第3話 王家の紋章

「1000年の時が止まっていたクミン殿下は1000年後の未来にやって来たと言うより、帰ってきたのです」


「なるほど、未来へ帰るか」


「何か?」


「いや、こちらの話だ」


「殿下は魔動源で動く魔動車を見て大変驚いていられました。でも、それがある生活に慣れてしまっている私達にとって驚く事のない当たり前の物なのです」


「ふむ」


「例えば、1000年前に訪れた思い出の地がどの様に変わっているのか御検分なされるだけでもよい旅になるかと。普通は1000年後の未来を見るなんて叶わぬ夢ですが、クミン殿下ならそれが出来るのです」


「そうだな、ボルス村辺りの野原でイノシシ狩りをして村の小さな食堂で料理してもらった。あれで腹ごしらえしてから魔王復活の方法を探ろう」


「ボルス村……でございますか? 多分、城塞都市ボルスの事ですね。そうですか、イノシシ料理が評判の王国御用達レストランは村の小さな食堂から始まったのですね」


「あのボロい村が城塞都市? あの汚い食堂が王国御用達だと?」


「もしかしたら、クミン殿下が狩りに出かけなければイノシシ料理が名物にならず、人々が集まり城塞都市にまで発展していなかったかもしれませんね! これが1000年の時が流れるという事です」


 俺が1000年いた時空の狭宮では毎日が同じような事の繰り返しだった。送り込まれる直前、賢者パルティスから聞いた通りに魔物が現れ続けた。倒せば倒すほど徐々に強くなっていく。それくらいの変化はあったが、それを変化と呼んでいいのだろうか?俺がそうしていた間、あの食堂もあの村も全く別物の存在と呼べるほどに変化しているのだという。


「我が弟の末裔よ! 当面の目的地は決まった」


「それは大変よろしい事にございます。政の責務は勇者アレグストの末裔にして今の国王である私が果たしますゆえ、国の隅々までごゆるりと見て回って下さいませ。出立の日まで懐かしいこの城でのんびりすると良いでしょう」


(政は任せろ、か。特殊な事情とは言え勇者アレグストとの血の距離が最も近い俺が城内をうろつくのは何かと気になっても仕方がないだろうな。ふっ、厄介払い先で厄介払いされるとは洒落にもならん)


「俺にはたった50年しか残っていないのだ。今すぐに出る」


「今からにございますか!?」


「ああ」


「ならば、旅先で不都合がない様に王家に連なる者である証を用意致しましょう」


 そう言って国王は近習の1人を呼びつけると何やら耳打ちをする。その者はそそくさと王宮を出て行き程なくして戻ってきた。


「今すぐに用意出来るものがこれしかございませんでしたが、王家の紋章が入った薬入れをお持ち下さい。これを見せれば王国内はどこでも自由に通行する事が出来ます」


 俺が知る王国は建国間近で紋章なんてものはまだなかった。時空の狭宮に送り込まれた後に作られたのだろう。近習から手渡された薬入れに刻まれた王家の紋章とやらに目をやり、思わず首を捻って吹き出しそうになってしまった。しかし、それはすぐにかき消された


「これは俺が幼い頃、まだ国王になる前だった勇者アレグストの盾に掘ったタコの落書きだぞ。あんなものが王家の紋章になっているとは……。(俺が旅立つ日、あの男はこれを紋章にすると決めたのか)」


「ほぇぇぇぇーーーーー! そうなのですか!? なぜ敢えてタコを選んだのか謎にございました……。そんな話は歴代国王に伝承されておりませぬので私も初耳にございます」


「国王、もらいついでにもう1つよいか?」


「なんでございましょう?」


「そこの眼鏡女が欲しい」


「えっ!? 今何と? キャー!! 今さっき会ったばかりなのに何て大胆な。もしかして一目ぼれしちゃいました?」


「…………、俺は今の世界を知らなすぎる。旅の案内役としてその眼鏡女を貸してはくれないか?」


(どうせ監視役の1人くらいは付けてくるつもりだろう。こちらから何とでもなりそうな者を指名してしまうのが得策というものだ)


「そうですな、知識と見聞を魔導師ルディナスに求めるのであれば申し分ないでしょう。私は良いと思うのじゃがルディナスはどうか?」


「あっ……、そういう事ございますか。勇者アレグスト様と賢者パルティスの系譜に連なる者がパーティを組んで旅に出る、これは何やら面白そうです」


「俺の道案内さえしっかりやってくれれば他は何をしようと構わん! パルティスの子孫として魔法にも期待させてもらうとするか」


「えっ!? あの……、魔法は使えません」


 一瞬、俺は耳を疑った。確か眼鏡女は魔導師で、あの化け物じみた魔法の使い手である賢者パルティスの子孫。それが魔法を使えないとはどういうわけだ?


「正確には、恐らく殿下がイメージされている賢者パルティスの様に強力な古代魔法は使えないという意味にございます」


「待てよ……。先程から魔法を古代魔法とか読んでおるな? 1000年前の魔法は古代魔法と呼ばれる様になっていて今の時代の物とは区別されているのか?」


「ご明察にございます。今の時代では魔動器という物を使って魔法を発動させるのです。例えば今私が持っているのは水属性魔法専用の杖、これに魔法力を溜めておいて必要な時にボタンを押せば水属性魔法が打ち出される仕組みです」


「魔法力で動かす魔動車と同じような仕掛けか?」


「はい! 誰でも詠唱なしで魔法を放つ事が出来る便利な物です。しかし、基本的には1つの魔動器に1つの属性となりますので使い分けたいのであればそれぞれ対応する物を併せ持つしかありません。また、危険な凶器として扱われない様にする為に初級魔法の威力程度にリミッターをかけて流通させております」


 1000年前、魔法を使える者は特別な存在だった。そもそも魔法力を持って生まれた素質ある者が何年も修行してようやく魔法として発現させる事が出来る。それが、魔法力を持たない者でも詠唱なしで放てるのだから随分と簡単になったものだ。


「魔法を放つだけなら誰でも出来るのだろう? それなのにお前がわざわざ魔導師と呼ばれているのは?」


「近年の研究で魔法力にも質の様なものがあるとわかって参りまして、ランク付される様になりました。魔動源で動かす道具は質の良い魔法力であればあるほど機能的に動いてくれる様なのです。私は賢者パルティスの血筋のお陰でこの国唯一の最高ランクSSSの魔法力持っている為に魔導師と呼ばれております」


「確か勇者アレグストも魔法のみの戦いであればパルティスには絶対に勝てないと申しておった。わかる話だな。ところで、今の時代に魔法がどう扱われているかわかったが剣術や槍術などはどうなのだ?」


「ただの競技にございます」


 1000年にも渡って戦う術のみ鍛え続けた末にやって来たのはそんなものなど必要とされなくなった世界…………。そんな俺に供として付くのは伝説の賢者の末裔でありながら本来の魔法を使えない魔導師。玉座の窓から外の景色を眺めると風に吹かれて茶色くなった木々の葉がはらりはらりと落ちて行った。何なら実に面白き旅の予感がしてきたではないか。

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