第30話 時の外れの真実②

「何だと!? 母上はこんなものを造ってどうしようと?」


「子供を溺愛する母親の深い情、でしょうか。時空の狭宮へクミン殿下を送り出す事が決まった際、母君は三日三晩泣きながらアレグスト様に取りやめる様に抗議したそうです。しかし、それが叶わぬとなるや悲嘆に暮れ、後に殿下の身代わりを造る事になったのだと」


「母上は微笑みながら武運を祈って送り出してくれたはずだが」


「顔に浮かべる物と心の奥底にある思いが必ずしも一致するとは限りますまい。デライト原石が人の記憶まで吸い込む場合があるのを知った母君は自身の心の内底にある殿下の記憶を魔動人形に込めようとしたそうにございます。その試みを繰り返し、いつしか気を病んでしまわれたとか……」


 その時、旧魔王城の地下にあるデライト原石の採掘場で目にしたデライト幻夢が脳裏に浮かび上がった。一糸まとわぬ姿で俺に覆い被さってくる母上、あれは心が崩壊してしまった後の姿。魔動人形の目に映ったそれがデライト原石に記録されたのではないか……。


「魔動人形に勇者としての強さを持たせる事が出来れば本物の殿下を返してもらえる。母君はそう信じていた様にございます。最初は取り合わなかったアレグスト様も、それを憐れんでいつしか魔動人形に形ばかりの稽古をつける様になったとか」


「母上の持つ俺の記憶と勇者アレグストによってつけられた稽古。道理で同じだったわけだ……」


「さて、この件につきましては聞きたい事がまだおありかもしれませんがそれより殿下の魔動人形の最後の使い道についてお話しさせて下さいませ」


 チラリと頭上の棍に目をやるともはや残り幾ばくも無いといった状態だった。宰相の申す通りもやもやしたものはまだ残るが、俺は黙って首を縦に振った。


「私めが勇者と称した魔動人形と魔王と称した殿下の戦い。今、この空間の外にいる遠目で見守る者達には間もなく勝負のついた瞬間が見える事になっております。そして、かの者達には魔動人形の顔を晒した上で1000年前に勇者修行に出たクミン殿下であると説明しております」


「まだ話が見えぬな、続けよ」


「殿下におかれましては、この後に魔王から本物の殿下に戻って頂きとうございます」


「魔王が復活し魔物を率いて進軍したところをそれに備えて修行に出されていた勇者が阻止した。全てを知ってしまっては茶番もいいところだが、それを事実というものに出来るな」


「左様にございます。勇者を勇者たらしめるのは魔王という存在。クミン殿下が時空の狭宮から出て頂いたのはいいとして、勇者と世に知らしめる材料が必要でございました。それに……」


「言い淀むな。申してみよ」


「実のところ無礼ながら殿下の実力を拝見させて頂きたかったものあります」


「そうだな。1000年籠りっ切りの1000年サボりという可能性も充分あったのだから」


「魔法を指導した御先祖様の書にそれを疑わせる記載がありましたもので。才能に恵まれ過ぎた故に才能に溺れて努力というものをしないきらいがある、と。その場合は偽物を最後まで本物として通すしかないと思っておりましたが今はほっとしておるところです」


 それを聞いた時、俺は静かに目を瞑った。時空の狭宮で過ごした時間、正確には時間は流れていないのだがそう呼ぶしかないだろう。それは実に過酷なものだった。倒せど倒せど沸き続ける魔物にギリギリまで追い込まれたものだが苦に感じる事はなかった。戦い続ける事を純粋に楽しんですらいた。俺は今の時代での旅を通して魔物がどの様にして出現していたのかその仕組みを掴んだ気がする。最初はパルティス姉様が魔物を造って送り込んだ、その作業は子孫達に受け継がれ続けて1000年に及んだのだろう。


「そなたの先祖であるパルティスも腐心して建国したこのバルディア王国にその様な紛い物の歴史を刻んでまでしてどうするのだ? そなたの信奉するアレグスト教の為か?」


「いえ、私めはアレグスト教に潜り込んでいるだけの身にございますので。殿下が御成敗なされました城塞都市ボルスの城司トレジット、旧魔王城司ベルステンは熱心な信者でございまして国家の財を蝕んでまで寄進にいとまがない程でございました」


「ふっ。食えない奴だ。しかし、それを聞けば充分だ。何よりパルティスの末裔であれば考える事の網目の多さを数えるのも難しいだろう」


「いえ、偉大なる先祖様に準えられるなど恐れ大き事にございます」


 俺が1000年でどれほどの力を付けたのかを見極める為に用いた魔動人形。それが道中で現れた魔物なのだろう。そして、事のついでにアレグスト教に資金提供を惜しまない者達を事故に見せかける形で始末した。


「今までの話で気になった点がある。最も肝心なところなのだが、なぜお主は誰も知らぬ魔王討伐戦の真実を知っていた?」


「それは、勇者の傍らにあって強大な魔法力を行使した賢者パルティス。そして、バルディア王国の初代宰相として政務の助けとなる様々な知恵と技術をもたらしたパルティスの子孫だからにございます」


「もったいつけるものだな」


「人間から魔王と呼ばれた者を裏切り人間側を称する勇者に味方した背徳の戦軍師、その名をパルティスと申します」

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