第27話 捻じれた立場

 宰相フラマタルは俺を指差して高らかに声を上げた。


「魔物どもの後ろに控えしあの者こそ復活せし魔王! しかし、我々には復活に備えて1000年も前より鍛え上げられた勇者クミン様がいる。者共、安心せい!」


「おぉぉぉぉーーーー! 勇者クミン様万歳!」


 王国軍から上がった歓声が波打つ様にこちらまで届いた。


「眼鏡女、この状況はどう言う事だ? 向こうにも俺がいる様で、こちらは魔王になっているぞ。まあ、魔王と呼ばれて悪い気はせぬが」


「そこで喜ばないで下さいませ! 私にも何がどうなっているのかよくわかりませぬ……」


「クミン、お主は度々魔王を名乗っておったのだろう? 自業自得じゃの」


 眼鏡女はしばらく思案していた様子だったが何一つ満足のいく答えは見い出せなかったようだ。大きく首を横に振ると俺の前に踏み出し、そのまま宰相の方へ向かって歩いて行く。


「フラマタル宰相……。いや、姉として弟に尋ねる! これは一体どういうわけですか!?」


(なんと! 眼鏡女の弟だと。つまり……、あれもパルティス姉様の)


「我が一族に国の大事の場で私を弟と呼ぶ様な姉はおらぬ。おのれ! 魔王め! 我が姉を捕らえて傀儡の如きにしていたとは卑怯な!」


「フラマタル、何を言っているのです!?」


「魔導師ルディナスは魔王に囚われてしまった! 勇者様、魔王を討ちあの不肖の魔導師をお救い下さいませ」


 眼鏡女は姉と弟の会話で解決を試みた様だが、それは完全に逆手に取られてしまっていた。魔王に囚われた名声高き魔導師ルディナスを憐れんで兵士達が魔王への憎悪を含んだ言葉の矢を打ち込んでくる。その間、不気味に身一つ動かさずにいた全身を黒の甲冑で包んだ者の身体から青白い光が溢れ始めていた。そして、次の瞬間には消えていた。だが俺には動きが見えていた。


 黒の甲冑が上段から打ち下ろした一撃を下から跳ね上げた剣の平で受け止める。その姿を消す程の勢いで踏み込みながら放ってきた斬撃、それは俺も思わず感嘆せずにはいられないほど鮮やかなものだった。剣の使い手として同じ期間の修練を積んでいたとしたらおそらく互角。


「クミン殿下、私も!」


 眼鏡女は懐に手を入れ魔動器杖を陣の様に展開させる軍扇を取り出して構えた。


「手出し無用」


「殿下、今なんと!?」


「手を出すな! 偽者を倒すのに本者が手助け求めては様にならん。ここは、あの黒甲冑と一騎討ちで方を付ける」


 半分は本心だが全てを語ったわけではない。眼鏡女の戦闘術は集団戦においてこそ真価を発するものだと先日知らされる事になった。俺も用心してかかる必要があると見た黒い甲冑の勇者らしき存在、はっきりと言えば足手まといだった。そして、魔法力が残り少ないはずのファリスも同様。


「ファリスもよいな?」


「うむ、よかろう。しかし、クミンよ。そんなに険しい表情をするとは……。お主、この状況を楽しんでおるな!?」


 その瞬間には口元が少々弛んでしまったのを自覚せずにはいられない。危うさを感じた時、なぜか胸の奥底で踊る物を感じそうしてしあう。それは幼き頃から変わらない、ファリスは約1000年ぶりにそれを見て取ったのだ。


(しかし、先程の一撃は似ている)


 黒甲冑の剣を頭上で真一文字に受け止めた姿勢のまま両手の肘に込める力を僅かに抜いてやった。力の均衡が崩れ黒甲冑が前のめり気味となったところの銅を狙って剣を下からえぐる様に斬り上げた。黒甲冑は神業とも思える速さで剣の天地を入れ替えるとその一撃を完全に受け止めて見せた。


(似ているどころではない。ふっ、同じではないか)


 黒甲冑がやって見せたのは勇者アレグストと呼ばれた男の体捌きと違わなかった。俺もそれを学んでいる。いつの頃からかそれとは違う身体の流れに変えようと意識的に努めてみたがうまくいかなかった。結局、時空の狭宮の中においても剣を握った際の動きはそれの延長線上にあったのだ。


(では、これはどうだ?)


 次の一撃にそれなりの重さを持たせて見舞うべく軽く呼吸を挟んだのだが、それで得た空気を思い描いた様に使う事は叶わなかった。黒甲冑は俺の剣を自身の剣で強く押し、その反動で跳び上がると左手を開いた。途端に目の前が赤く染まり紅蓮の炎で出来た滝が降り注いで来る。


(呼吸分だけ遅れたか)


 黒甲冑を跳ね上げて下から炎の柱を伸ばしてぶつけてやる、立ち位置は逆だが俺もほぼ同様の一撃を見舞うつもりだったが先手を打たれた為にそうはならない。急遽属性を水に切り替えて吹雪を発生させて迫りくる炎を散らしていた。時間無制限発動、俺の吹雪は発動しっ放しなので黒甲冑の炎が途切れた後も荒ぶり続けついにはヤツに届いた。並みの相手であればそのまま氷漬けになって終わるはずだが。


 バキバキと氷が割れる音が響き弾け飛んだ氷の奔流が俺目掛けて流れ込んできた。左の手の平を開き炎の渦でそれらを全て包み消す。シュウシュウと音がし辺りに蒸気が立ち込める。その中を黒い稲妻が走ったのを見てとった。黒甲冑の刃は俺の左胸を貫く位置に正確に打ち込まれていた。しかし、目当ての場所に切っ先が届くのを許す俺ではない。剣の平で受け流してあらぬ方向へ勢いを誘った。剣と剣の衝突による火花がお互いを掠めていた。


「さて、貴様は俺の何年分を引き出してくれるのだ?」


「……」


(ゴットンが申した黒い甲冑とはこいつで間違いないだろう。確かに寒い……と呼ぶに相応しい)


 俺が感じた寒さはゴットン以上だったかもしれない。黒甲冑の動きには迷いと言うものが一切ない、正確に身を守り最も正確に俺を殺しにくる。まるで人と戦っている様な感覚はない。太刀筋が同じなのも相まって鏡の中の俺と斬り合っている様なものすら感じさせられた。


「今の世の人々が古代魔法と呼ぶ物を貴様も使うとはな。どこで学んだ?」


「……」


 やはり返事はない。冷たく、うすら寒さを感じさせるままだ。


 踏み込んで一気に黒甲冑の背後に出る。刀身が右肩から入って腰の左から抜けるつもりで放った斬撃はすんでのところで後ろ手に持った剣に弾かれた。しかし、黒甲冑が完全に対応し切れたわけではない。もしそうであれば直ぐに切り返しの何かが飛んで来ていたはずだが、黒甲冑は俺の剣から発生する圧に抗う事に注力している様子だった。


 その圧を全く衰えさせず俺は左脚を蹴り上げた。それは黒甲冑の右脚の裏側をすくう様に吸い込まれ、奴の姿勢は大きく崩れた。速さ、力、全て奴の持てるチカラを凌駕しているはずのつもりで繰り出した攻撃は徐々に成果を生み出していった。黒甲冑は堪らず防御に全力を振り向ける。バランスを崩した事に抗わず、流れるままに身体を任せて空中で回転するとそのまま両手から風属性の魔法を放ち推力とした。


「その程度で逃げられるものか!」


 そこに追いすがって更に一撃をくれてやるつもりだったが、黒甲冑が飛んだ方向には魔物の集団がいた。ヤツがド派手に登場してくれた時に半分程度は吹き飛ばしていたのだが、出現が収まっていない為に辺りは魔物だらけと言っても過言ではない状況にある。黒甲冑はその中に飛び込む様にして隠れた為、姿を見失ってしまった。しかし、やがてキマイラの首を跳ね飛ばしながらこちらに向かって突進してくるヤツの姿が視界に入った。


(態勢と呼吸を整えるにしては不十分だったろうな。このまま押し切る)


 横殴りに放った斬撃で黒甲冑の胸骨に充分なダメージが入る、予定だった。しかし、現実ではそれを難なく左手の手掴みで押さえ込んでいる奴がいた。それどころかそのまま押し返し俺の剣の手前側の片刃で俺自身が切られてもおかしくない状況だ。


(対応してきたか!? だが、力も速度もこちらを上回っただと?)


 黒甲冑の放つ斬撃が次第に俺の身体を掠めていく様になる。当たりはしない、だが身を翻す俺の機動が完全に捉えられてしまっている事実は認めざるを得なかった。このままではいずれ掠める程度では済まないだろう。先ほどまでの動きとは明らかに違う、少々強くなったと言ってもいい。


(1000年分の全てを出し切るしかないのか。しかし、いきなりそこまでやって身体が耐えられるか!?)


 危うい雰囲気を感じてそれを楽しむのが俺だ。1000年前に経験した魔物達との戦闘でそこまでのものを感じる機会は数えるほどだったが、楽しむままに戦いを終えて生き残る事が出来た。


 だが今、黒甲冑と向き合いながら額から溢れて右の頬を伝わり落ちる冷たい汗を感じている。これは人生で2度目の事だった。全力で挑んだ末、完全に打ちひしがれる羽目に陥った勇者アレグストとの一戦、その残像が頭の奥を駆け抜けて行った。

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