第17話 採掘場に蠢く

「くっ、苦しい! なんだ!? このタコの足みたいなのは?」


 子供の脚は完全に止まっている。俺を含めて誰かが何かをしたわけではない、それを成し遂げたのは子供が盗んだ王家の紋章が入った薬入れだった。それから急にぬめぬめっとした物が現れ子供の身体全体にまとわりついては行動の自由を奪っていたのだ。それはタコの足みたいなものではなく、まさしく本物のタコの足の様に見えた。


「おい、眼鏡女! あれはどういう事だ?」


「王家の紋章が付いた物が盗まれてしまっては悪用されかねない為、魔動源を用いた防護術が施されております。登録された持ち主から約30mほど離れますと、あの様に紋章のタコの足が現れてあらゆる手段でその場に留まるのです」


「それにしても、あのぬめりとした液体まで再現するとは。あれが身体中にまとわりつくと思うと何ともおぞましい……。とんでもない紋章だな」


「あの様な目に遭ってしまっては二度と王家の紋章が入った物を盗む気にならないでしょう。その為の仕掛けにございます」


「あれじゃの。まとわりつく感じが実に執念深い感じがして陰湿じゃ、デザインした者の顔を見てみたいの~~」


「っ……」


 タコ足に捕らえられてしまった子供の下に歩み寄る。必死にもがいて脱出を試みようとしている様だが抗ったとことでどうにかなるものでもない。間近でずんぐりとした樽の様な胴体を見るまで気付かなかったのだがそれはドワーフの子供だった。眼鏡女が薬入れに触れると8本のタコ足はするりと薬入れに吸い込まれていった。身体の自由を返された子供だが締め付けられたダメージが残るのだろう、すぐに元通りに動ける様子ではない。それでもギリギリとした視線で眼鏡女を睨みつける抵抗だけは続けていた。


「こら! 子供とは言え、王家の紋章が入った物を盗むのがどんなにいけない事かわかるでしょう?」


「くそっ! 悪い事をしているのはお前たち役人どもだろ。俺の爺ちゃんを返せ!」


「えっ?」


「その紋章入りの物と交換なら爺ちゃんを奪い返せると思ったのに! ウェェェェーーーーン」


「なんだこのガキは? 怒ったり泣いたり、わけがわからぬ」


「ふーーん? 1010年と3カ月と2日前の頃のクミンだってこんなガキだったのを妾はよく覚えておるぞ。さて、何回泣かせたか思い出してみようかの」


「くぬぬぬっ、ファリス! おのれ!!」


「クミン殿下もファリス殿も、子供の前で大人げないやり取りはおやめ下さいませ。とにかく、彼には何か事情がありそうです。少し落ち着くまで待ちましょう」



 眼鏡女の提案を受け入れブレイブスクエアの中央部にある茶楼『迅雷亭』で一息ついてから子供の話を聞く事にした。子供がグズッた時は好きなものを食べたいだけ食べさせればいい、何の根拠があるか知らぬが眼鏡女はそう言って子供にメニューを手渡した。そして、少し後にはその判断を大いに嘆いていた。


「この子、どれだけお腹を空かせていたのでしょう。もう50個目を越えております……」


「ドワーフは我らエルフと違ってエレガントさというものがないからの~~」


「体当たりしか攻撃手段を持たぬエルフが言う事か!」


 少し焼いたパンにチーズやハムと葉物野菜をいくつか入れて挟み、チーズの上から蜂蜜を少々垂らす。1つくらいなら小腹を満たす程度の分量だろうが5つも平らげれば充分満腹になるだろう。ところが子供の食欲は治まらなかった。そもそも店に多数の用意がなかったのだろう、連発される注文に慌てた様子の茶楼の女主人が恐ろしい勢いでてきぱきとパンの準備を始める。


 100個を数えたところでようやく子供の口が温かいミルクを入れたカップに向かう、その様子を見やった女主人が膝から崩れてカウンターの奥に沈んだ。子供がふーと息をついたところで眼鏡女が両手の肘をテーブルの上につき結んだ手の甲の上にあごを置いて彼の顔を覗き込む。


「君、お名前は?」


「ノットン」


「なんか晴れ晴れした響きのするいい名前ね」


「爺ちゃんがつけてくれたんだ」


「そっか。でも、そのお爺様は何か役人に連れて行かれる様な事をしてしまったのかしら?」


「するもんかい!」


 ノットンと名乗る少年の口から出たのはこの様な話だった。少年は祖父と2人で暮らしていたのだが、ある日この一帯を管理する役人が訪ねて来て祖父を連れて行ってしまった。それから5日経っても10日経っても祖父は戻らず少年は食うに事欠くようになってしまったのだという。祖父が役人に連れていかれる理由があるとすれば、それはデライト石を掘り出す職人集団の頭的な存在だと言う事だった。


「そう言えばデライト石は採掘が難しい希少品だったな。一体何が難しいのだ?」


「石に触れると魔法力を吸い取られるのだけどそれだけじゃないんだ。魔法力で満タンにならなければ次は生命力まで吸い取ってしまう」


「なるほどな。とすると、ある程度の魔法力を持つ者でないと採掘する事が叶わんか。しかも、1日でそれが出来る時間はかなり限られるはずだ」


「採掘出来る時間は魔法力ベストを着ればある程度延ばせる。でも、出来るだけ手早く上手に掘った方がいいに決まっている。爺ちゃんはデライト石掘りの名人と呼ばれているんだい!」


「その様な者を無理矢理連れて行くならば目的は明白だ。命を危険に晒させてでもデライト石の採掘量を大幅に増やそうとしているのか」


「クミン殿下、これは由々しき問題でございます。かの石の採掘はかなり危険な為、王国法で作業時間が定められております。また、石自体が貴重な為、その産出量も王国への報告が義務付けられているものです」


「つまり、それを密かに増産しようとするのであればどこぞに売り飛ばして莫大な富を懐に入れようとしている輩がいるという事になるな」


 長い耳だけを会話に向けながら遠くを見つめてつまらなそうな様子で茶をすすっていたファリスがその姿勢を変えずにポツりとつぶやく。


「レイクウッドが枯れた時と同じじゃ、これだから人間は……」


「おい、眼鏡女。先の城塞都市ボルスの何と言ったか、レッドドラゴンの餌になったやつといいこの地の者といい。バルディア王国の役人は一体どうなっておる?」


「初代国王アレグスト様による建国の志を知るクミン様に1000年後の失態をお見せしてしてしまい大変申し訳ございません。人事は宰相のフラマタルが握っておりまして、いやフラマタル様が握っておりまして私ごときでは何ともかんとも……」


「黒幕の臭いしかしないのだが何者だ?」


「アレグスト教の最高位司祭の1人でして、勇者アレグスト様の意思を現在に伝えて政をするのに最も相応しい人物にございます」


「ほお、神に近しい存在になっているのか。あの男は……」


 アレグスト教について眼鏡女から説明を受けた。魔王が討伐され魔物が数を減らし始めたのもあったせいか、アレグスト以降に勇者の能力に目覚める者は発現しなかった。そのままでは貴き勇者の有り様まで失われてしまうと考えられ、500年ほど前にそれを後の世に脈々と伝える為に作られたのがアレグスト教らしい。その歴史の中で最も勇者アレグストの有り様を理解したとされるのがフラマタル。それを以て宰相に抜擢されたとの事だった。


「一体、誰が見極めたのだろうな?」


「何の事にございます?」


「フラマタルが勇者アレグストの有り様を理解したなどと。実物のアレグストを知る者なぞ、もうこの世におらぬのだろう?おかしな話だと思ってな」


「……」


 1000年後の世を知りたい時は眼鏡女に問えば大抵は満足のいく答えを得る事が出来た。しかし、今のは俺が尋ねてしまったのが間違いかもしれない。その答えなぞ、誰も持ち合わせていないと思いながらつい口からこぼれ出てしまったものだった。


「ところでだ。おい、ガキ。悪巧みをしているのはどんなやつだ?」


「旧魔王城司のベルステンさ。役人の割に夜な夜な派手に大金をバラまくほど遊んでいるってみんな噂している。絶対、デライト石をどこかに売り捌いているはずだ」


「眼鏡女、そいつの事を何か知っているか?」


「これと言った功績も思い出せなければ悪行も心当たりもありません。何と言うか印象が薄いのが特徴です」


「そういう者ほど悪行の手先使いには丁度いいか。まあよい。俺の時酔いを治めるにはデライト石を手に入れねばならぬが、それにはこのガキの爺様を救い出さねばならんようだ。そのついでに王国の掃除をしてやる」


 そう言いながら、ふと顔が緩んだしまった事に気付いた。幼き頃、何かをしでかして勇者アレグストと呼ばれた男に叱られた後は決まって罰として城内の掃除仕事があたえられた。何の因果か知らぬがその男がが興した国が1000年を経て生じさせた汚れの様なものを拭いてまわる道中になってしまったのである。無意識の内に苦笑いというものが起きるのも当然だろう。

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