第18話 魔王城地下洞窟

 1000年以上前。勇者アレグストのパーティが魔王城へ突入する際に使った道。城を支える台座の様になっている岩場を密かに掘り続けて造ったという人工の洞窟、それが現在のデライト石採掘場となっていた。その入り口を遠くから望める場所で厳重に警備をしている兵士達の配置を確認する。


「殿下、ざっと30人はおります」


「バカか、これだけあからさまに守りを固めては奥で何かをしているから邪魔されたくないと看板を掲げているようなものだ」


「クミンとルディナスの2人でかかれば一瞬じゃな」


「ファリス、お前だけ楽をしようというのか?」


「仕方ないじゃろ! 妾の癒やしのチカラを当てればあやつらは廃人じゃぞ?」


「癒やしのチカラで人間の精神をぶっ壊してしまうとは、つくづく何なのだそのふざけた術は!? 強い魔法力があるなら1000年の間に魔法の1つも使える様にしようとは思わなかったのか?」


「聖繭の衣、最強。聖繭の衣が世界を救う。それが妾の目指した理想じゃ」


「だめだ……、いよいよお前と話すだけで精神をやられそうになる」


「お2方ともお静かに、気付かれては面倒にございます。突入するにしても、1人でも逃してしまうと奥のベルステンに報告が届いてノットン君のお爺様達を盾にされるかもしれませんので一気に方を付けた方がいいでしょう」


「おい、ガキ。洞窟の中のどの辺りが採掘場になっているかわかるか?」


「うーーん、おいらの魔法力程度じゃまだ危ないらしいから入った事がないんだ……」


 デライト石に触れるとと魔法力を吸われ、それで満たし切れなければ次は生命力。洞窟のどこにその原石が埋もれているかわからないのだから無闇やたらに坑内を動き回るのは得策ではない。最短距離で確実に目的地に辿り着くにはどうするか?どうやら眼鏡女も同じ事を考えていた様だが、俺と少し違っていたのはその先まで辿り着いていた事だった。額に右手の人差し指の先を当てながら口を開く。


「ここは、警備の者に捕まってしまいましょう」


「捕まるだと、どういう事だ?」


「ベルステンの悪事を糾弾する住人として警備の者達を批難するのです。そして、か弱い住人は捕らえられて処遇を決められる為にベルステンの下まで連行される」


「ほう、やつらに道案内させるか」


「全員捕まってしまうと後々面倒な事にもなりかねませんので、のこのこ出ていって捕まるのは1人にしましょう。その方が警備の者達も侮ってくれるでしょうから都合がよいかと」


「ほうほう。で、捕まるお間抜けさんはクミンか? ルディナスか? それともノットンかの?」


「それは警備を蹴散らせないファリス殿にございます!」


「ぬっ?」


「理由は他にもあります、これはファリス殿にしか果たせぬ役目なんです」



 それから程無くして、洞窟入り口前に躍り出たファリスは散々にベルステンの悪事を喚き散らしてそこそこに抵抗して捕まった。縄をかけられても騒ぎ続ける少々手の焼けるエルフをベルステンの下まで送り届ける為、5人の兵士が隊列を組み洞窟の奥へと消えて行く。もとより30人いたところで全く問題はなかったのが、一気に片付ける手間は少々楽になった。眼鏡女は城塞都市ボルスで披露したのと同様の瞬間昏睡を放った。少しはウォーミングアップするつもりでいた俺の出番はついぞなかったのである。


 ファリスの追跡は俺と眼鏡女の2人で行う、生命力まで吸われる恐れがあるという場所柄もあって足手まといになりそうなドワーフのガキは置いてゆく事にした。最初は頑強に同行を求め最終的にはグズッたものの眼鏡女の説得で収まった。こういう時、年上の姉様的な位置からの物言いに年端のいかない男子は弱い。少々身に覚えのある光景だったかもしれない。



「なるほど、考えたな。これならファリスが連れて行かれる先を追尾出来る」


 眼鏡女がファリスに指示していたのは、出来るだけ効力を抑えて聖繭の衣を発動するという事。更に、その際は袖に忍ばせた野草の種をこぼしながら歩いてもらう。ファリスから遅れる事数分で洞窟に突入、眼鏡女が地面に向かって速度の上がる魔動器杖を使用すると目の前で野草がするりと伸びた。特に分かれ道に差しかかった際にはこの道しるべを大いに頼もしく思ったものだった。野草の追跡が暫く続いたところで、足の裏を軽く引っ張られる様な感覚を覚えた。


「クミン殿下、足下にデライト石が埋もれているようです」


「目に見えぬ小さな穴の開いてしまった風船の様だな。魔法を使っていないのに足の裏から僅かに抜けていくのがわかる」


「触れると吸われるという事にございますが、靴底程度であれば簡単に吸引が通ってしまうのですね。とすると、大量に埋もれている所ではその場にいるだけでも危のうございますね」


 それから程なくにして、行く先にいくつもの灯りが見えた。魔動源で光を発する道具の明かりの中に幾人かの人の姿が浮かび上がっているのを確認した時、ファリスを送り届けたと思われるベストを羽織った5人の兵士がそそくさと引き返して来た。長居して生命力まで削られてしまうのを防ぐ為だろう。この場で騒々しい事は出来ない為、眼鏡女を担いで跳び上がり洞窟の天井に張り付いてやり過ごす。


(ここにも石が埋もれていそうだな……。)


 そして、出来るだけ近づいて岩場の陰からベルステン達の様子を伺う。内1人はファリス、他はベルステンの一味という事になるが頭目のベルステンを特定するのは実に簡単だった。衣服の至るところに宝石を付けているせいで魔動源の灯りを受けて身体中がチカチカと点灯していたのである。夜な夜な大金を使う遊び好きと聞いた。十中八九、その者がベルステンで間違いないだろう。


「このまま魔法の一撃で始末した方が早そうなところだが」


「果たして、狙ったところに真っ直ぐに届くものでしょうか?」


「そういう事だ」


 そこら中に魔法力を吸い取るデライト石が埋もれているはず。それが魔法として発現した物を吸い込む可能性もある。そうなってしまった場合、こちらは潜んでいる事をわざわざ派手に教えてやるだけの間抜けになってしまうのだ。それにドワーフのガキの祖父とやらの採掘師達の姿が見えない、洞窟の更に奥の方で作業をさせられているのだとしたらベルステン達から居場所を聞き出す必要がある。一気に間合いを詰めて捕らえてしまうのがいいだろう。そう思った時、ふとベルステン達の姿格好が気になった。一見、鎧を着こんでいる様に見えるのだがただの鎧というわけではなさそうだ。表面から薄く青白い光を放っている。そして、背中の辺りに1本の管がついていた。


「おい、眼鏡女。あの奇妙な鎧は何だ?」


「初めて見る物にございます。ただ、あの光り方を見るに何やら魔動源を利用出来る魔動器の類ではないかと」


「そうか。先ほどの兵士達が生命力まで吸われるのを恐れて慌てて引き返してきたが、あいつらはこの場にずっと留まり続けているのであろう。俺達の魔法力ならばそれなりに耐えられるだろうが、あいつらに大した魔法力がある様には見えん。もしや、それとあの鎧に関係があるのか」


「あの管を通して魔動源を補充しながら常に鎧の中にそれを満たしているとしたら、補充が続く限りであれば魔法力を吸われ続けても生命力が吸われるに至るのを防ぐ事が出来ます」


「ざっと見て5人はいるな。それに、あのガキの祖父たちの分もあると考えると中々の量の魔動源ではないのか?」


「はい。滞在時間にもよりますが、あの者達はデライト石を極限まで掘りつくそうとしているのですから相当な量を用意していると思われます。ただ、洞窟内に街で使う様な巨大な魔動器を運び入れるのは無理でしょうし、小さな物を大量にというのも中々現実的ではありません。一体どうしたものか?」


「ともかく、やつらの管を切ってしまえば終わりだ。後は吸われるのが生命力に達する前にガキの祖父の居所を白状しろ、そうすれば助けてやると脅す。これでいいな?」


「ベルステンは曲がりなりにも王国に仕える者にございます。まずは王家の紋章の下に平伏せさせて事の子細を白状させましょう。国王の側近である私の立場ではそう申し上げる他ございませんので」


「ふむ、力で屈服させれば手っ取り早いものを。実に面倒な世になったものだ」


「それでは魔王と同じにございます」


「結局、勇者アレグストと呼ばれた男も力で魔王を討ったのだから同じ様な存在だな」


「ご子息が口にする事ですか……」


「まあ、いい。あまり長居も出来ん、お前の言う通りにしてやる」

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