第20話 魔王の呪い

「爺ちゃーーーーん!」


「おぉ! ノットン」


 大量のデライト石を独占しようと企てていた旧魔王城司ベルステンにより拉致同然に連れ去られ、果断なき採掘作業を強いられていたノットンの祖父が孫との再会を果たした瞬間であった。その様子を何やら感慨深げに眺めているファリスがいた。


「強い絆で結ばれている2人が離れ離れになってしまい、再び顔を合わせる。再会とは実に素晴らしきものじゃの。クミンもそうは思わぬか?」


「出来ればそう願いたいものだが、1000年ぶりのファリスとの再会は地獄絵図だったな」


「事情を知らなかったのだ仕方がないじゃろ!」


「ところでだ。おい、眼鏡女、今回は随分と王都の連中の反応がいいものだな?」


「えぇ。いくら王都が近いとは言えベルステンを捕縛する為に近衛憲兵団がこんなにも早く派遣されてくるとは驚きにございます。デライト石は生活を支える礎の様な物にございますので重大な事件と認定されたのでしょう」


「それにしても早すぎではないか。準備もよすぎるぞ」


「以前からマークしていて、後は証拠を掴むだけだったと隊長は申しておりました」


「ふむ。しかしな……」


 ブレイブスクエアで遊具として使われていたはずのヒュドラの姿をした魔動人形が本物の魔物の様に人を襲った件。魔物の様というか魔物そのものと感じた。それについて色々と問い質したい事はあったのだが一刻も早く王都に連行して事実調査をしたいという憲兵団に身柄を抑えられてしまった為に機会を失ってしまった。


 王国が定めた法に則って裁きを行うという事に関しては王族よりも然るべき役職の者の権限の方が上をゆく。それが俺の知る生まれたてのバルディア王国とは違う1000年後の王国だった。不正への加担者としてノットンの祖父たちを尋問したい様子だったが、脅されて命令に従わされただけの被害者である事をこの目にした俺達が証言しそれを防いだ。強い反応を示したのは「証人として出るべき所に出てもよい」と言った時だ。どうも俺を証人として一件に関わらせたくない、面倒な者を遠ざける為に祖父たちの方は諦めた。一連のやり取りで微かにそう感じさせる違和感を覚えた。



「旅のお方、どうお礼を申し上げていいやら。改めましてノットンの祖父、ゴットンにございます」


「いえいえ。私はドルティア商会の執事ナスルデにございます。こちらは当商会の代表ミンク、そして副代表の・・」


「副代表、そしてミンクの妻であるルファスじゃ」


「おい、どさくさに紛れてお前という者は!?」


 すかさず眼鏡女が割って入ってきて小声で耳打ちする。


「名前と身分については色々と面倒なので心苦しくも偽る他ございませぬ。どうせ全て嘘なのですから細かい事はお見過ごし下さいませ」


「ぬぅぅ……。仕方ないな」


 ベルステンから聞き出せない以上、今はゴットンが知る限りの事を得るしかない。デライト石を採掘する際、洞窟の入り口に魔動源を用意し管でジバイト葉腋を流して奥の方まで届ける。その管の繋がった魔法力ベストを着用し、少しでも滞在時間を延ばすのが採掘師たちの常識らしい。その魔法力ベストを応用した上で大幅に時間を延ばそうとしたのがベルステンの採った方法だった。


「ベルステンに言われて最初は驚いたものですが、確かにいい方法でしたな。ブレイブスクエアの魔動人形ならば特上のデライト石を使っているので充分な量を供給出来る魔動源として使えます。しかも、自力で歩けるから奥まで運ぶ労力もかからない」


「尻尾を鎧に装着する際に暴れる様な事はなかったか?」


「いや、大人しいもんでしたよ。というか、ただの人形ですから決められた動作しか出来ないだけですじゃ。暴れるなんて動作は組み込まれているわけがありませんな」


「何でもいい、気になる事はないか?」


「そうですな~~。妙な男なのか女なのかわかりませぬがベルステンの傍らに全身黒い甲冑姿の者がおりましたな。その者が魔動人形に触って色々と何かをしていた様に思いますぞ」


「黒い甲冑? その様な者を俺達は全く見ておらぬぞ。何か他に特徴はないか?」


「寒い……、何かその様な印象を受けましたな。そう言えば喋っている姿は全く見た事がありませぬ」


 人の特徴を尋ねて真っ先に寒いと言うのは不可思議だ。黒い甲冑姿で一言も喋らないのであれば冷たいという印象を受ける可能性はあるが寒いになってしまったのはどういう事だろう。その者の存在が気にかかりゴットンに色々と尋ねてみたがそれ以上のものは得られなかった。ただ、魔動人形が魔物化したのと何らかの因果がありそうだ。


 ゴットンは急に何かに気付いた様に自らの懐をごそごそとまさぐった。そして、目当ての物を見つけた様子で微笑みを浮かべるとそれを握った手を差し出した。何かの水溶液で満たされた袋の中に拳2つほどで大きさで深い緑色の石が入っていた。ゴットンは顎をくいくいと前後に動かし掴み取る様に促した。


「助けてもらったお礼をどうしようかと思いましたが、しがないデライト石の採掘師にはこれしかありませぬ。お受け取り下さいませ」


「高価なものなのだろう。よいのか?」


「ワシにとって孫の顔を見るのだけが老い先短い日々の楽しみですじゃ。その楽しみが続けられる為の代金と思えば安いものじゃて」


 間近で見るとキラキラとした緑色の光沢を放つどこか気品すら感じさせる美しさを持つ石だった。魔法力を蓄えて人々の暮らしを豊かにする燃料へと変えた魔動源という技術。それを初めて可能にしたのがこのデライト原石の発見があったからだという。それでいて、人の魔法力はおろか生命力まで吸い込んでしまう危うい面も備えている。そして、魔動源の蓄積用の器として体内に備えられていた魔動人形が魔物と化して暴走するのも目の当たりにしてしまった。


「美しいものには棘があると言うが、これは棘どころではないな」


「しかしながら殿下、これがなければ人々の暮らしは成り立ちませぬ」


「1000年前にはなくとも成り立っていたのだがな」


「……」


 黙りこくってしまった眼鏡女。逆にファリスは我が意を得たり然として口元を緩めている。2人の対照的な反応は何に起因しているのだろう。魔動源の恩恵を受けている王国の人間、魔動源の乱用で安らぎの場所を荒らされた森の民。その違いなのだろうか。


「魔王の呪い、ではあるまいな?」


 勇者アレグストが魔王を討った事で人間はデライト石に辿り着いたと言ってもいい。魔王の足下にあった物をまるで戦利品でも得たかの様に我が物としている。その行いに対する抵抗、復活すると言葉を遺す様な魔王であれば危うい側面を仕込むくらいやってのけるのではないか。


「ふははっはっはっはっはっ!」


「殿下、急にいかがされました?」


 様々な想いを巡らせながらあの男の顔を思い浮かべた時、腹の底でうずく思いを抑えきれなくなっていた。


(勇者アレグストと呼ばれた男は余計な事をしたかもしれんぞ)

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