第31話 時の外れの真実③

「なんと!?」


「都合の悪い真実は歪められて後の世に伝わる、それを危惧したご先祖様が遺した真実。私はそれを語っているだけに過ぎませぬ」


「パルティス姉様が最初は敵だったと言うのか……」


「初代国王を支えた建国の柱が元々魔族と呼ばれた者では都合が悪うございましょう。我が一族の出自もまた歪められたものにございます」


 そして、フラマタルの話の中で最も強く感じた違和感の正体に迫る事にした。事と次第によっては、そもそも俺が時空の狭宮に入る必要すらなかったはずだ。


「魔王は人間なのだろう? そもそも復活など出来ないのではないか?」


「ええ、一度死んだ者を甦らせる方法はございませぬ。ただ……」


「どうした?」


「申し訳ございませぬ、その話はまたの機会に」


 この空間を維持する魔法力が込められた棒は燃え尽きようとしている、フラマタルが目をやった時には最後の炎のゆらめきが始まろうとしていた。


「殿下、アレグスト様からの贈り物を手になさいませ」


 頭上の方に何かまばゆい光を感じた。それを放つ物が俺に向かって落ちて来る。


「これは王家の紋章」


 丁度、手の平の上に乗ったのは眼鏡女に預けていたはずの薬入れだ。


「殿下がこの時代の旅に出立の折、これを手にする様に手配したのは私にございます」


 それは手の中で輝きを増してゆく。


「クミンよ。まずは旅立つお前を見送らなかった私を許してくれ」


(この声は、父上!)


「そして、お前にいらぬ感情を芽生えさせた父を許してやってくれ。私が冒険の末に勇者として覚醒した時、芽生えた力は『壮絶の極 不倒不退』と呼ばれるものだった」


(一体、何の話をしている?)


「壮絶の極。それは勇者となる存在にだけ現れる天界から授けられしもの、壮絶の名に相応しい力を得る代わり壮絶な運命も刻まれる。戦いの中で倒れる事も退く事ない私は、パーティの盾として国家の壁として魔王と呼ばれし者達との戦いの先頭に立った。それがクミンの感情を逆なでするものとわかっていたが、そうせずにはいられなかった。私はクミンを、最愛の我が子クミンを守る盾でもあったのだから)


 俺の手の上にある物が濡れていた。濡らしたのは俺の目からこぼれ出たものだ。


「私が命じたわけではないが、結果的に私は魔王と呼ばれし者との戦いで卑劣な手を使ってしまった。その憎悪は私だけに向けられるのであればよかったが、我が国の民全てを飲み込むほどのものに膨れ上がってしまったのだ。それは壮絶の極が持つ、壮絶な運命の方なのかもしれない。よって、魔王と呼ばれし者との決着は私以外の者、次なる勇者クミンへと託す事にした」


 王家の紋章が放つ光が膨れ上り渦を巻きながら俺を包み始めた。


「何年先の時代かわからぬがクミンが旅して感じたものが、そなたの力として現れる。父が天上へ返して最愛の我が子への移譲を願い出た壮絶の極を受け取ってくれ」


 光の渦が収まった時、誰かは知らないが女の声が聞こえた。


「先代のアレグストに指名されし者に授けましょう。壮絶の極『逆境逆劇』を」


 その瞬間だった。この空間を維持していた炎がその役目を終える。


「そろそろお時間にございます」


「ふっ、ここでの一時は1000年より長く感じさせられたぞ」



 再び時が動き始めた時。俺の剣は魔王の首をはね上げていた。正確には、数刻前まで勇者とされていた魔動人形の首である。眉一つ動かさず苦悶する事もない俺自身の顔を見上げながら右手を開いて魔法力を込める。


「母上、その傍らを離れてからも煩わせ続けた息子で申し訳ありませぬ。遅ればせながら手向けにございます」


 手の平からほとばしる炎の渦がそれを包んで跡形もなく消し去った。時空の狭宮で鍛えた俺の魔法は一度発動すれば自身でやめるか魔法力が尽きるかしない限り効果が続く無制限発動。既に残り少なくなっていた魔法力が尽きるまで、手の平を閉じる事はなかった。宰相が造り出した時空の狭宮の様な空間に入ったのが何か効果を及ぼしたのだろうか、時酔いの時に起こる症状は消えていた。


「まさしく勇者アレグスト様の再来! 1000年前の英断で親愛する息子を未来のバルディア王国とその民に捧げる柱として送り出したアレグスト様に感謝致します。新たなる勇者クミン様が見事に魔王を討ちとりましたぞ!」


 フライマタル宰相の宣言を合図に王国軍の間から歓声が沸いた。魔王復活に備えて鍛え続けたものの、1000年間経っても復活しなかった魔王。結果、いつしか完全に存在を忘れ去られていた俺。そして、今度は復活していない魔王が復活した事になり建国の勇者であるアレグストの目論見通りに討伐した事になった。しかし、俺はたった今歪められた歴史ではない真実を知っている。


 向けられる兵士達の声は右の耳から入って左の耳から抜けていく様なものとしてしか聞こえなかった。


 辺りを見回すと離れたところから何食わぬ涼しい顔で俺の姿を眺めるフラマタルがいた。ブレイブスクエアの辺りでは目まぐるしく動く多数の人影が見えた。その中心にいて慌ただしく指示を出しているのはクワイトだ。多数の魔物の出現で荒れてしまった箇所を補修している様だ。


 そして、永年忘れられ続けた俺を絶対に忘れる事のないであろう存在。いつか、俺がこの時代を生きた証として思い出を語らい合うだろう眼鏡女とファリスが側に立って微笑んでいた。その時に話題にあがる様な旅はまだ始まっていなかった様に思える。『壮絶の極 逆境逆撃』、どこか先が思いやられるものを手にした様な気もする。取り敢えず、今は静かに休もう。旅立ちの時まで。

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忘却の思い込み追放勇者 ずっと放置され続けたので追放されたと思ったのだけど違うんですか!?伝説の勇者を父に持つ2代目にとってのラスボスはプレッシャーなのか カズサノスケ @oniwaban

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