第2話 眼鏡女

「魔動源とやらはわかったが、その無駄使いを省こうとしたら俺が見つかったのはどうしてだ?」


「城内の設備は基本的に魔動源で動いております。まず、1年間で城全体が使用する量と設備毎に使用する量の合計を比べてみたところ城全体の方が遥かに多い事がわかりました」


「それはおかしな話だな」


「設備に魔動源を送る配管に損傷が生じ漏れてしまっている可能性がありましたので総点検しましたが異常は見つかりませんでした。ですから、知らないだけで何か隠し部屋の様な物が存在していて魔動源が消費されているのではないか、と考えました」


「なるほど。城の地下に王族だけが知る隠し脱出路が密かに造られているのはよくある話、何かやましい設備があってもおかしくないと疑って当然だ」


「そっ、そういう類の疑いを抱いたわけではありません! 我が家に伝わる書を読み漁って時空の狭宮さみやなる場所に魔動源を転送する装置の存在を突き止める事が出来ました。実は書を読み始めてから解き明かすまでに5年もかかってしまったのですが……」


「5年も? わずか5年の間違いだろ?」


「5年がわずか? クミン殿下は1000年も過ごされた方ですからそういう感覚かもしれませんね……」


 偶然だった。たまたま王国が財政難にならなければ無駄の見直しがなされず、時空の狭宮の存在に気づかれることもなかっただろう。その場合、俺は未だに時の止まった空間に在り続け、戦う事もないであろう魔王の為に修行を続けていた。永遠に見つからない完全放置も充分に有り得た話だ。1000年の無駄で済んだのは幸運なのかもしれない。


「ほうっ……」


 ひとしきり説明を終えたところで眼鏡の女はため息をついた。僅かに身体が揺れたところでまたもや眼鏡がずり落ちてしまった。よく見るとそもそも全く顔のサイズと合っていないのだ、何かの度にいちいちズレて当然と言える。なぜそんな不便なものを使っているのか?と思ったところで、1000年前の記憶にこびりついていた錆が1つ落ちた。


「もしやそれは……、アキレスの眼鏡か!?」


「そうにございます」


「お主がどうしてそれを?」


 尋ねた瞬間にはバカな質問をしたものだと思った。1000年前、俺が知っている持ち主が絶対に手放さなかった逸品。1000年後、それを持つ人物は1000年前の持ち主の面影を感じさせるところがある。


「ご先祖様、賢者パルティスから受け継ぐ当家の家宝にございます。これはーー」


「相手の弱点となる属性を見抜く効果が付与されているのだろう? 魔法主体に戦う者にとって気をつけなければならない相手が弱点属性を変化させてくるタイプ、パルティスはよくそう言っていた」


「あっ! そうだ、クミン殿下はご先祖様に会った事があるのですね?」


「会った事があるどころではない、魔法の師匠だ。火属性の魔法で何回丸焼きにされかけたかわからんぞ」


「勇者アレグスト様のパーティメンバーとして強力な古代魔法を駆使したと伝説に記されるご先祖様。うわっーー! その力を間近で見たなんて羨ましい限りでございます。クミン殿下! 今度ゆっくりご先祖様についてお聞かせ願えますか!?」


 1000年前に魔王復活に備えて時間無制限の勇者育成をする為に時空の狭宮を造ったのが賢者パルティス。忘れられたまま放置されていた狭宮から俺を呼び戻したのはその子孫、何とも奇妙な縁だ。このまま俺と1000年後の時代の眼鏡女とで延々と昔話が続くのを危惧したのだろうか?玉座に腰をかけた国王は何か話すきっかけを作るかの様にコホンと咳払いをすると俺に問いかけてきた。


「ところでクミン殿下。魔王と戦う事もなくなりましたし、これからどうなされます?」


「そうだな……、特にやる事がない。城に引き籠もって寝て過ごすか」


「ずっと城におられるので?」


「1000年過ぎたところでここが俺の家には変わりはないだろう。それともいられては都合の悪い事でもあるのか?」


「いいえ! とんでもございませぬ」


「そうだな……。このままでは本当に俺の1000年間が無駄に終わる、魔王を甦らせる方法を探す旅にでも出るとしようか」


「ごっ、ご冗談にもほどがありますぞ」


「魔王が復活せねば俺の立場がないであろう。まあ、その方法はおいおい考えるとして。そう言えば時空の狭宮から出された事でひとつ気になる点がある。おい、そこの眼鏡女!」


「えっ!? 眼鏡女? 私? なんでございましょう?」


「時空の狭宮から出されたという事は、俺はじきに死ぬのだろう?」


「じきにでございますか? それはないと思いますが」


「止まっていた俺の時が再び動き始めたのであれば、約50年後には寿命で死ぬのであろう? という意味だ」


「まあ、普通はそういう事になりましょう。ただ、約50年後であればじきにというほどの近い将来ではないと思うのですが」


「何度も言うが俺は既に1000年を過ごしている 50年なぞわずか過ぎて、もう死が見えている様なものだ!!」


「はぁ……、そういうものにございますか」


 1000年も生きていたのだ実感してしまうと再び動き始めた残された時間はとても短く感じてしまった。さて、これから先どうやって過ごすべきか?1000年前の俺に何かやりたいと切望していたものはあっただろうか?何かあった様な気もするのだが完全に忘れてしまっていた。ふと気がつくと思案する俺の顔を覗き込む眼鏡女の顔が見えた。


「クミン殿下! 未来を旅して巡られてはいかがですか?」


「未来を旅するだと? どういう事だ!?」

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