先にまで課すなんて、何をやらかしたらそうなるの?

 だいたい魔女も魔女である。

 まったく関係ない子孫にまで呪いをかけるなんて、よほど根性が捻くれていたに違い。


「正確には、魔女が呪いをかけた祖先と同じ紫の髪と瞳を持った直系です」

「具体的な呪いの発動条件は?」

「はっきりしません。ただ、神官に確認したところ、神殿での婚約契約魔法に反応しているのではと憶測されます」

「では、契約魔法の儀式さえしなければ愛する人と結婚することが可能なのか?」

「残念ながら確証はありません」

「そうか」

 レイモンドはガッカリしているというより、とても冷静に条件を確認している感じだった。

 そこに、恋愛感情があるようには思えない。


 本当に、政略結婚を申し込みに来たんだ……。

 なんだか騙されていた気分だった。


 別に好きだったわけじゃないし酔った勢いの過ちだからお互い様だけど、初めから政略結婚するつもりなら、なんであの日あんなこと……。


 私達に未来はないって知っていたのに。

 きっかけはなんであれレイモンドからは好意が感じられた……でも私の勘違いだったんだ。


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