2章 愛しい人
第9話 政略結婚の申し込み (キュン1)
フレドリック領から帰ってくると、珍しく太陽が高いうちに自宅に戻った父から呼び出しがあった。
「なんの話からしら?」
帰ってきて早々呼び出すなんて、なんだか嫌な予感がするのよね。
「旦那様は王宮から難しいお顔で帰られ、奥様と執務室でお話をされているようです」
侍女のサーシャが支度を手伝ってくれここ数日の公爵家での出来事を報告してくれる。
公爵家で働いてまだ日が浅いが、社交会の世渡りから市井の噂まで幅広く情報収集してくれる優秀な人物だ。
欠点はお針仕事が苦手なくらいで、ドレスの注文は直接仕立て屋に説明した方が早い。
まあちょっとしたことは自分でできるから問題ないんだけど。
「お母様とわざわざ執務室で話すなんて珍しいわね」
大抵は食事をしながら話し合うのに。
何か重要な案件なのは確かだ。
まさか私の婚約話ってことはないから、そろそろランカスター領に引きこもれって話かしら。
✳︎
「フローラ嬢は元気にしていたか?」
私が執務室に着くと、母はすでにお茶会に出かけた後だった。
優しくバリトンな声で話をする父は穏やかそうに見えるが、ひとたび戦場に赴くと眼光は鷹のように鋭く、敵陣に斬り込む姿は稲妻のようだと公爵家の騎士たちに敬愛されていた。
「ええ、お父様。素晴らしい誕生会でした」
婚約者とは仲が良くて、羨ましい限りだったし。
相変わらずおせっかい焼きで、友人の男運の無さを嘆き、今回も沢山のイケメンを用意してあったことはあえて話さないでおく。
愛のある結婚をするつもりもないので、丁重にお断りしてきた。
「そうか」とだけお父様は頷くと、目の前の茶菓子に手を伸ばす。
甘いものが苦手な父にしては珍しい。
栗を水飴で煮込んでパイ生地に包んだもので、案の定一口食べて眉を上げる。
よほど話しづらい内容なのだろうか。
「お父様、お話とはなんです?」
「ああ……お前に王家から婚約の話が来ている」
「それはまた唐突ですね。お相手はアスライ殿下ではありませんよね」
まさか、レイモンドとのことがバレたんじゃないだろう。
背中に冷たい汗が流れたが、そんなことはお首にも出さずに探りを入れる。
「もちろんだ」
「そうですよね。呪われた私と第1王子が婚約するなんてあり得ないですよね」
「アンジェラ、そういう意味で言ったのではない。アスライ殿下の後ろ盾はマーシャル侯爵だから、うちとは手を組まないと言うだけだ」
「わかっていますお父様。でも、私が呪われているのも事実です」
お父様のすまなそうな顔を見る限り、レイモンドとのことはバレたわけではなさそうだ。
「お相手はレイモンド殿下?」
「そうだ」
責任とるって本気だったんだ。
「一体どうして? 王妃様を牽制するためですか?」
「そうではなさそうだ」
政治的ゴリ押しじゃないなら、レイモンドが何か動いたのだろうか?
「後ろ盾が欲しいのでしょうか?」
それだとちょっと厄介だ。
「レイモンド殿下から直接陛下に話があったそうだ。何か心当たりはないか?」
心当たりはありまくりですけど……。
きちんと断った……はずなのに。
「レイモンド殿下が視察の帰りにフレドリック領に立ち寄った際、少しお話ししました」
「それでか……噂とは違う人物だと思っていたのだが、どんな思惑があるのか」
レイモンドの噂は第2王子だとは思えないほど酷いものだった。
政治に興味はなく、剣を振り回すことが趣味でしょっちゅう暴力沙汰を起こす。
歓楽街に出入りし、何日も泊まって帰って来ないことがある。
視察と言って地方に出て豪遊している。とあげればキリがない。
見た目は噂通りチャラかったし、設定でもチャラ王子だけど?
どうやらお父様の口ぶりだと噂を信じてはいないようだ。
「どんな思惑があろうと、無理なものは無理です。お父様もわかっているでしょう」
「わかっている。それは王家も同じはずなんだが、明日すぐに謁見を願い出る……」
いつもなら私に確認するまでもなくお断りしているはずなのに、お父様には珍しく判断を迷っているようだった。
「アンジェラはそれでいいのか?」
「はい。私は公爵家のため愛のない政略結婚を承知してくれる人を探します」
私の言葉にお父様は返事をすることはなく、しばらく沈黙が続く。
居心地の悪さに、一気にお茶を飲み干す。
貴族令嬢なら政略結婚は当たり前のことで娘など手駒だと考える貴族が多い中、罪悪感を抱く父の方が珍しい。
父の愛情にはいつも感謝しているが、こればっかりはどうしようもないことだと諦めるしかない。
「じゃあ私はこれで」
そう言って立ち上がろうとしたとき、執務室のドアをノックし、家令が来客の訪問を告げる。
お父様が返事をする前にドアが開きレイモンドと赤髪の騎士が入って来た。
「突然訪問して申し訳ない」
申し訳ないと言っている割にズカズカとお父様の目の前まで来ると、私の座っているソファーに視線をやり「隣りいいだろうか?」と聞いてきた。
王族にダメですなんて言えるわけないじゃない。
父と私は礼儀正しく挨拶をすると、レイモンドは「堅苦しいのは無しに」と愛想よく返してくれた。横柄で礼儀知らずだと噂されているのが別人のようだ。
「アンジェラ嬢、話は聞いた?」
「はい、殿下。お伺いしましたが突然のことで驚いております」
「あの日、アンジェラ嬢に会ったことは私にとって運命だと思っている」
レイモンドは大袈裟にお父様に笑いかけた。
着いて早々一体何を言い出すんだ!
私はレイモンドの手を振り払い、跳ね上がる心臓に手をあてお父様の横に移動した。
まさか純潔を奪った責任をとるなんて言い出さないわよね。
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