第22話 魔轟暴嵐界

 俺とファリスは眼鏡女がいる場所へと急ぎ戻る。幾本もの魔動器杖が辺りに転がっていた。その中心にへたりと座り込んで肩で大きく呼吸をしている眼鏡女の姿があった。白い法衣は戦う前と同様に真っ白い光沢を放ち綺麗なままだ、全ての魔物を杖の陣形で仕留め切り自身の元まで迫られる事はなかったのであろう。此度は叶わなかったが、次の機会にはその一部始終をとくと見させてもらおう。眼鏡女の戦う術にはそう思うに値するものがあった。


「クミン殿下、任務完了であります!」


 立ち上がろうとしたものの産まれたての子鹿の様に足元がおぼつかない。結局、ふらつきながらそう言って敬礼した眼鏡女の側にファリスが身体を寄せて抱きかかえた。


「それにしても寒いの……。真冬にでもなったかの様じゃ」


 眼鏡女が様々な属性の魔法を立て続けに使った事で大気に大きな影響をあたえたと思われる。それが原因で起きたと思われる気象の異常。それは眼鏡女が死闘を繰り広げ、死線を抜けた証なのだろう。


「ルディナス、見事じゃ。だが、危うく魔轟暴嵐界が起きたのとさほど変わらぬ状態になるところじゃったの」


 ファリスは眼鏡女の額の汗を拭いながらそう話しかけた。話しかけられた方はコクりと頷いたが、俺には何の事やらさっぱりだった。つまり、1000年の間に起きた何かという事だろう。


「まごうぼうらんかい、とは何だ?」


「そうか、クミンは知らぬか。まあ、あんなものは一生知らぬ方が良かったかも知れぬが……」


 ファリスはいつになく神妙な面持ちで答え始めた。都市などで使われる魔動源の必要量は膨大で様々な者の魔法力をかき集めて確保している。ところが、魔法力にも個性の様な物があり混ざった時に反発し合ってしまう場合があるのだという。その時、魔動源を蓄積するデライト石が爆発を起こして魔法力が雪の様な結晶になって舞い乱れる嵐が吹き荒れる。それが止んだ時、嵐にあるものが全て消えてしまうのだという。


「魔動源とはその様な危うきものだったか」


「ただ、そこまでいったのはこの1000年間弱で1度切りじゃ。それならば滅多に起こらないものとして人間達は1度覚えてしまった便利な生活を捨てる事はせんようじゃった」


「それはどの様な事故だったのだ?」


「王国の貴族だのは『偶然が重なった痛ましい事故』などと呼んでおるが、行き着くところまで行けばそうなる可能性があるという実例じゃ。クミンよ、フォルケンヌを覚えているか?」


「海の幸に恵まれ王国随一の景観を謳われた海洋都市フォルケンヌであろう」


「それが今は砂浜じゃ。都市のあった辺りを中心に一瞬で砂漠化し、その端っこが海に繋がっているというのが正確なとこかの」


「何だと!? 王都の倍ほど広かった都市が一瞬で砂漠になったのか……」


 その時、ファリスに抱かれて休んでいた眼鏡女が少々ずれ気味の眼鏡の位置を直す様子が見えた。


「殿下、それが魔轟暴嵐界の威力にございます。今から300年ほど前で確かな事はわかりませぬが、魔法力を提供してもらう為に雇った者の中に魔族の血を引く者がいたのが原因とされております」


「そういう事になっておるのじゃったの。何かあったら取り敢えず魔族のせい、人間が1000年以上も続けて来た伝統文化じゃ」


 1000年より少し前。魔王を討伐した後から行われた魔物の残党狩り。俺も隊列に加わり数多の魔物を打ち倒した。自身の戦い方に自信が出てくると更なる強者を求めたくなるもので、魔物を率いる魔族と刃を合わせてみたい想いが次第に強まっていった。しかし、希に魔族の生き残りが見つかったとの情報があり出陣を望んでも勇者アレグストと呼ばれた男は認めてくれなかった。それどころか、騎士団の中の猛者に命じるでもなく自身で赴き討ち取って帰ってきたものだ。


 圧倒的な強さを誇った元勇者として、戦いが収まってしまい勇者である事のチカラを発揮する機会が失われるのを名残惜しんでいたのかもしれない。それでも「ズルい」、申し出をはねつけられる度にそう思ったものだ。そして、強者と戦えないのはそれが魔族であるせいだとも思っていた。


「さて、クミン殿下。ベルステンによるデライト原石不正採掘の事件はまだ終わっておりませぬ。小悪党をそそのかし失敗した途端に片棒を担がせた者を暗殺した首謀者を突き止めねばなりませぬ」


「手掛かりは寒い印象の強い黒い甲冑じゃったかの。それだけ特徴があるなら近隣の街を訪ねて回れば何つかめるかもしれんぞ」


「そうだな……。いや、休むとしよう」


「へっ? 殿下、追わないのでございますか?」


「事態が進んだ時こそ休め、追いたくなる様な罠を仕掛けられたのかもしれない」


「クミン、なんじゃその教訓じみたものは?」


「勇者アレグストと呼ばれた男が長きに渡った冒険で得たものらしい」


「そう言えば気になっておったのじゃが。父親であろうに、なぜその様によそよそしく呼んでおる? 幼き頃は父上父上となついておったではないか、いつからそうなった?」


「ファリスには関係ない!!」


「関係あるのじゃ! 夫の父親であれば妾の父。まあ、急に何を思ったか知らぬが父上と呼びたくない者の教えを持ち出した事はしかと覚えておこうかの」


「父……、いやアレをファリスの義父などにするつもりはないぞ!」


「惜しいの! 何だかわからんがむきになるておるな。おぉ、可愛いの! クミン坊や」


「ファリーーーース!!」


「父上との間に過去に何があったか知らぬが、過ぎてしまった時に躍らせられても仕方がないぞ。さあ、呼ぶがよい。父上、父上、憧れのアレグスト父様!」


 ファリスと1000年ぶりの再会を果たしてから間もなく1000年分の隔たりは一気に埋まったのかもしれない。1000年ほど前と同じ様に俺はファリスと口をきく度に言い争いになっていた。「ケンカするほど何とやら」、眼鏡女がそう言いながら微笑む姿が目に入ってきた。そちらにも一声浴びせてやりたいところだが、危うく眼鏡女ではなくルディナスと名を呼びそうになって口をつぐんだ。


 ファリスは過ぎた時に躍らせられるなと言った。過ぎた時は元に戻らない、確かにそれはそうだと理解出来る。しかし、過ぎた時に付随していた想いの様なものは戻せるものなのではないか?時折、こちらにむかって小憎い笑みをこぼしながら舌を出して逃げ回るファリス。その気になれば俺は追いついて肩に手をかける事が出来るのだが、暫く背中を視界に収めたままの状態を続けた。疲れを覚えたファリスがその場にごろりと横になったを見て、俺も同じ様にそうした。時と供にあった想いは戻るのだ。

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