第28話 決戦の果てに

(1000年分には遠く及ばぬ、その半分程度でこの消費量か……)


 剣を振りながらデライト原石から体内に取り込んだ癒やしの魔法力がぐんぐん減っていく感じがはっきりと感じられた。


(これ以上長くは続けられぬ……)


 金属同士のぶつかる音が弾ける。黒甲冑に刃が届いてはのだが、そもそも太刀筋が似ているせいか致命的な一撃となる直前に見切られてしまう。それでも救いと言えば黒甲冑の動きも鈍り始めていた事だった。ついに奴が大きく後方へ跳ねた。その先にはまたもや魔物の姿があった。


(いや、魔物の方からヤツに寄ってきた様に見えたが?)


 黒甲冑が魔物の群れの中に消える瞬間。腰の辺りから黒い鞭の様なものが滑り出ると波打って先端がヒュドラの身体に突き刺さった。するとヒュドラは真っ黒に変色した後に弾けて粉々に吹き飛んだ。黒甲冑は同じ様に数体の魔物を散らすと、鈍り始めていたはずの攻撃速度を取り戻して一気に俺の眼前まで舞い戻っては刺突を繰り返した。


 宙に散らばった俺自身の髪の毛を目で捉えながら両手に魔法力を込める。右手から火球を放ち左手からは水球を撃ち出す。至近距離で放ったそれをヤツは余裕で2つともかわしてみせた。


(最初から当てるつもりはなかったんだがな)


 黒甲冑の脇を掠めて行った段階で2つの球の軌道を少し変えてやった。それはヤツの背中の少し後ろ辺りでぶつかり爆散し、辺りに多量の蒸気を撒き散らした。その中心にいた黒甲冑の視界はないに等しい、俺は大きく後ろへ跳んでヤツとの間に充分な距離を取る。


(ぐっ……。時酔いの兆候か?)


 1000年分の全てではないがそれに近いものを出しているのは自身でわかる。それをやり続ければ再び時酔いを起こして意識を失うだろう。その時は失うものが意識だけでは済まぬかもしれないが。


(俺には時がない)


 そう思った時、自分で口元が自然と緩んだのがわかった。ついこの間まで、時空の狭宮で時を持て余していたのだ。そのせいか1年3年はおろか、10年程度だろうと「たった」扱いをする様になっていた。そんな俺が時がないとか言い出したのである。


 身体の力が抜けた時、頭の中に何かモヤモヤとした物が浮かび始めた。俺に押され始めた黒甲冑が引く先には必ず魔物がいた。実際には呼び寄せていたのかもしれない。そして、何匹かを始末して戻ってくると動きに鋭さが戻っていた。


(魔物は餌か!)


 黒甲冑は魔物から魔法力を取り出している。それが単純に魔法力の補充なのか、回復に使われているかはわからぬが吸っているのだけは間違いない。デライト石の採掘場で魔動人形を魔動源として活用していたのと全く同じだ。出現が未だ収まらないのだから無限と思って構えた方がいいだろう。


(あれだけ出処のわからぬ魔法力混ぜて吸っては魔轟暴乱界を起こしてもおかしくあるまい。それを恐れぬとは、もしやあれの正体が魔王という事は?)


 ふと、そんな思いが浮かんだ。1000年前の戦いの最中で聞いた事がある記憶。魔族が単独で現れる事はなく必ず魔物を従えている、魔王もそれに同じである。とにかく耐久性に優れ人間の体力ではおぼつかない、僅かな傷をあたえた程度ではすぐに回復されてしまう。黒甲冑の戦いぶりはまさしくその様なものではないのか。そんな記憶の彼方に触れたところで更に深部にあったものが呼び起こされた。


(そうだ、俺は未だ轟剣ヴァジュラを使った事がない)


 もちろん真の姿になる前の状態で剣として振るった事は幾度となくある。真の姿で魔物を吸った数も数え切れない。だが、何の為に吸い込むのか?確かに使い方としては聞いていたが実際に試す機会がなかったので感覚として手に馴染んではいない。轟剣ヴァジュラの真なる使い方、忘却の彼方へと押しやってしまっていた。


 辺りを見回すと魔物の出現は相変わらず収まっていない。俺が距離をとったのを丁度いい好機とでも捉えたのか、黒甲冑が魔物を弾けさせて回復していた。その姿を王都側から兵達が見れば勇者が魔物を退治したと見えるのだろう、魔物が弾ける度に歓声が上がった。


「ふっ、手伝ってやるぞ!」


 俺は一気に跳んだ。黒甲冑と魔物の間に立って猛然と魔物の群れに襲いかかった。真ヴァジュラの状態で突いて、薙ぎ払って、斬り上げる。とにかく目に入ってくる魔物を順番にヴァジュラで吸い続ける。次の1匹に刃を突き立てようとしたその時、黒甲冑の剣がヴァジュラを受け止めていた。


「勇者が魔物を狩られて困るとはどんな喜劇だ!?」


「……」


 喋らぬがこちらの言う事くらいはわかるだろう。剣に力を込め黒甲冑の剣をぐいと押し込む。力に抗い切れず僅かにヤツの姿勢が低くなったところで大地を蹴って跳び上がる。そのまま遠方へ宙返りしながらヤツの背中へ躍り出る。ヤツが俺の剣を押し返そうとしてくれた力が俺の剣に乗り回転力に鋭さをあたえてくれた。そのまま魔物達の群れに飛び込み、馬車の車輪で踏みつぶすかの様に魔物を始末していく。


「遅い!」


 途中で黒甲冑が追いすがってきたが水属性の魔法で進路となる空間を濡らしてやった上で雷属性を放つ。無制限発動させている為、踏み込むだけで感電する空間がヤツの行く手を阻んだ。それを迂回して追いついてくるまでの間、これ見よがしに魔物を吸い続けた。


(ここらが限度か……)


 胸に手を当てながら軽く呼吸を整えた。時酔いの影響が出始めていた。一度ヴァジュラの刀身に目をやって、そのまま間近のドラゴンの胴をえぐる。


(あと少しでいける)


 胴から抜いた刀身を確認した直後、背後から強烈な旋風が吹き付けてきた。黒甲冑の剣がつい先程まで俺が立っていた空間を切っていたのだ。それは空間が歪むほどの一撃だった。


「どうも太刀筋が似ているのだが、後ろから斬りつけるなとは教わらなかったのか?」


「……」


「まあ、いいだろう。そういう流儀なら後ろからくるがいい」


 俺はヤツに背を向けヴァジュラを背中の鞘に戻した。その意図が全く読めずに戸惑いの様なものでも覚えたのだろうか、黒甲冑の動きが止まった。だが、完全に隙だらけである無防備な俺の背中を目掛けて突進を始めた。


(あと一呼吸。今か!)


 黒甲冑が剣を突き出した切っ先が俺の背を貫く、その直前の頃合いを見極めてヴァジュラの柄に手をかけると宙に舞い上がった。上体を後ろの反らした勢いでそのまま1回転すると俺を見上げる黒甲冑と目が合った。柄を握る両手に力を込め、まずはヤツにありったけの鋭い視線を突き刺してやった。それに応じて黒甲冑も跳び上がり、勝負を決しにくる。


(俺も後ろから斬りつけるなと教わった覚えはないのでな)


 俺には見えていたが黒甲冑には見えていなかったであろう。俺は剣を握って跳んだが背中の鞘はその場に置いてきていた。そして、その鞘に大蛇が巻き付いた様に黒い光がまとわりついている。黒甲冑がヤツに向けたヴァジュラの切っ先と鞘を結ぶ直線上に入った瞬間、鞘の口から黒い光が伸びた。そして黒甲冑を背中から貫いた。


「何の為に吸い込むか? それは吐き出す為だ! そして轟剣ヴァジュラの本体は鞘に見える方だ」


「ギギギギッ!」


 黒甲冑から発せられたのは声にならぬ声、というよりも魔物の発する声に近いものだった。悶え苦しみ始めると兜を覆っていた黒い法衣がずり落ちた。


「角だと!?」


 そこにあったのはまさしく2つの角。記憶の彼方、実際に戦ったものが口にした魔族の頭部には2つの角が生えているという話が甦った。奇っ怪な身体のよじれを続ける黒甲冑の腰から何かが伸びた。


「あれは尻尾か……」


 記憶の彼方、魔族には尻尾があると語った者の顔が思い起こされた。そして、一際大きな角と長い尻尾を持つ者が魔王なのだという。目の前で悶える黒甲冑の姿はそれと同じものではないのか?背を抜け胸を破った黒い光はヤツの身体にまとわりつき締め付ける。するとヤツの兜がバリバリと音を上げて割れた。


「おっ、俺ではないか!? なぜ俺が目の前にいる?」


 兜の下にあった顔を見間違えるはずはない。それは鏡の前に立ったときに必ず映し出されるものだった。


(これはどういう事だ!? 待てよ、あれだけの魔物に囲まれていたのだからこの一帯はデライト石だらけだった様なもの。これはデライト現夢か!?)


 そう思いながら辺りを見回した時、最も俺の注意を引いたのは宰相だった。せわしくなく周囲に目線を走らせる俺の姿を眺めながら目元が怪しい笑みでゆるむのが見えた。黒甲冑の中身を知った俺が戸惑うのを知っていた、そうなるとわかっていてこの戦いを用意した。


(全てはやつの手の平の上だったか!?)


その時、どこからともなく黒い球が目の前に現れた。


(これは……)


俺はそれに飲み込まれた。

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