第7話 魔王推参

 俺の真正面に立つ暗殺者は腰に下げた鞘から剣を抜き放つと両手で持ち直して腰だめに構えた。何の感情も表す事はない、ただただ鋭いだけの視線を放ってくる。お互いに何をするでもなく構えて見合ったまま僅かな時が流れる。


「魔動源を使った道具のみでの戦いではつまらぬと思っていたところだ! よくぞ剣の稽古をしてくれていた」


「……」


(まあ、このままでは動かないか)


 俺は構えを解いて剣を背中の鞘に戻した。それくらいでこれは好機と斬りかかってくる様な相手ではないが、とりあえず何か動くきっかけにはした様子だ。暗殺者はほとんど足音を立てる事もなく一気に目前まで踏み込み、剣を水平に払った。そうくると視えた瞬間、俺は背中の剣を抜いて垂直に受け止める。


「!」


 十字状にクロスした刃越しに見えた暗殺者の表情に微かな乱れがあった。驚くのも当然だ。普通は絶対にあり得ない抜刀速度、納めていたはずの俺の剣が瞬間移動でもして現れた様にしか見えていないだろう。しかし、その程度で乱れるわけでもない。絶対的な無の空気を取り戻し2度、3度と乾いた斬撃を放ってくる。殺意に満ちた剣は殺しにくるだけに動きが読みやすく扱いやすいが、無機質な剣はどこでどう変化させてくるか読みづらい。それを立て続けに打ち込んでくる暗殺者はそれなりのレベルの腕前を持つのだとわかる。しかし。


「おい、そろそろ本気でやったらどうだ?」


「……」


「癖だ。お前が最も得意とする武器は剣ではないだろう。突く際、得意なものの扱い癖がわずかに剣に乗っている」


 カチンと乾いた音が辺りに響く。暗殺者は右手に握っていた剣を落とすと左手の袖の奥に隠していた短剣をするりと抜いて構えた。


「暫く剣を振るい続けたところで本当はそれで隙を突くつもりだったのだろうが、予定を狂わせて悪い事をしたな」


 暗殺者は無言で一気に詰め寄せてきた。そして、一撃目は短剣ではなく右脚の回し蹴りだ。それをかわしたところへ鋭い短剣の突きを入れてくる、それもひょいとかわすと刺突がさみだれのごとく続いた。時折、蹴りや拳を織り交ぜ変則的な攻撃を放ち続ける。


「剣を使っていた時より随分といい動きをするではないか。だがっ!」


 その全てに空を切らせる。いちいち数えていたわけではないが、恐らく何発目かに暗殺者にとって必殺の一撃が紛れ込んでいたのだろう。それをいとも容易くかわされた。更に言えば俺の方からはまだ一度の攻撃も放っていない。それは焦りからくるものだろう、繰り出される短剣に僅かな乱れが生じ始めた。


(そろそろ潮時か。まあいい、少しは楽しめた)


 大きく後ろに飛び退り暗殺者との距離を充分にとったところで剣を背中の鞘に収めて腰に指していた短剣を抜いた。その場から動かずとも出来た動作だが敢えて下がってみせたのは、こちらも短剣を使い始めるというのを暗殺者にじっくりと確認させる為だ。


「お前はなかなかの短剣の使い手だ。しかし、年の頃を考えれば扱い始めて10年かそこらがいいところだろう。」


「……」


「だがな、俺のは1000年仕込みだ!」


「!?」


 地面を蹴って一気に暗殺者を間合いに捉える。人が列を作ったら20人は並ぶであろう距離を1秒以内で詰めた。暗殺者にしてみれば俺が瞬間移動でもしたかの様に見えたはずだ。そして無造作に短剣を突き出して鼻先でとめる。隙間は髪の毛1本ほどだ。


 ゴクリ。今まで刃物からの撃鉄音くらいしか生じさせなかった暗殺者から唾を飲み込む音が聞こえた。俺がその気になれば顔面にそれを突き立つほどの攻撃を避けようとする事すら出来なかった。恐怖を覚えるのは当然の反応かもしれない。


「次は避けられる程度にしてやるから必ずかわすのだぞ」


 力を抜いて適当に短剣を突き出し続けると暗殺者は必死の形相で身を翻し続ける羽目になった。


「お前、随分と素敵なヘアスタイルになったじゃないか」


 切っ先が皮膚に届かぬ様にしながら少しづつ髪の毛をカットしてやった。暗殺者が頭に手をやり涼しさを感じる頭頂部の辺りをまさぐる。そこだけがハゲ上がり、まるで河童の様な頭になっているのだが自身の目で確かめて呆然とするのはもう少し先の事だろう。


「安心しろ。恐怖を感じているのならばそれは生きている証拠だ。死ねば恐怖は終わるからな」


「は、話が違う……。前に来た兵士たちとは桁が違う……。こんな化け物じみた奴も来るだなんて聞いてないぞっ」


「100年も短剣を振り続ければあれくらいは出来るようになる」


「100年だと? 何を言っている……。あ、あんた一体何者だ?」


「そうだな……。そう、魔王だ! 余は1000年前にこの世を恐怖をもたらした魔王の再来なるぞ!! 我が復活を祝す最初の贄となる事を喜ぶがよい」


 俺は魔法力を短剣に注ぎ込み幻影で大鎌を形作り、それを暗殺者に向かって振り下ろす構えを見せる。


「そ、そんな冗談だろ……。ひぃぃぃぃっーーーーー!」


 何者?暗殺者にとっては単純な問いだったかもしれないが、俺には少々困った質問でもあった。1000年前、勇者だった初代国王が後に復活する魔王に備えて時の止まった空間で修行させた息子。それが正確な答えになるのだが簡単に通じる話ではなさそうだ。と、つらつら思いながら答えたら事の次第の一部を切り取り何となく魔王を名乗ってしまった。普通なら冗談として受け止められる様な話だが、並の人間には不可能な瞬間移動の様な動きを見せたせいか真に受けてしまった様だ。暗殺者は一目散に逃げて行った。


「クミン殿下! 追わなくてよろしいのですか?」


「大体の事はわかった。あいつに用はない」


「ところで、なぜ魔王などと答えたのです? そう思い込んだあの男が方々で喋ってはややこしくなりそうな」


「その事か。さあ、なぜ魔王と口に出たのだろうな。俺にもさっぱりわからん」


「城で陛下とお話しされている時は冗談かと思いましたが、まさか本気で魔王を復活させる方法を探す旅をしていたのですか?」


「もちろんだ」


「あわわわわっ……、何と恐ろしい事を。それはともかく、あの者たちを何とかせねばなりませんね」


 眼鏡女の目線の先には暗殺者の手にかかって果てた兵士たちの遺体があった。洞窟の外で荼毘にふした後、全ての原因を作った者の下へ脚を向ける事になりそうだ。

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