第12話 癒しの巫女

 巨木の頂きは雲の上、幹に螺旋状に備え付けられた何段あるのかおおよその見当もつかぬ石段を1段ずつ登らなければならない。とは言え、まともに相手していてはどれだけ時間がかかるものかわからない。そこで、1つの方法を採る事にした。


「よし、いくぞ! 俺の背につかまれ」


 眼鏡女の魔動器杖で速度を上げる魔法をかけさせ、そこそこ全力に近い速度で1段ずつ駆け上がる。実にシンプルすぎるが、この状況ではこれが最も早く頂きに辿り着ける最良の選択肢だろう。



 それを数えてしまったらきっと頭がおかしくなっていたであろう数の石段を経て、ようやくその頂きに到達した。最後の石段の脇に見える幹にはちょうど扉の様なものが備え付けられていた。恐らく中をくり抜いて住んでいるのだろう。扉に付けられた金具、ノッカーで叩いて訪問を告げる。


「ふぁ〜〜。あんな石段を登ってまで妾を訪ねてくるとはとんだ物好きもおったものよのう〜〜」


 扉の奥からアクビをしながら出てきたのは薄紫の髪を腰の辺りまで伸ばした美しい少女だった。それは人間に置き換えた場合の見た目の話であり、相手がエルフである事を考えるとすっかり成熟した大人の女なのだろう。随分と落ち着いた様子であったが、それは一気に崩れ始めた。


「おっ、お主は……。クミンではないか!?」


「ん? 確かにそうだがなぜ俺を知っている?」


「私のクミン! いや……、おのれぇぇぇぇぇぇーーーーーー!! よくも抜け抜けとなぜ知っているなどと尋ねられたものじゃの? 知っていて当然じゃ!」


「なんの事かさっぱりわからぬぞ……。とりあえず落ち着け!」


「妾に指図出来る立場か!? 妾の全てを奪った男が今更どの面下げて訪ねてきたのだ!? 1000年遅いのじゃ!!」


 それは山の天気ほどの変わりよう。晴天からの激しい土砂降り、おまけに雷まで付いて来てしまった様なエルフの激昂ぶり。俺がクミンだとわかった瞬間がその変わり目だった。


「待て! 俺がお前の何を奪ったと言うのだ!?」


 取り付く島がない、怒る理由を尋ねる暇もあたえられなかった。バタンバタンと何かが閉じる様な音が響き始めると、足下の石段が傾いた。螺旋状の石階段は石のスロープへと姿を変え、俺達を流し込む様に巨木の根元まで送り返した。


「殿下、取り敢えず1つだけ解けた謎がありますね」


「バルディア王族を受け付けなくなった原因は俺、らしいな……」


「全てを奪ったなどと申しておりましたが、どんな酷い仕打ちをなされたので?」


「知らん! そもそも俺はあいつに会った箏がないのだから何も奪えまい」


「それにしても殿下の時酔いを治せるかもしれない方があの様子では困りましたね」


 眼鏡女が見て取ったところによると、レイクウッド枯れ地にあってたった1本だけ巨大に育った木は癒やしの巫女による加護の影響だろうとの事だった。そういう事もあるものか、と思いながら巨木をまじまじと見つめていると。


「殿下! これは!?」


 眼鏡女は根元の辺りの1点を指差している。そこにあったのはタコだ、正確にはナイフで幹を削りながら描いた様なタコの絵だ。眼鏡女は懐から薬入れを取り出して王家の紋章であるタコとそれを見比べていた。


「もしや……、あいつは!?」


 1000年、それと数年前に起きた出来事を朧気に思い出し始めた時の事だった。ドスンドスンと地鳴りの様な轟音が辺りに響き始める。そして、姿を現したのは6本脚で歩く巨大な虫だ。ただ、どことなく漂う魔法力を感じ取る事が出来る。これは魔物だ。ただ、1000年前の世で魔王が従えたものの中にこの種を見た覚えがない。背中の剣の柄に手をかけて突進してくるそれに備えようとしたのだが10歳の身体なのを忘れていた。そもそも剣を抜く事すら難しい。


「おい、眼鏡女。今はすっかりと魔物が姿を消した平和な世ではなかったのか? またぞろ出てきたではないか」」


「あわわわっ……、一体何がどうなっているのかわかりませぬ! 魔王討伐の後、数百年で魔物が完全に姿を消したとの記録に間違いはないはずですが……」


 眼鏡女は完全に腰を抜かした様子で目を白黒させていた。先祖である賢者パルティスから受け継いだアキレスの眼鏡のチカラを使わせるつもりでいたが、それが出来る状況ではなさそうだ。初めて見る魔物、眼鏡で弱点を見破っておけば対処も変わってくる。今は取り敢えず眼鏡女を担ぎ上げて1撃目を避ける他ないだろう。次の攻撃に移った瞬間に切り刻んでやればいい、10歳の身体を鍛え過ぎた身体能力で上手く扱えればの話だが。飛び退ってその挙動に入った時の事だった。


「ん? 違う、やつの目当ては俺達じゃないのか」


 虫の魔物は巨木に頭突きを見舞うと、幹の裂けた部分をかじり始めた。バキバキと音を立てて貪り食っている。


「巫女様によって癒やされている巨木でございますから、相当な栄養価かもしれません」


 担がれた格好のままで眼鏡女がそう俺に告げた。あのまま食われ続ければ巨木が自身を支える事が出来なくなり倒れる。その時、あのエルフはどうなるだろうか?俺は足下に眼鏡女を下ろして剣を抜き放った。


「コォォォォォラーーーー! 落とされたからって腹いせに思い出の柘榴の木を切り倒そうとするとは何事じゃ!!」


 その時、頭上の空気を真っ二つに切り裂くかの勢いで怒声が降ってきた。少々遅れて全身が青白い光に包まれた姿で先程のエルフが頭から落ちてきた。地表に近づいたところで、そいつも自身の勘違いに気付いた様子だ。


「木を切り倒そうとしているのはこのクミンではないぞ。食い意地の張ったその虫だ」


「そっ、そんな事は言われなくてもわかっておるのじゃ!」


「お前、とんでもない速度で落ちてきているが着地はどうするのだ? そのままで死ぬぞ、手を貸そうか」


「お主の助けなぞいるものか!!」


 一瞬、凄まじく恐ろしい表情で俺を睨みつけるとキリリとした鋭い眼差しで虫の魔物を見据えた。高速で落下してくる存在に気付いた魔物の方はと言えば、身をもたげ6本の脚の内の右前脚を突き出した。そのままエルフが突っ込めば硬い爪に串刺しになってしまうだろう。しかし、エルフはそんな事など気に留める様子もなくそのまま頭の先から飛び込んでいく。バギンッ、魔物が突き出した右前脚は頭突きの直撃で折れ飛んだ。ドスンッ、エルフはと言えば着地の為の受け身を何一つ取っていなかった様だ。魔物の右前脚を砕いた勢いを一切緩める事なく頭の先で地面に突き立っていた……。


「あわわわわっ、殿下! 癒やしの巫女様は大丈夫でしょうか?」


「助けはいらんと大見栄を切っていたのだから大丈夫なのではないか。それよりだ、あれを癒やしの巫女などと呼び始めたのはどこのどいつだ? あれでは破砕の魔女ではないか!」

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