第8話 あり得ぬ襲来

「デルタン洞窟での歓迎、少しは楽しませてもらったぞ。城司トレジット」


 俺の脇に立っていた眼鏡女が一歩踏み出して、たじろぐ様子を見せるその者に杖の先を向ける。


「腕利きの暗殺者を雇い兵士たちの殺害を命じた上、私達を襲わせたのはあなたですね?」


 イノシシの狩場を荒らして猟師達を困らせていたならず者を退治した腕を見込まれ、トレジットの屋敷に招かれた。そこで俺達が依頼されたのは洞窟に湧いた魔物の討伐。ところが行ってみたら魔物の姿はなく暗殺者の出迎えがあった。これではトレジットが依頼主であると自ら語っているようなものだ。予定では確実に俺達が始末される事になっていたからバレでも構わなかったのだろうが、こうして再び屋敷に生還されてしまっては番狂わせもいいところだろう。


「なっ、なんと! 兵士が暗殺者に殺されていたですと!?」


「貴様、とぼけても無駄だぞ。おい、眼鏡女、説明してやるがよい」


「ならず者達を雇いイノシシの狩場を荒らして肉の値を吊り上げようとしていた首謀者はあなたですね! その企みに気付いて告発に踏み切ろうとしていた配下の者達を偽の魔物討伐に向かわせて暗殺者に口封じをさせた」


「知らぬ知らぬ。お前らは何を言っておる!?」


「悪人、お決まりの台詞ですね! 私達も同じ手で始末しようとしたのでしょうが、あなたが用意した暗殺者では役不足でした」


「ええい、違うと言っているだろ! 暗殺者なぞ雇った覚えがない」


「そうか。それならばこれはどう説明する?」


 トレジットの執務室と廊下を繋ぐ木の扉を目掛けて魔法の炎を放つ。瞬く間に炭へと変わり崩れ落ちた扉の奥にはいかつい姿の武装した男たちがひしめいていた。


「ひっ!手から魔法を!!」


「あの殺気に満ちた者達は何なのだ? しかも、捕えたはずのイノシシの狩場を荒らしていたやつらまで混じっているではないか」


「おのれ! お前たち、ただの行商人というのは偽りだったな? 王都からの隠密か何かか!?」


「魔王だ!」


「殿下! ややこしくなるので魔王ごっこはお辞め下さい」


 眼鏡女は懐に手を入れて何かを掴むとトレジットの方に向けて高々と掲げた。それは王家の紋章、幼き頃の俺が落書きしたタコの絵をモチーフにした意匠が掘られた薬入れだ。


「こちらにおわすのはバルディア王国の王族であらせられる! 皆の者、無礼であるぞ。勇者アレグストの祝福を受け生を喰みし者たちよ跪くがよい!!」


「なっ、なんと、それはまさしく王家の紋章……」


 トレジットは即座に跪き頭を垂れる。急に主の様子が変わった事にわけがわからず唖然とした様子で見守っていたならず者達はただただ立ち尽くしていた。それを見留たとレジットが怒鳴りつける。


「馬鹿者どもが! それでは王族への不敬で私までギロチンにかけられてしまうではないか!? 頭を下げて一生分畏まるのだ!!」


「へぇ…。はっ、ははっ〜〜〜〜!!」


 俺にしてみれば何とも言えぬ光景だ。落書きしたただのタコの絵に向かって何人もの男達がキリリと背筋を伸ばした姿勢でひれ伏しているのだから。すると、眼鏡女が一歩進み出てトレジットの後頭部辺りに視線を落とした。


「城司トレジット! この件は王都へ報告し、憲兵隊の厳正なる調査の上に然るべき罰を受けてもらいます!」


 うつむいたまま黙りこくっているトレジットだったがにわかに笑い始めると立ち上がって俺の方を指差した。


「そう言えば王族とは言ったが、その誰なのか名乗らなかったな! お前は王族を語る不届き極まりない偽物に相違あるまい。者共、こやつらをこの場で叩き斬れ!」


 トレジットの号令を受けて戸惑っていたのは、以前にイノシシの狩場で軽くあしらってやったならず者達だ。その場にいなかった者達が魔動銃を構えてこちらに向けた。撃ち出す音が聞こえ始めた瞬間、全ての弾道に合わせて風魔法を発動させる。風圧で球が押し返され、そのまま筒の中に戻されていくと筒が弾け飛んだ。それだけで大半の者が逃げ始めたが勇敢なのか愚かなのか剣や槍を手に再び挑もうとする者もいる。


「雑魚か、つまらなそうだ。おい眼鏡女! お前だけで掃除出来るな?」


「はっ、かしこまりましてございます!」


 眼鏡女は背負っていた籠を下ろすと中を漁って収められている杖を選び始めた。何本あってどう整理されているのか?俺にはよくわからないのだが、探しぶりを見るに何らかの仕分けは成されている様だ。右手と左手に1本ずつ持ち胸の前でクロスさせて構える。まずは雑魚どもの動きが一瞬素早くなった様に見えた。続いて、バタバタと倒れ始めるとイビキを立てて眠り始めた。


「何をどうしたのだ?」


「素早さを上げる補助魔法と眠りの魔法を併せてみました! 普通は眠りに落ちるまで少々時間がかかるのですが、素早さアップ効果で瞬間熟睡です」


「組み合わせとしてはなかなか面白いが、もっと派手に火と風で焼き払うとかあっただろう?」


「屋敷まで燃えて大火事の原因を作ってしまったかもしれません……。今回は相手の人数が多く室内でしたので、建物に被害が及ばず人間にだけ効く感じにしてみたのです」


「まあ、掃除さえ出来れば方法はどうでもいい」


 戦いが始まった時、こちらと向こうとでは圧倒的な人数差があったものの、今ではたった2人しかいないこちらの方が人数で優っていた。


「さあ、どうする? 貴様も武人の端くれであろう。剣を持って抵抗を試みるのであれば相手してやってもよいが」


「……」


 トレジットの額には汗が滲んでいた。何やらしばらく考え込む様子を見せた後、覚悟を決めた様に静かに腰の剣を抜き上段に構える。ところが、そのまま頭上に大きく振りかぶってからこちらに放り投げると全力で後ろに向かって走り始めた。


「どこまでも姑息なヤツだ」


 少々の距離が開いたところで1000年鍛えた脚力を使えば一瞬で追い付く。それを知らぬトレジットの背中を目で捉え続ける。これだけ逃げれば絶体に追いつかれまいと安心した辺りに飛び出し、見え始めた希望を終わりなき絶望に変容させてやる為だ。


(そろそろ頃合いか)


 床を蹴り出す軸足に力を込めた時の事だった。トレジットのいる辺りに何かの影が現れ一気に暗くなる。そして、影の主が上空から降ってくると大地に2本の脚で立つ。その姿に驚愕し立ちすくすトレジットを見据えると大口を開けながら長い首を伸ばした。一呑みだった、それで俺は永遠にトレジットを捕らえる機会を失った。


「クッ、クミン殿下! これは一体!?」


「見ればわかるだろう、レッドドラゴンだ」


「そういえば、殿下が仰っていた通り何か物凄く臭いものが漂って参りました……」


「ドラゴン系は水浴びするからまだマシな方だ」」


 地上から姿を消したはずの魔物が現れた。トレジットが騙った嘘に登場する魔物はゴブリンだったが、魔物が出るという話だけは真になった。その瞬間、騙った者が最初の餌食となるとは何とも皮肉な話だ。


「書物には上位の魔物とあった様な……」


「まあいい。これで俺の1000年がどういうものか少しは測りやすくなる! 眼鏡女は自身の身を守る事だけに全力を使え」


 レッドドラゴンは新たな獲物として俺達の姿を捉え始めていた様子だ。咆哮を上げながら巨木ほどの太さがある尾をムチの様にしならせた。その一振りだけでトレジットの屋敷は完全に崩壊した。眼鏡女は素早さの上がる魔法を自身に施し逃げおおせていた。


「さて、貴様は俺の何年分を出させてくれる?」


 レッドドラゴンの背後に回っていた俺はそう問うた。言葉で答える相手ではない、襲い掛かってくる様子で判断させてもらうとしよう。

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