第1話 魔動源
それは、いつも通り魔物の群れに遭遇し、いつも通りに魔物の死体の山を築いてやった時に現れた。
目の前の空間にポッカりと開いた黒い空気が渦を巻く穴。それは、以前に見た覚えがある。目にするのは何年ぶりだ?と思ったのだが、よく考えたらわかるわけがない。そもそもここに来て10年、20年、そして100年くらいで完全に数えるのやめてしまった。それから更に年月を重ね続けているはずなので、何年ぶりになるのかおおよその見当をつけるのも無理な話だった。そうこうしている内、俺は以前と同じ様に黒い渦の奥へと吸い込まれた。
「よくぞお戻りになられましたな! クミン殿下」
「ここは…………、ん? 人? あんたは誰だ?」
「国王陛下に向かってなんと無礼な!」
(国王?)
この部屋を最後に見たのはいつの事だったろう?微かな記憶が残る一室。その最も奥にある一際豪華で大袈裟な椅子は何となく見た事がある様なものだったがそこに腰をかけていたのは全く知らない男だった。わからないのだから誰?と尋ねたらその脇に整然と居並ぶ者達が騒ぎ始めた。
「者ども鎮まれ!この御方は1000年前に我が王家を起こしたご先祖様、建国の王アレグスト様の第1王子であらせられるぞ」
(王家? アレグスト?)
初老の男が座る豪華で大袈裟な椅子の後ろに目を凝らすと、壁が僅かにへこんだ傷跡を見る事が出来た。
(あの傷は……。そうか、俺は王宮に還って来たのか)
俺が知っている頃の王宮で玉座にある唯一の者と言えば勇者として冒険の末に魔王を打ち倒して国を興したアレグスト。あの傷はその者を目掛けて火属性の魔法を撃ち込んでやった時のものだった。
(確か1000年前と言ったな? つまり、あれから1000年も経ったのか!?)
止まっていた時の長さがわかった途端、堰を切った様に1000年前の記憶が一気に逆流し始めた。俺は勇者アレグストと呼ばれた男の命を受けて時の流れが止まる『時空の
「魔王が復活したか!?」
「魔王? あぁ、我が王家にはそんな言い伝えがございましたな」
「まさか1000年にも及ぶとは思っていなかったが、いよいよ修行の成果を見せてやるとするか!」
「そうでした、クミン殿下は魔王復活に備えて修行に出された身と記した伝書が先頃見つかっておりましたな。しかし、100年どころか200年、300年経っても復活はなかったそうです。そして、今では1000年が過ぎました。勇者アレグスト様の強さに手も足も出なかった魔王の苦し紛れの捨て台詞だったのしょう」
それを合図に居並ぶ者達の間からどっと笑いが巻き起こった。魔王の事なぞどこぞのおとぎ話とでもいった様子、世界が恐怖に包まれた時から1000年も経てばすっかり風化してしまうものなのだろう。
「つまり、魔王の復活がないものと判断された頃から俺の存在はすっかり忘れ去られたまま放置状態になっていたと?」
「えぇ、まあ……。大変申し訳ございませんがそういう事になってしまいそうですな」
「俺の1000年が全て無駄か……。なるほど、なるほどな。そうか、そうなるものか。そうか、そうか。ふっ、はっはっはっはっ!!」
「急にどうなされました?」
「俺は何の意味もなく1000年も閉じ込められていたのと同じだ。こんなバカげた話を笑わずにいられるか!」
「そこは、殿下の弟君、第2王子の子孫である歴代の王に代わり私がお詫びさせて頂きます。思えば、本来なら勇者を次ぐべく時空の狭宮へ行くのは第2王子だったやもしれませからな」
俺は王位継承権第1位の王太子として擁立されていた為、当初はその様な話になっていた記憶がある。しかし、最終的に俺は廃嫡され弟が次期国王となった。そして、俺は次の勇者とされる為に時空の狭宮へ入った。魔王の復活がいつになるか知れぬが、その力を回復するのにそれなりの年月を要するだろう。仮に100年後だったとしても、勇者になると言う事は肉親達や知己の者達。そして、生まれ育った時代との永遠の別れを意味するであろう想像はついた。
「(その実、厄介払いだったかもしれないな……)まあ、いい。それより、どうして忘却の彼方にある様な俺の存在に気づいたのだ?」
「今、我が王国はかなり厳しい財政難に陥っておりまして……。財政再建の為に魔動源の無駄を整理していましたら時空の狭宮に相当の魔法力が使われている事がわかりまして。申し上げづらいのですが、まあ、その……無駄を省こうと……」
「まどうげんの無駄を省く? なんだそれは? 言っている事がさっぱりわからんぞ」
「そうでしたな、1000年前にはなかったものでしたな。魔導師ルディナスよ、クミン殿下に説明して差し上げよ」
「はっ! かしこまりました」
「この者が忘却の彼方にあった時空の狭宮の存在に気づき殿下を呼び戻す術式を行使したのでございます」
国王の手招きに応じて白い法衣に身を包んだ1人の少女が進み出た。そして、俺に向かって深く一礼してから頭をもたげると顔の割に大きすぎると思われる大きな眼鏡がずり落ちて今にも落ちそうだ。この感じにはどこかで見覚えが……、何か記憶をかする感じがした。少女は慌てて大きな眼鏡をかけ直すと何事もなかった様に語り始めた。
「失礼しました! クミン殿下の時代には魔法は主に戦闘で使用していたと思います。しかし、魔王討伐が成り平和になった頃から魔法力を日常生活に転用する研究が密かに始められていました。約900年前には魔法力で動く生活用品が開発され、850年ほど前から実用される様になりました。そういった物に使う魔法力から生成された動力を魔動源と呼びます」
「魔法力を燃料にする様なものか?」
「そうですね! どの様に使われているのかお見せ致します。クミン殿下、室内を明るく灯す為には何を使いますか?」
「……、松明だ。どうせ1000年後の世界では違うとでも言いたい素振りだが、今の俺にはそうとしか答えられん」
「はい、その通り! でした。でも魔動源が使われている今はこういうものを使うんです」
眼鏡の女はそう言うと天井を仰ぎ見て指をパチンと鳴らした。その瞬間に頭上が明るく輝く、深い洞窟迷宮を抜け出してようやく地上に戻った時の様に目がちかちかした。
「魔法力を感知して発光する鉱石をガラス球に入れて天井に並べております。これならば夜になっても瞬間的に室内を明るくする事が出来る上、松明の様に燃え尽きて取り換える手間もありません」
「自動的に火属性の魔法を連発し続ける様なものか?」
「ん~~、ちょっと違うのですが今はそう理解して頂いても差し支えございません。そうだ! 窓の外をご覧ください」
「なんだあれは? 馬がいないのに馬車が走っている!?」
「あれは魔動車と呼ばれるものでございます。乗車する者が手綱に魔法力を注入しながら動かす事も出来ますが、車体に魔法力を蓄積しておいて一定時間動かすといった使い方も出来るので魔法力を持たない人でも扱う事が出来るんです!」
1000年間が過ぎ世の中の何もかもが違っていた。王宮の佇まいや町並みに朧げながら懐かしさを感じる部分はあるのだが、やはり俺の知っていたものとは違うものへと変わっていた。これが1000年の時が流れるという事か。
「あれは何だ? 1000年後ではあれが許される様になったのか!?」
「えっ?何でしょう……。ギャーーーーーー!!」
俺が指さした先を見た眼鏡の女のそれが大きくずり落ちた。そして、両手で顔を覆った。
「あ、あの男がちょっとおかしいだけです……。全裸で街中を歩くなんて王国の法が認めた事はありません!!」
窓の外が急に騒がしくなった。どこからともなく衛兵が駆け付け件の男を包囲し始める。何とか教団がどうのこうの、男は何やらわけのわからぬ事を叫び続けていた様だが衛兵にも街行く民にも耳を傾けられる事なくどこかへ連れて行かれた。落ち着きを取り戻した眼鏡少女はずり落ちたものを元の位置に戻そうとしていたが中々うまくいかない様だ。そもそも顔のサイズに合っていないのではないか?と思った時、この光景をどこかで見た覚えがあると感じたのだった。
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