第26話 王国の盾、そして

 空間に現れる黒い穴はその数をどんどん増やし、その数と同じだけの魔物を吐き出した。それらはブレイブスクエアと王都レイダートを結ぶ海上の一本道に降り立つと脇目もふらず王都へと突進を始めてゆく。ただの行進する魔物の群れを目撃したのであれば対応が変わったのかもしれないが、突如現れる黒い穴から続々と沸き出す光景に驚愕し、完全に出遅れてしまった。


「しまった……、魔動器杖が……」


 眼鏡女は先の一戦で見せた杖の陣形を展開しようとしたが、充填作業を終えたばかりで自室に置いたままである事に今気付いた様だ。


「ファリス、魔法力はどうだ?」


「むぅぅ、さっきデライト原石に注入が終わったばかりじゃからそれほど残ってはおらぬ……」


 俺自身は魔法力自体には余裕がある。ただ、デライト幻夢を見る為に石に残った魔法力を体内に採り入れてしまった影響が出ているのかもしれない。頭の中がもやもやする感覚が少し残っていた。


 それより。まずはファリスの癒やしの魔法力が込められたデライト原石で身体を16歳に戻す試みをしなければ何も始まらない。ジバイト葉腋に浸された石を手に取り握りしめるとほんのりと手の平に温もりの様なものが伝わってくる。先ほどまでは目の前にいるファリスを見上げていたはずが次第に視線の交わりが平行に近づき始める。そして、ファリスの身長が縮んでいく様な感覚に変わった。


「おぉ。クミン、食べ頃に育ったの~~。どれどれ味見を!」


 ファリスは好奇の表情を浮かべて俺の腰の辺りを眺めていた。そこで気付いたのだが急激に身体の大きさが戻ったせいで子供サイズの衣服は完全に破れてしまっていたのだ……。


「ファリス! 色づいている場合ではない。眼鏡女! 何でもいいから羽織る服を探して持って参れ」



 魔王城に備えられていた黒い法衣をまとい身支度を整えた。


「俺が魔物の群れを追い越して先頭を抑える。ファリスは黒い穴から出てくるのを片っ端から潰せ! 眼鏡女は杖の陣形の準備が整い次第、長く伸びた群れの横腹から仕掛けろ!」


 聖繭の衣を発動し青白い光に包まれたファリスが飛び上がり黒い穴から魔物が飛び出した瞬間に砕く。しかしながら1体潰す間に黒い穴は10、20と現れ魔物を放出する。焼け石に水程度の効果にしかならなさそうだが、何もしないよりはマシだろう。魔物どもの頭を抑えて王都の壁となるべく跳んだ瞬間の事だった。


「あいつ、何をする気だ?」


 王都側から駆けてくる騎影が見える。この時代に来てからというもの、騎馬に代わって魔動源で動く魔動車に乗って移動する者の方が圧倒的に多かった。騎乗する者を見かける機会は限りなく少ない。


 馬上の男は馬の速度を落とす事なく魔物の先頭集団へと到達した。そこで背中に収めていた棒の様な物を取り出すと縦横無尽に突き、薙ぎ、振り下ろし始めた。集団の最前列にいたオーク達の顔が弾け飛び、胴が両断される。男の振るう棒に僅かばかりも抗う事を許されず、魔魂晶だけを残して消えていった。


「馬上で武技とはやるではないか。それにしても妙な武器を使う、光の両刃長刀とでも呼ぶべきか」


 男が手にした棒の両端からは青白い光が輝き溢れ出て実体を持たぬ刃を形作っていた。それが大きく伸びては遠くのオークの頭を砕き、近くにいるものの胴を突き通す。遠近両用、死角のない武器と思えた。


「あれは、フラマタル!」


 そう言ったのは城の自室に戻り背負った籠に魔動器杖を詰め込んで戻ってきた眼鏡女だった。


「宰相の名だったな。それが自ら矢面に立つとはな。それに、司祭とか言うからてっきり魔法を放つ様な魔動器を使うものだと思ったが」


「アレグスト教の司祭は全てあの様に武具の姿形をした魔動器を扱います。いざ戦いという場合は、最前列にその身を置き友の盾とならん、教団の教義だそうです」


 フラマタルの突進は激烈を極めた。黒い穴から出てきた直後の魔物を消し続けていたファリスもついにはその手を止めて、恐るべき光の刃が描く魔物達の爆散していく光景をただただ眺めていた。


 宰相が相手をする魔物はガーゴイルへと変わっていた。青白く発光する靴も魔動器の類か、それで地面を蹴ればガーゴイルのいる上空まで跳び上がるのも容易なものらしい。宰相が跳ぶ度に上空のガーゴイルは少しづつその数を減らしていく。


「フラマタル宰相様、万歳! アレグスト教団のなんと強き事よ」


 その頃。王都側の橋の上には騎士や兵士たちの姿が溢れていた。最前列に巨大な盾を持つ重装の騎士達が立ち並び、その後ろには魔動銃を構えた隊列が出来上がっている。そして、その後方には魔動器杖を構えた法衣姿の者達が控える。1000年近く魔物と戦った事もないはずなのだからその実力のほどはわからぬが、魔物の群れを迎え撃とうという王国軍の姿勢だけは整った様である。


「このフラマタルは勇者アレグスト様の教えに導かれ、バルディア王国の盾とならん!」


 魔物の一群の前に立ちはだかり身を大の字に開いた宰相の堂々たる宣言を聞いて王国軍から歓声があがった。


「……色々と完璧すぎるのではないか。特に魔物に突っ込んだタイミングが絶妙過ぎるぞ」


 勇者の教えを受け継ぐと自称する者の様子をしばらく黙って眺めていた俺の口から自然とこぼれ出た感想がそれだった。それがなぜかはよくわからない。だが、こうして確かに感じる違和感は何なのだろう。勇者アレグストとフラマタルで決定的に違う事と言えば……。


「そうか……。勇者だったあの男はあれほど勇者について語らぬ。ちゃんと語ってくれていれば俺は今の俺になっていないのだからよくわかる。あの宰相は勇者アレグストを少しも理解出来ておらぬぞ!」


 俺の胸の奥にかかっていた靄の様なものが晴れた時。あれほど勇猛に強健ぶりを見せていた宰相が突如崩れ始めた。魔物の群れに押されるかの様にじりじりと王都の方へ向かってさがっていく。しかし、その負け方に何か作為的なものを感じずにはいられなかった。


「あいつにはまだ余力があるはずだ。何を考えている!?」


 生じた疑問の答えはすぐにフラマタルが用意してくれた。


「くっ……。やはり、非力な我が身では勇者アレグスト様の全てを体現出来ぬ様です。王国の盾だけでは魔物を防ぐにも限界がある。王国の矛、甦りし勇者様お出まし下さいませ!!」


「何だと!?」


 次の瞬間、フラマタルの頭上の遥か上でキラリと輝く一閃が見えた。何かが落ちてくる?そう感じてから間もなくの事。フラマタルの身を焼き尽くすはずだったドラゴン達の炎の息が消し飛んだ。そして、瞬く間にドラゴンも蒸発した。それだけではない。王都へ迫っていた魔物の群れの半数以上が同様の目に遭っていた。


「あれが勇者だと!?」


 先程まで数百匹はいたであろう魔物達の塊。それらと入れ替わる様に漆黒の兜と鎧に身を包み、その上から黒の法衣をすっぽりと被った者が立っていた。

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