第29話 時の外れの真実①

 気がつくと目の間には真っ白な世界が拡がっていた。


「まさか、あの旅は全て夢だったのではあるまいな」


 今、俺が仰向けになって空を見上げている場所は時空の狭宮の中だった。空と言っても青くもなければ雲も浮かんではいない。ただ、どこまで続くか考える気にもならない白い空間が伸びているだけだ。俺以外は誰もいないここでやる事と言えば勇者としての戦闘技術を磨く事のみ。人と会い言葉を交わす機会と言えば、疲れ果てて眠りに落ち夢を見た時くらいのものだ。


「クミン殿下、まずは数々の無礼をお許し下さいませ」


 真っ白な空間の中で聞き覚えのある声が響いた。その声の持ち主は、俺に対してあまり好意的ではないはずどころか敵のはずだがどうしたものか。夢はまだまだ続いているのか。


「ギギギギッ」


 轟剣ヴァジュラの一撃を浴び動く事が叶わなくなった黒甲冑、俺と同じ顔を持つ者の存在もそこにあった事で夢ではないのだと感じた。あれほどの熱くたぎる戦い、身体がしかと覚えている。


「フラマタル宰相だったな。全ての黒幕が真っ先に詫びるとは何の冗談だ?」


「黒幕? はて、私がでございますか?」


「こういう場合、まずはとぼけるものと相場が決まっている。次の答えを考える時間を作らねばならぬからな」


「ふむ。色々と誤解はございますが考える時間を作らねばならぬのはその通りにございます。その為にここを用意したのですから」


「ここは時空の狭宮であろう。つまり、俺は魔王に祭り上げられ再び時空の狭宮へ送られた。今度は2度と出られぬであろうから永遠に閉じ込められる監獄として」


「殿下、物事を悪く考え過ぎにございますぞ。もし、そうする気であれば閉じ込めて終わり。この様に語らいかける必要はありませぬ。それにここは時空の狭宮と似た様なものにございますがアレには及びませぬ。我が先祖、賢者パルティスに匹敵する魔法力がない不詳の子孫ごときでは無理にございます」


「では、現実に起きているこれは何なのだ?」


「これは私が持つ武器、魔動器に充填された姉上の魔法力を使って一時的に再現しているものに過ぎませぬ。姉上は歴代の子孫で最もご先祖様に近い力を持つ者」


「ほう、俺も眼鏡女の魔法力がパルティスに届いているのではないかと感じた瞬間がある」


「もしパルティスの再来があるとすればそれは姉様でしょう。おっと、この空間はあまり長い時間維持出来ませぬ故、必要な事を手短に説明を」


 その時、カチカチと何かが燃える音が頭の上の辺りから聞こえてきた。そこに浮かぶ棒、それはよく見るとそれは宰相が手にしていた物だった。その一端から青白い光が溢れまるで炎の様にまとわりついて棒の長さを少しずつ短くしている。


「燃え尽きるまでか。それにしても中々いい武具だと思ったが、それを犠牲にしても惜しくない話なのだな」


「ええ。さて、本題に参りましょうか。私めが用意した勇者はクミン殿下の偽物、人型の魔動人形にございます」


「どの様に造ったのか知れぬが、まあまあの出来ではないか。あれほどの勝負にまでなるとは思わなかったぞ」


「私が史料を読みながら作った程度の魔物型の物とは根本的に違いますからな。あれは1000年ほど前に造られたものにございます」


「1000年だと? 待て、その頃に魔動源に関わる技術を人間は発明しておらぬはずだろう」


「それは歪められた歴史でございます。そもそも魔動源を人間と呼ばれる者達の先祖は発明しておりませぬ。魔族と呼ばれていた者達の先祖が発明していたものを後に人間と呼ばれる者の先祖が発明した事にしたのです」


「なんと、魔族の技術だと!?」


 その事の衝撃が大きく危うく聞き逃しそうになったが、宰相の言葉に少々ながら耳に煩わしいものを覚えた。魔族による発明を人間の発明にすり替えた、そう申せばよさそうなところが実に回りくどい言い方になっていた。


「お主の申す事が真実であれば、1000年前に魔王と魔族が率いた魔物も魔動人形だったのか?」


「ご明察にございます。この世にそもそも魔物などという生物は存在しませぬ。魔族と呼ばれた者達が戦争の為に生み出した兵器にございます」


「待て。先程から魔族に関して何かと回りくどい呼び方をするのはなぜだ?」


「魔族という生物もおりませぬ。この大地に後から乗り込んできた人間達がそれより以前に住んでいた人間達を魔族と呼ぶ事にしたのです」


「!? つまり、魔王との戦いは領有権を巡った人間同士の戦争でしかなかったと?」


「はい、まさしく」


 宰相の口から語られるのは幼き頃から教え込まれたものとまるで違う話だ。魔王と魔族は魔物を率いて人間の村々を焼き払い、人々を殺してまわった。憎き魔王を打ち倒し安寧を得る為に人間は手に手に武器を取り戦いに見を投じた。その中から、ついには魔王に刃を届かせた勇者アレグストが現れる。


「つまりは勝利した人間側が敵対した人間側を忌むべき存在とする為に付けた名称。それが魔族で、それらを統べる指導者が魔王だったか」


 いちいち頭の中を整理しながら聞かねばとても理解出来る話ではなかった。そして、魔王と魔族の正体を知ったところで目の前で悶ている魔王らしき格好をした俺が気になった。


「俺は直接魔族の姿を見る事は叶わなかったが戦った者たちは皆口々に申した。それぞれの形は異なるが頭に角が生え尻には尻尾がある、これがそうなのか?」


「魔装鎧と申します。自身の魔法力を魔物へ送り込んだり逆に吸い出したりする為の装置が尻尾の様に見えるもの。自身の意思を飛ばして魔物を操る装置が角の様に見えるもの。これが魔物を率いる指揮官、魔族と呼ばれる者の装備にございます」


 それを使っていたのが自分達と同じ人間だった。それを理解した時、今度は脳の奥に挟まっていた様な記憶の欠片がガタガタと音を立てて揺れ出した。それが他の記憶を傷つけるように頭が痛む。


 1000年前の魔物討伐。魔族が見つかった時、俺は腕試しのつもりで対戦を望んだが勇者アレグストと呼ばれた男は絶対に認めなかった。魔族を討つという行為が実際にはどういうもので、どれだけの深い業が刻まれる行為か。喉を撫でて落ちてゆく苦いものを何回も味わったからこその態度だったはずだ。それを俺は、俺は……。


「父……」


 今それを口に出しては俺が俺である事を保てるかわからぬ。どこに何をぶつけていいかわからず。体内に残っていたありったけのチカラを右の拳に込めて地に叩き付けた。何かが砕ける鈍い音がして次第に右の拳から感覚が失われていくのがわかった。そして、俺は暫くその場に座り込んだ。



「殿下、ここに無限の時はございませぬので話を続けさせて頂いてよろしいですか?」


 宰相はもっと話すべき事を抱えていたのかもしれない。しかし、ピクりとも動かぬ俺と棒の燃える炎を時折眺めるだけでしばらく口をつぐんでいた。それでもこれ以上は待てぬ限界に達したのだろう。


「すまぬな……」


「ご先祖様の書き記しに殿下は決して謝らぬ御方とありましたが、賢者パルティスも目が曇る瞬間があるのですな」


「ふむ、1000年前ならば間違いではない。ただ、今は1000年後だ」


「殿下、言い訳になっておりませぬぞ」


 何かが変わった。それまで淡々と語り続けていた宰相の冷たい声にほのかながら温もりの様なものが混じっていたのを感じた気がする。俺の頭の中で宰相というよりも眼鏡女の弟という存在に置き換わり始めているのを感じぜずにいられなかった。


「ところでだ。そこの魔動人形は1000年前に造られたと申したな? なぜ俺の顔を持っている?」


「それはクミン殿下の母君、エルトリア様がお造りになったからにございます」

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