第19話 魔物とは……

 地面を蹴ってベルステン達と捕らわれのファリスとの間に割って入る形で一気に躍り出る。


「ファリス、捕まったふりはもういいぞ」


「妾に虜囚の辱めを受けさせるとはな、この代償は高くつくのじゃ!」


 ベルステン達の目には急に俺が沸いて出た様に見えているはずだ。明らかに驚きを隠せないといった様子で口を開けたままこちらを見ている。こういう時、人の言う事は大体決まっている様に思える。


「きっ、貴様は何者だ!?」


「そうだな、魔王だ」


「なっ、何を言っておる!?」


「殿下、魔王を名乗るのはもうおやめくださいませ! 者ども、こちらにおわすはバルディア王家の王族にあらせられるぞ!!」


 眼鏡女は懐から薬入れを取り出して王家の紋章をベルステン達に見せつけた。その瞬間、僅かに驚愕の表情を見せたベルステン達だったがすぐに襟を正してその場に跪いた。


「お忍びの旅の道中故にその名を明かす事は出来ぬが王族であるのに疑いは持つまい。ベルステン、不正にデライト原石を採掘する理由を王家の紋章の前で正直に答えなさい!」


「……」


 採掘師達を強引に採掘場に連れて来た。その行為だけで目的は明白であり、どの様な理由を捻りだして並べてもまともな言い訳にはならないだろう。ベルステンは頭を垂れたまま何も言葉を発する事無く震えていた。そのまま無為な時が暫く流れるものと思ったが予想通りにはならなかった。俺はベルステンを少々侮っていた様だ。


「確かに規定を越えるデライト石を掘り出しましてございます」


「ほう、素直に認めるとは殊勝な事だな」


「これを売り捌けば相当な金額になりまする。殿下のお立場はよくわかりませぬが、王族であるのならば一つ提案がございます」


「回りくどくて何が言いたいのかわからぬ。取り敢えず提案とやらを申してみよ」


「王族に列せられる中の1人。殿下はその様な立場で満足でしょうか? どうせなら王になって王族を従えてみませんか? 叛乱を起こす軍資金をご用意致しましょう」


 悪事の言い訳をせず、更なる悪事の企みを捻りだして王族を巻き込もうとした。どこまで本気で叛乱を起こす気でいるのかは知らぬ、突飛な話で俺達の意表をついて次に何をすべきか考える時間を稼ぎたかっただけかもしれない。少なくとも言えるのはベルステンは思っていた以上に狡猾な人物だった。


「なるほど。そっくりそのままではないがお主の申し出を受けさせてもらおう」


「殿下! 何を仰っております!?」


「そこの臣下の御方、主が申し出を受けると言っているのですから異を唱えるのは不敬というものにございませぬか? では、このベルステンめは殿下の家臣として早速売却の準備に取り掛からせて頂きまする」


「待て、デライト石は確かにもらい受けよう。しかし、貴様を家臣にするつもりもなければ売却の手筈を命令する気もない。貴様の身柄は王都の然るべき所に送り付ける!」


「なっなんと!! えぇい。 王族だろうが構わん、こやつらを殺せ!」


 ベルステンの命令で兵士達が腰の鞘から剣を抜いた。しかし、俺は抜くより早く飛び上がって宙返りしながらベルステン達の背後に着地するのと同時に背中の剣を鞘走らせる。一刀で5本の管を切断し、返えし様に残りの5本を切り落とした。その時、僅かながら剣を握る両手に違和感を覚えた。


(なんだ? 肉を断ち切った様な感触だった)


「ぐおっ! これでは生命力が吸い取られてしまう……」


 管から魔動源を得ていたベルステン達の動揺ぶりを見るにその見立て自体は間違っていなかった。しかし、誤っていた部分もあったのだと予感させるものが耳に押し寄せてくる。


「ギャァァァァーーーースッ」


 それは何かが悶え苦しむ様な悲鳴に聞こえた。俺はそれが何かを知らぬのだがベルステン達は知っている様子だ、明らかに表情が引きつり始める。


「まずいぞ、尻尾を切り落とされた痛みで抑制を受け付けなくなり暴れだすかもしれぬ……」


(管ではなく尻尾だと? あの手触りはそういう事だったか!?)


 間もなくドシンドシンと地を踏みつける音が近づいて悶え苦しんでいるものが2体姿を現した。


(ヒュドラか。だが、これはブレイブスクエアとやらにいたものではないのか?)


 その身体には王家の刻印と割り当て番号が刻まれていた。それならば見た目は魔物でも決まった動作を繰り返すだけのただのおもちゃなのだが、目の前に現れたやつらはそう見えないほどにいきり立っている。


(これは本物の魔物だぞっ!!)


 それらが横行していた時代に戦った事がある俺の直感がそう告げている。8つの頭をくねらせ大きく開けた口元から唾液を垂れ流していた。ただの管だと思って俺が切った尻尾5本分、その痛みと格闘した末の姿であろう。2体のヒュドラはそれぞれ自身の尻尾が繋がっている者達の方へ突進し始めた。まず最も不運な兵士が踏み潰され、次に運の悪い者は長い首に巻き付かれて締め上げられた。


「ひいっっ! こっちへ来るな!!」


 喚き散らすベルステンだったがヒュドラが人間の言葉を解するわけがない。もし解したとしても足を止めてくれる事はないだろう。ヒュドラは俺とファリスの脇を素通りする様にかの一味のみに向かっていった。


「クミン殿下! もしかすると、自身の魔法力を感知して自分の尻尾と繋がっていた者だけを襲っているのかもしれません」


 眼鏡女が言う様に2体のヒュドラがターゲットにしている者ははっきりと分かれていた。それにしても、こやつらは尻尾を鎧らしきに物に繋げる事でヒュドラから魔動源を得ていた事になる。魔動人形?はたまた本物の魔物?それはわからぬが、ただの小悪党にしては随分な装置を用意出来たものだ。


「殿下、少々違う展開になってしまいましたが、色々と尋問せねばならぬ事が増えましたので必ず生かして捕らえて下さいませ」


「そうだな。本当はデライト石に生命力を吸われそうになっているところを脅して無理矢理に従わせるのを楽しみにしていたのだが、こうなってはそれは諦めるか」


「作戦じゃなくて、趣味でしたか……」


 ベルステン達をヒュドラから救ったとしても、今度はデライト石による生命力吸収で命が危うくなるかもしれない。それに俺達にも滞在可能な時間に限りはある。ここはあまり長々と時間をかけている場合ではなさそうだ。


「俺は右のをやる。ファリス、左のを頼むぞ」


「では、レディファーストでいかせてもらうのじゃ!」


 その言葉を用いて行われるには似つかしくない現象が起きた。聖盾を発動させたファリスが無造作に駆け出し高く跳ぶ、そのままくるくると回転すると青白い光の尾を引いたままヒュドラの背の辺りに落ちて行った。その瞬間、ヒュドラは粉々に砕け散った。


「吸い尽くさせてもらう!」


 ヒュドラに向かって駆け追い抜き様に轟剣ヴァジュラを発動し青白い光を放つ巨大な刀身で横腹の辺りを一突きにした。ヒュドラの皮膚がボコボコと凹凸し始めミンチ状になりながら刀身に吸い込まれていくとファルシオンは黒い光を放ち始めた。ヒュドラを吸ったばかりの剣の切っ先をベルステンの鼻先につきつける。


「ひっ、ひぃっ! 魔物をあの様に一撃で葬ってしまうとは本当に魔王なのか!?」


(魔物か。魔動源で動いているはずのおもちゃをそう呼んだか)


「デライト石の採掘師達はどこにいる!? 悪党とは言え石如きに生命力を吸われて死ぬのも嫌であろうから、俺には斬り捨ててやる優しもあるぞ」



 ベルステンと一味の生き残りをを縛り上げファリスに洞窟の外に連れ出すように命じると、眼鏡女を伴ない洞窟の奥へと進む。ベルステンの口から引きずり出した話通りの場所に採掘師達はいた。監視役とおぼしき者もいたのだが、ベルステンが身に付けていた宝石をはぎ取っておいたものを放りつけると事の次第を全て悟った様で抵抗はしなかった。そして、その空間にはやはりヒュドラがいて尻尾で彼らの鎧と繋がっていたのである。先の戦いで始末した暴れ狂ったものとは違い、それはとても穏やかに佇んでいた。

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