第24話 嵐の前
旧魔王城、最上階のテラス。そこに立つと海を挟んだ先にバルディア王国の王都を望む事が出来た。その王都にある城から今いる場所を眺めた事は何度もあるが実際にその場に立つのは初めてだった。何しろ1000年前には立ち入りが禁止されていた場所である。
「バルディアの一族は魔王の墓標とならん。あの男は確かそんな事を言っていたな、墓のつもりで海の向こうに王都でも築いたのか。いや、な」
今の時代にやって来てから眼鏡女と旅に出てファリスとの再会を果たした。寝る時以外は傍らに誰かがいて1人切りになる機会は滅多になかったのだが、今はこうしてテラスで1人風を浴びて時を過ごしている。
時空の狭宮で過ごす様になった直後、1人切りの世界に心が躍るものを感じた。何しろ、何をしたところで誰かから文句を言われる事がない。ただひたすらに羽を伸ばせる安住の地、そう思ったのも短い間だった。次第に伸びた羽の重さを感じる様になったのである。
今の時代に来て程よく羽を折りたためる事に安堵を覚えたものだが、それも続くと今度は僅かながら窮屈な思いをする様になった。
この城で俺が1人で過ごしている理由は他の者にはやる事があり、俺にはないからだ。眼鏡女はブレイブスクエアの戦闘で魔動器杖に充填していた全ての魔法力を放出してしまった。ある程度の本数を使える状態に戻すまで充填する日々が続くらしい。
ファリスは俺の時酔いを抑える為にデライト石に癒しの魔法力を充填するらしい。大きさは拳2大ほどだがファリスは最初の充填で危うく魔法力が尽きかけたという。慎重に進めたいので数日間かかる、あの豪快さの塊の様なファリスの口から慎重などと言う言葉が出た時に口元が緩んだものだった。
ただただテラスで風に吹かれて過ごす時にも限界がある。城の外に出て辺りを眺めると数日前までは完全に瓦礫の山だったブレイブスクエアも少し様子が変わり始めていた。それは、てきぱきとよく働く茶楼の女主人クワイトに復旧を託した効果が現れたものだった。
この一帯で食事らしい食事が提供される仮設の茶楼には人々が集まった。その客に賃金を払って復旧作業の人足として雇い上げたのだという。しかも、その者達には食事や飲物の割引サービスがつけられるとあって手を挙げる者が絶えなかったのだ。1人切りである事に飽いたのだろう、俺の脚は自然と客で賑わう茶楼へと向いていた。
「クワイト、随分と片付いたな。さすが俺の見込んだ人物だ」
「ルディナス様が賃金の資金調達の話を王都につけてくれたお陰でございます。ほんと、ルディナス様には感謝しております」
「そうか。店の方も随分と盛況の様だな?」
「はい! 不足していた食材や茶葉の調達を王都にかけあって頂きまして本当に助かりました。ルディナス様様にございます! 」
「そうか……。俺の見込んだクワイトが順調な様で何よりだ。俺の見込んだクワイトよ、不都合な事があったら遠慮せず申すがよいぞ」
「はい! その際は是非ともルディナス様にお願いさせて頂きますね」
「そうか、そうか……。では、またな、俺の見込んだクワイトよ」
「ルディナス様によろしくお伝え下さいませ!!」
「1人切りの方がまだマシという場合もあるのだな……」
「何か?」
「いや、独り言だ」
以前訪れた城塞都市ボルス、眼鏡女は不正を働いていた城司をドラゴン召喚の大魔法を行使して捕らえた事になっている。事実はかなり違うのだが様々な都合で塗り込められた出来事により、その名声は一気に高まっていたのである。
男社会の性格が色濃い宮廷にありその才を示した女性、しかも伝説の賢者の末裔である。その存在は特に職に対して強い信念を抱く女性達からの支持される様になったのだ。クワイトも眼鏡女に強い想いを抱く働く女性だった。事実が非常にややこしい為、取り敢えず王族の一員とだけ説明している俺の存在など足下にも及ばない。
茶楼を立ち去ろうとした時、俺を呼び止める声が聞こえた気がした。そちらへ目をやると確かに見知った顔がそこにあった。デライト原石の採掘師ゴットンとその孫のノットンだった。
「その節は孫共々お世話になり申した。これ、ノットンもご挨拶なさい!」
「兄ちゃん、魔導師ルディナス様の従者だったんだね! 通りで強いわけだ。でも、ルディナス様には敵わないよね」
「またか……」
「また、とは?」
「いや、何でもない。独り言だ……」
たまたま俺の顔を見て何か思い出した事があるのだろう。話があると勧められるままに席に着いた。ゴットンは孫に幾枚かの銀貨を渡すと好きなだけ食べて飲んでくる様に告げた。これから孫の耳には入れたくない話をする祖父の気持ちが働いたのだろう。
そして、それは食欲を満たそうとする者と応え様とする者同士の熱き戦いを再び巻き起こすのだろう。だが、その行方よりゴットンに口から出て来る物の方に遥かに大きな興味が沸いていた。
「1つ大事な事を思い出しましてな」
「黒寒につながるものであれば何でもよい、申してみよ」
「黒寒? ああ、あの黒い甲冑の。それにはまずデライトの幻夢について説明せねばなりませぬな」
デライト原石は人間の魔法力を吸い込みそれが尽きれば生命力にも手を伸ばしてくる。その際、人間の記憶の断片の様な物まで吸い込んでいるのではないか?断定は出来ないが採掘師達の間ではずっと語り継がれてきた事らしい。
既にたらふく吸い込んだデライト原石からそれを抜き出す際、それの持ち主だった者が見た光景を追体験する様な現象を起こす場合がある。それがデライトの幻夢と呼ばれるものだった。
「あやつが壁にもたれかかっておったのですが、その奥に原石が埋もれている痕跡が微かに見えましてな。もし、あの男の魔法力を吸い込んでいれば何か手がかりを得られる可能性はございます」
そう言ったゴットンは最後に注意すべき点も付け加えた。それ自体はファリスから聞かされたのと全く同じ、他人の魔法力を体内に入れるのは本来は避けるべきあるとの話。覚悟した上で手がかりを得ようとするか否かは俺次第だ。
「ワシのせがれ、ノットンの父親も採掘師だったのですが抜き出し作業の際に不注意で魔法力を吸い込み過ぎた様でしてな。死んだ、というか消えたと言った方が確かかもしれませぬ……」
「もしや、魔轟暴嵐界か?」
「わかりませぬ……。王国の長き歴史の中で都市が消えた記録はございますが、果たしてそれが人間単位でも起こる事やら。しかし、消えたのであれば可能性は高い。あやつはまだどこかで生きているのではないか?とも思ってしまいますじゃ」
ゴットンは遠くの方でパンを頬張る孫の姿を見やると静かに茶をすすった。その目はどこか淋しげでもあり嬉しそうでもある。失ったか失っていないのかも定かではない息子の幼き頃の姿を孫に重ねているのかもしれない。
(そう言えば、あの時、あの男はどんな顔をしていたのだろう?)
俺が時空の狭宮へ入る日。母上は「いってらっしゃい」とだけ声をかけてくれた。いつ復活する気でいるか知れぬ魔王だが5年や10年という事もあるまい。だからこそ無期限で時間が止まる異空間をパルティス姉様が創り出した。
恐らく今生の別れになるであろう、生まれてから16年間しか共に過ごす事が出来なかった息子を送り出す母上は瞳を濡らす事なく気丈に俺の顔を見つめていた。そして、かつて勇者と呼ばれた男はついぞ現れなかったのである。
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