第29話 ララの正体

「やったニャ! 初チューニャ」

フワフワと膨らんだスカートを風で揺らしながらララは私に抱きついた。


「ドキドキしたニャー」

嬉しそうにスリスリと顔を胸に埋める。

そこまで喜ばれると照れんだけど。


「覗き見してたの?」

「当たり前ニャ。心配しなくてもいいニャ。アンジェラのことを見張っていた人間には見えないようにしてあげたニャ」

ああ、お父様がつけてくれた影のことかしら?


「それ、レイモンドにはナイショにして」

「なんでニャ?」

ララがそんなコトができるなんて知ったらブレーキが効かないじゃない。


「覗いていたのがバレたら怒られるわよ」

「それはイヤニャ。わかった、ナイショにするニャ。ところで、味はどうだったニャ?」

キラキラした瞳で聞いてくるララのほっぺをつまみ、「甘かったわ」と打ち明けた。


「ニャァァァァ! それは恋ニャ。アンジェラもレイモンドに恋したニャ?」

「恋……」

レイモンドに触れられるとドキドキと胸が高鳴った。

キスされたとき、胸の奥がキュンとした。

そうか、これは恋かも……。


しばらく忘れていた感覚だ。

前世では仕事と趣味に生きていた。たまに人肌が恋しくてそばにいる人と肌を重ねたこともあるけれど、結婚する気はなかったのでそれっきりでお終い。

レイモンドともそんな始まりだったから、恋愛ごっこを楽しんだらてっきりこの関係もいずれ終わると思っていた。


「私、レイモンドに恋してるんだ……」

自覚すると身体中がほてってきてほっぺたが熱い。


「どうしようララ、私恋してるのね」

「遅いニャ、ララには初めからわかってたニャ」

えっへん、と胸をはる。


「ダメだ。それはまずいでしょ。今すぐレイモンドとの婚約の話は断わらないと……」

「なんでニャ?」

「当たり前でしょララ。押し切られて婚約したけど、それは私がレイモンドに恋なんかしないと思っていたから。このまま神殿で婚約の契約をしないでしばらくしたら別れればいいと思ってたの」

過度なスキンシップをしても呪いの影響を受けていなかったし、ランカスター家の後ろ盾を得て立場が安定すればレイモンドの興味も薄れているだろうし。


「何となく私はレイモンドを愛さないと思ってた」

「そんなの無理ニャ。自分の心は止められないニャ」

「考えが甘かったな……ううん違うか。私もレイモンドに恋したかったのかも」

そうね。ベッドの中で一緒に目覚めた日から、すでに恋に堕ちていたのかもしれない。


「婚約を断れないならやることは一つね……呪いを解くしかないわ」

「そうこなくっちゃニャ。レイモンドがきっと呪いを解いてくれるニャ」

「何言ってるのララ、私の呪いなんだから自分で解呪するに決まってるじゃない」

そうだ、今までの私は呪いのせいにして恋することを諦めて、政略結婚でいいなんて嘘ばっかりついてきた。


「ニャ! そんなの無理ニャ」

「ララのくれた本に書いてあったじゃない。ドラゴンのハートの力を受け取ればいいんでしょ」

「それは王子様が受け取るニャ。ドラゴンの魔力は凶悪だから死ぬほど過酷ニャ。どう考えてもこんな華奢な身体では耐えられないニャ」

ララは毛を逆立てて反対すると、プッとほっぺたを膨らませた。

怒ってはいるけど心から心配してくれているのがわかる。


「そもそもアンジェラにドラゴンは倒せないニャ!」

「ララ、心配してくれてありがとう」

「心配してるんじゃないニャ、呆れてるニャ」

そういう割に、耳も尻尾も垂れてるけど。


「それより、ララってドラゴンより強いのよね」

「勿論ニャ、この世界で最強だったニャ。でも今はほとんど魔力はないからアンジェラを手伝うことはできないニャ」

一緒にドラゴンを倒しに行って欲しいとは言ってないんだけど。

ララはしょんぼりとベランダの手すりに降り立った。


「その最強の魔力は今私が持っているのよね」

ララの顔をニヤリと笑って覗き込む。

ポカンと口を開けて私を見るララの顔が見る見るこわばっていく。


「絶対に無理だニャ! まだ空も飛べないニャ。攻撃魔法だって一つも使えないニャ」

「あら、浮けるようにはなったわよ。それに攻撃じゃなくて防御で行こうと思うの」

ドラゴンブレスだけ防げたら、あとは何とかなる気がする。

ドラゴンと取引するシーンはコスプレイヤーの間でも話題になった。


「ふふふ」

本当は聖女の出番だが、私には転生者という特権がある。



「絶対反対ニャ、アンジェラが死んだらララは消滅すること忘れてるニャ! 世界の破滅だニャ!!」

「まあ、落ち着いて。勝算はあるから」

「レイモンドだって、反対するニャ」

「そうね。だからレイモンドにはナイショにしましょう」

手足をバタバタさせて反対していたララの動きがピタリと止まる。


「正気じゃないニャ、本当に自分だけでいくつもりだったニャか?」

「さっきからそう言いてるじゃない」

「ララはもう魔法を教えるのをやめるニャ」

「ララ!」

「レイモンドだってララの本を持っているんだから魔力を半分持っているニャ。なぜ任せないニャ」

「ララ、私は愛する人を破滅させるのよ。気持ちを自覚した以上レイモンドを危険な場所に行かせられないでしょ」

「何を言っても、教えないニャ」

「あら、そう。でもララは私に魔法を教えると思うな」

「何でニャ?」

訝しげにララは視線だけ私に向けた。

片耳が立ってピクピクしてるから興味はあるみたいだ。


「ララって実は魔女の使い魔なんかじゃないでしょ」

ピコンとララの両耳が立った。

ふふふ、わかりやす過ぎる。

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