第40話 ドラゴン

「レイモンドの動きを制御するのではなく、重力を増大させて動けなくするとは……面白い」

 アスライに褒められてコートニーは真っ赤になっている。

 いいぞ!

 やっと主人公の視界にヒロインが入ったようだ。

 ちょっと、違う気がするけどこの路線で攻めていけば少しは興味を持ってくれるかもしれない。



「アンジェラ嬢とコートニー嬢に任せてみてもいいかもしれないな」

 アスライがポツリと呟く。


「いいわけないだろ」

 レイモンドがなおも地面に張り付いたまま叫んだ。

 そろそろ下ろして欲しいんだけど。

 頭に血が上ってきた。


「おかしいと思わないか?」

 アスライが顎に手を当て、首を傾ける。

 美少年が思い悩む姿はなんて尊いんだろう。

 コートニー、鼻血なんか出してないわよね。

 私が顔を見ると、慌ててコートニーが鼻を押さえる。


「いつもなら、私たちが上陸しただけで地鳴りがするくらいの咆吼を上げて威嚇してくるのに、今日はこんなに騒いでも地響きひとつしない」

「確かに、今日は変だ」

「ほらね。私たちの作戦が成功しているってことよ。わかったら離してちょうだい」

 私は担がれたままレイモンドの背中を叩いた。


「これが作戦? 一体どうやったんだ?」

「ナイショよ」

「レイモンド、相手を尊重し信じることも大切だぞ。独占欲だけじゃ嫌われるぞ」

 アスライの言葉にレイモンドは仕方なさそうに私を下ろすと、「慎重に、危ないと思ったらすぐ引き返すこと」とくどくど説教をした。

「わかってる」

「呼んだらすぐ駆けつけるから」

 泣きそうな顔のレイモンドが愛おしくて、ほっぺにチュッとキスをして離れた。


「アンジェラ、やっぱりダメだ」

 ギューっと抱きしめられて私はため息をついた。

 なんだろうこの人、いつからこんなに過保護になっちゃったのやら。


「レイモンド、あんまり駄々をこねると絶交するわよ」

「わかった」

 私の肩に顔を埋めたままレイモンドは首を横に振って、名残惜しそうに私を離す。



「刺激すると困るから絶対に跡をつけてこないでね。じゃあ、行ってくるから」

 私はコートニーの手を取り、崖を登り始めた。

 さあ、いよいよね。


 ✳︎


「暑いわね」

 洞窟を歩いていくと岩の隙間から蒸気が吹き出し、それをなんとか避けて奥へと進んでいく。

 今、噴火したら助かる気がしない。


「活火山ですから」

「そうね」

 お揃いで作った乗馬服の袖をまくりコートニーが何か言いたそうに私をチラチラ見る。

 なんとなく聞きたいことはわかっている。


 上陸したとき「キラウエア火山みたいね」とつい言ってしまったのを聞き逃さなかったのだろう。

 まあ、いつまでも隠していられないと思っていたので聞かれたら素直に言おう。


「ア、アンジェラ様は転生者ですか?」

 ついに来た!

 できればこんな込み入ったときに話したくはなかったけど、きちんと打ち明けよう。


「そうよ。黙っていてごめんなさい」

「や、やっぱりそうだったんですね。よかったぁ」

 コートニーは嬉しそうに私に駆け寄り、手を握りしめた。


「どうして? 私が先に色々やらかしてしまったせいで、アスライとの関係が進んでいないのに」

「ああ、ぜ、全然問題ありません。私前世では引きこもりでこっちでもそのまま引きこもっていようと思っていたんですが、し、神殿に聖なる力を持っていることがバレちゃって、ほとぼりが覚めたら、なんとかまた引きこもろうと思っていたんです」

「でも、せっかくヒロインなのに」

「そ、そうですね。アンジェラ様と出会ってちょっと引きこもるのは勿体無いかなと思うこともあります」

「そうなの?」

「はい、わ、私リアルな友達がいなかったんで。それより、今日の作戦が私だけの思い過ごしじゃなくてよかったです。間違いだったら二人ともドラゴンの餌食ですから」

「ふふふ」とコートニーは花が綻ぶように笑った。

 前世でどうかわからないが、今のコートニーは最強だと思う。

 引きこもるなんて勿体無い。

 なんとかこの世界では引きこもらなくてもいいように手伝おう。






「人間ども、それ以上進めば焼き殺すぞ」

 二人で手を繋ぎ進んでいくと、頭の上から獣の声がした。


 見上げると、周りの岩と同化するような真っ黒いドラゴンが宝石のように真っ赤な目で私たちを見下ろしていた。

 大きすぎて気づかなかった。


 コートニーが私の背中にしがみつき「アンジェラ様」と泣きそうな声でブルブル震えている。

 確かにこりゃ迫力があるわ。


 こんなに空気がピンと張り詰めているのに気づかない私たちは相当鈍いのかもしれない。


「お願いがあってきました」

 ピリピリとした殺気が肌に突き刺さる。

 それでも本当に私たちを殺す気はなさそうだ。

 殺すつもりなら、声をかける前にとっくに殺されている。


「人間、そんなことを話すために来たのか? どうやら死にたいようだ」

「いいえ、取引がしたいのです。あなたも私たちに聞きたいことがあるのでしょう。だから殺さなかった」

「バカなことを、俺が人間に聞きたいことなどあるはずがない。今回は見逃してやる。さっさと帰れ」

 ドラゴンが片方の翼を上げると、洞窟に風が渦を巻いて吹き荒れた。

 なんとかコートニーと二人で足を踏ん張って立つ。


「私はララの本の主人公よ。ハッピーエンドに力を貸してくれるなら本を返してあげてもいいわ」

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