第23話 魔王城再生

「クミン殿下、本当にここを仮り住まいとするので?」


「そうだ。何か問題はあるか?」


「いくら仮にとは言え、魔王を討った勇者のご子息がその魔王の城に住むというのはいかがなものかと……」


「ブレイブスクエアとやらは王立の施設なのだろ? その中にある城を王族が使おうと言うのだ。何も問題はない」


「殿下がそう申しているとお伝えすれば国王陛下も嫌とは申しますまいが、他の王族の皆様方が何と言うやら……」


「勇者の末裔でありながら乱れた国を乱れたままにしておく、勇者の威光を借るだけのバカどもには何とでも言わせておけ!」


「何とでも言われては困るのです。ベルステンが殿下に提案した叛乱、あれが現実味を帯びて参ります。魔王城に王族が腰を据えた、これは現国王陛下への叛意あり、そう騒ぎ出すきっかけとしては充分にございます」


「クミンが魔王にこだわるのは父君への反発じゃろ? 勇者アレグストが持てる力の全てを出し切ってようやく対抗出来た唯一無二の存在じゃからの。しっしっしっ!」


 胸の奥にあるものをかすめていく様なファリスの物言い。旧魔王城と呼ばれる建物を見据えたまま、ただただそれを聞き流した。


「それにしても、王国の財政再建の為に造られたブレイブスクエアがこの様な荒れ地になってしまうとは……。造成の発案者であるフラマタルへ……。いえ、宰相様へ報告書を届けねばならぬと思うと気持ちが重くなります」


「その者はアレグスト教とやらの司祭だったか?」


「はい、最高位司祭様にございます」


「勇者の在り方を理解する者が勇者ごっこ施設を造らせたのか。……本当に造りたかったのは魔物化させる為の魔動人形の方だったのではあるまいな?」


「なっ、何を仰るのですか殿下!」


「現れるはずのない魔物が現れた時、人々の期待は勇者の出現に寄せられる。そうすればアレグスト教に傾倒する者も増えるはずだ。魔物が出現して得をするのは勇者側の存在であるのを自称する者だろう」


「……」


 眼鏡女は口をつぐんだまま黙りこくってしまった。ファリスは口元に笑みを浮かべたがそれだけで何かを言うわけではない。人間ならやりそうな事だ、言わずもがなそうだと示す態度に見える。


 何か確証があるわけではない、アレグスト教という存在を知った時にふと抱いた疑念が独り歩きしてその様な可能性に思い至っただけかもしれない。眼鏡女とフラマタルとやらがどの様な間柄にあるのか知らぬが、これ以上続けても俺の独り言で終わってしまいそうなので切り上げる事にした。


「いずれにせよ、だ。暴走すれば簡単に街を荒れ地に変えられる程の物が造られていた。ただの事故か、そうでないかはわかっておいた方がいいだろうな」



 旧魔王城で一夜を過ごした。バルコニーで朝日の光を身体いっぱいに浴びると廃墟と化したブレイブスクエアの一角に人だかりが出来ているのが見えた。見下ろせば瓦礫の山ばかりという中、そこだけは吹き始めた街の息吹とも呼べる様な炊事の煙が上がっていた。集まった人々は夢中で何かに食らいついている様だ。その様子に腹の虫も我慢の限界を迎えた様だった。


 思えば、デライト原石の採掘場がある洞窟に入って以降は食事らしい食事をしていなかったのだ。その時、再びぐうという音が鳴った。今度のそれは俺のものではない、隣の部屋のバルコニーで大きなあくびをしながら身体を伸ばしているファリスのものだった。


「ふわ~~~~っ。妾とした事がうっかり寝過ごしてしもうた。壁をぶち破ってクミンに夜這いをかける気でおったのに……。さすがに昨日は少し疲れたのじゃ」


「全く……、お前の頭の中はいつもそればかりか?」


「幼きクミンを見てからずっとお主が食べ頃になる日を心待ちにしておった。それが丁度いい16歳ほどになった途端に姿を消してしまったお陰で1000年も待つ羽目になったのじゃぞ!」


「……」


 その時、トントンと部屋の入り口を叩く音がした。


「クミン殿下、お目覚めにございますか? もしお目覚めでしたら朝食の支度をさせて頂きますが」


 幾度となく繰り返される不毛な言い争いを実に絶妙なタイミングで断ち切るきっかけを作ってくれた眼鏡女だった。


「朝飯にはあてがある、皆で出かけるぞ」


「え? 辺り一面瓦礫の山にございますが……」


「そうだ、瓦礫の山へ飯を食いに行くぞ!」


「???」



 バルコニーから見下ろした炊事の煙が立ち上がる場所。そこをどこからともなく集まってきた人々が数十人ほどが囲んでいた。その輪の中心には元々ブレイブスクエアの何かだったと思われる廃材を簡易的に組み上げて造った調理台らしきものがあった。同じ様に何かだったと思われるへこんだ鉄板やら鉄くず然とした棒を巧みに使って食材を焼いている者の姿には見覚えがあった。腹を空かせたドワーフのガキ、ノットンを連れていったところで発揮された凄まじい食欲に恐ろしい調理スピードで対応した茶楼の女主人だ。


「いらっしゃいませ! 何とか無事だった食材をかき集めてやっておりますので大したものは出来ませんが少しでもお腹を満たしていって下さいね」


 厚めに切ったハムを焼き温めてふっくらとしたチーズを乗せた串焼きを頼んだ。と言うか、今出来る肉料理はこれしかないらしいので肉料理を希望したところ自動的にこれになったのだが大当たりだった。空腹だったというのもあり3人とも一瞬でペロリと平らげ再び注文する事になった。


「申し訳ございません……。この様な状況ですので、この後に訪ねて来るかもしれない空腹の方に1人でも多く提供したいのです」


「なるほど、な。ところで名を何と言う?」


「クワイトでございます」


「そうか。では、クワイトよ! 我が家臣となり仕えよ。あの魔王城の城司に任じ辺り一帯の復興を命じる」


「はい? お客様、今の注文はどういう事でしょう?」


 クワイトは目を大きく見開いて首を傾げていた。カップに注いでいた紅茶の存在がどこかに飛んで行った様でそれがカップの端からポトポトとこぼれていた。俺はてきぱきと働くクワイトにその能力を廃墟の再生に使って欲しいと頼んだつもりなのだがどうやら上手く伝わっていないのかもしれない。そして、俺の提案に驚いたのは当事者のクワイトだけではなかった。


「あわわわわっ……。城司の任免権は国王陛下のものにございます。そして、ブレイブスクエアは宰相の肝いりで造成されたもの故、まずはご意見を伺わねば……」


「クッ、クミン! 妾という女がおるにも関わらずさては一目惚れしおったな。くぬゅ~~、そう言えばその娘、どことなくお主が密かに憧れていた賢者パルティスに雰囲気が似ておるではないか!!」


「ファリス! 余計な事を申すな!!」


「えっ? えっ? クミン殿下がご先祖様に恋していた!? まさか殿下も私のご先祖様だったなんて事はありませんよね?」


「あの~~、お客様。私の質問の答えがまだ頂けておりませんが……。あとハム焼き3人前のお代もまだ頂いていないのですが……」


 1000年前の時が奏でる音、その様なものが聴こえた様な気がした。それは決して楽器から発せられる様な美しい音ではない。人々の様々な感情が行き交う喧噪に近い。


 1000年前ほど、俺の発言で勇者だった男は大激怒し、母上は嘆き悲しんだ。パルティス姉様は言葉を選びつつたしなめてくれた。俺の言動一つ一つが物議というものを呼び辺りを騒がしくする。


 時空の狭宮の中でただ1人で1000年を過ごした間、会話する様な相手はおらず俺の心は氷の様に硬くなるのみだった。それが今、溶け始めた様な感覚を得ていた。「先々の子孫に資質を備えた者が誕生するしかわからぬ、今の段階で確実に勇者になれるのはクミン。そなただけだ」勇者だった男の言葉が胸の奥底でこだました。

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