第3話 押し倒したのは私ですか? (キュン3)
「ここはフレドリック辺境伯の屋敷だよ」
フレドリック辺境伯……。
聞き覚えがある。
「視察の帰りに寄らせてもらったが、タイミング悪くフローラ嬢の誕生日だったらしくて」
「フローラの誕生日!」
そうだ、身内だけの誕生会を開いているところにお邪魔したんだ。
「誕生会に出席して欲しいと言われたんだけど、面倒ごとに巻き込まれたくなくて俺はずっと部屋に籠っていたんだ……」
「でもここは私がいつも泊まらせてもらっている部屋じゃないわ」
領地が隣で、昔から幼馴染のように仲良くしているのだ。この屋敷に泊まるときはいつも私の気に入りの部屋を用意してくれている。
「そう、君の部屋はお隣だ。夜遅くベランダで聞いたことない異国の歌を歌っていた。すごく綺麗な響きで聴き惚れていたけど、落ちたら危ないと思って注意しに出たら……」
「歌ってた……」
最近お酒を飲めるようになって酔うとよく変な歌を歌っていると言われたことがある。
変な歌って、日本の歌だったのかも。
「急に君がバルコニーから飛び移ってきて俺を押し倒した」
「押し倒した? 私が?」
「そう。そして僕の胸の紋章に頬を押し付けてスリスリするもんだから、つい」
「つい……食べちゃったと」
レイモンド、あんたいくらチャラキャラでも18禁じゃなかったでしょ!
と叫びたくなるのを私は必死でこらえた。
フローラの誕生日なら、さぞ気分よく飲んでいたのだろう。
でもだからってスリスリなんてする?
頭がガンガンしてきた。
もう絶対飲まないって誓おう。
「随分俗世な言い方だね……もちろんきちんと責任はとるから」
「さっきも言いましたけど、覚えていないことの責任なんか取ってもらわなくていいです」
それでなくてもこの世界の設定は面倒だし、ましてやレイモンドの奥さんになんかなったら継承権争いに巻き込まれていつ殺されてもおかしくない。
「私はランカスター公爵家に有益をもたらす政略結婚をする予定なので」
「アンジェラ、本当に純潔を失うという意味を知っているのか?」
レイモンドが驚いたように聞いてくる。
「知ってますよ」
昨日あなたといたしちゃったんでしょ。
「それならなぜそんな意地をはる? 純潔じゃない時点で君の価値はゼロだ」
この男殴ってもいいだろうか。
王子様じゃなければ間違いなくセクハラで訴えてやるのに。
「結婚が無理なら田舎で1人楽しく暮らしますから気にしないで下さい」
「公爵令嬢が理由もなく結婚しないでいられるわけがない。万が一、俺以外の王子から打診があれば断ることすらできないし、すでに純潔を失ってるだなんて絶対に言えないだろう。精神を病んでることにされ、修道院に入れられるしか道はない」
私のことなのにレイモンドは自分のことのように不機嫌になっていく。
別に修道院でも問題ない気がするけど、せっかくの異世界だし公爵家はお金持ちのようだからちょっとは楽しんでからがいいな。
「意地っ張りのアンジェラ、どんなに嫌でも君の純潔は俺がもらった事実はなくならない」
つかつかと大股でベッドまで行くと、レイモンドは勢いよく布団をめくる。
そこには昨日の情事の残り香と、はっきりと純潔が破られた痕が残っていた。
きゃぁー!
何するのいったい!
*
レイモンドから掛け布団を奪うと、私は過ちの痕を隠した。
「君は俺の花嫁になるしかない」
レイモンドは口に手をあて肩を揺らしながら笑いをこらえると、焦る私の顔に自分の顔を近づけいじめっ子のように口角を上げる。小憎らしい顔のはずなのになぜか心臓がドキドキして、目をそらせてしまった。
このままじゃうまく丸め込まれちゃう。
「お父様が許すわけないわ、下手をすればあなた殺されちゃうわよ」
実際に殺しちゃうのは私だけど。
「それは言えるな。君の父親、ランカスター公爵は保守派の中心人物だ、それでなくても他国の血が入っている俺の事は疎ましく思っているだろう。君に手を出したなんて知ったら、建国から続くランカスター家を汚したと二人とも殺されそうだな」
何が楽しいのかレイモンドは今度は大口を開けて笑った。
悔しいが的を射ている。お父様はこの国を愛しているが、それ以上に由緒あるランカスター家に誇りを持っているのだ。かつて敵国スタンド王国を今でも蔑み、和平のために来たレイモンドの母である第二王妃を軽んじている。
「わかってるならもう放っておいて下さい。自分のことは自分でなんとかできるから」
「確かに今の俺には力が足りない。だが約束することはできる。必ず君を迎えに行くと誓おう」
とても真剣なレイモンドの言葉に心を動かされそうになる。
いやいや、しっかりしろ私。責任と義務を果たすと言いながら、きっとレイモンドはお父様を味方につけ大きな後ろ盾を持ちたいだけだ。
もともと推しはアスライだし。寝たからってすぐ乗り換えるなんてビッチじゃないんだから、なんとしても断頭台は避けなくちゃ。
それにはアスライにもレイモンドにも近づかないのが一番。
「絶対無理」
私はベットから飛び降りると、ドレスを鷲掴みにしてバルコニーへ向かった。
「アンジェラ、待って。返事は今じゃなくていいから。それにそのままじゃまずいでしょ。なんていうか、俺たちの関係はしばらく秘密にした方がいいだろうから……」
ポッとレイモンドの耳が赤く染まる。
?
私は返事もせずに冷たく去ろうとしてるのに何その反応?
「ほら、それ」
レイモンドは私の胸元を気まずそうに指差した。
ピンク色の桜の花びらが散ったような痕が柔らかな白く透き通った肌に残っている。
!!!
わなわなと震える私の横にレイモンドは優雅に歩いてくると、少しかがんで耳元で囁く。
「悪い虫に捕まったみたいだね」
カプッと耳たぶを甘噛みされると、ゾクゾクと身体の中に電流が走ったみたいに痺れた。
堕ちる予感がする。
それが恋なのか、地獄なのか今はわからないけど。
これはまずいでしょ絶対。
私は誰も愛してはいけないんだから。
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