第6話 デルタン洞窟

「魔物が現れたのはこの城より北へ10kmほど先にありますデルダン洞窟にございます。情けない事に我が手勢では洞窟より先へ出ない様に抑え込むのがやっとでして……」


「なるほど。それで俺達に退治しろと?」


「旅のお方に頼んでよいのか迷いましたが、大層な腕前と聞きましたので」


「魔物か、丁度いいだろう。引き受けてやる」


 俺とトレジットのやり取りを黙って聞いていた様子の眼鏡女だったが、ずり落ち気味の眼鏡の位置を直すと神妙な面持ちでトレジットに向き直した。


「魔物が現れたというのであれば国の一大事。まず、王都に報告を入れるべきではないのですか?」


「確かにそうかもしれませぬ……。しかし、それではこの一帯が王国軍により完全封鎖となってしまうでしょう。そうすればこの地で商いを営む者達の生活が出てしまいます。魔物と言ってもゴブリン程度、出来る事なら狩ってしまって何事もなかったとした方がよいかと」


「そういう考え方もありましょうが、魔物は魔物にございますので」


「ナスルデ様はまるで王都の官吏の様な事を申されますな。地方役人には地方役人にしかわからぬ苦悩もございます」


「……」


 王都の官吏。そう言われた途端に眼鏡女は黙りこくった。同じく王国に仕える役人でも王都にある者と地方都市にある者では立場が違い考え方を違えねばならないものなのかもしれない。デルタン洞窟へと向かう際、俺は魔動車ではなく貸し出し制の馬を使う事にした。ただ、乗馬は飼育せねばならず飼料代もバカにならない高価な乗り物、嗜好性の強いものなので1回借りる金額で魔動車なら10回は乗れるという料金設定だった。それはいいとして、俺にとって屈辱的な問題が起きようとしていた。


「お前が馬に乗れないから馬で荷車を引く事なってしまったではないか!? これでは収穫に向かう農民のごときではないか!!」


「殿下、申し訳ございません」


「1000年振りの魔物討伐、この様に間抜けな出陣になるとはな……」


 眼鏡女はどこか落ち着かない様子で魔動器の杖を丁寧に手入れしている。


「そんなに魔物との戦いが恐ろしいのか?」


「えぇ、まあ……。初めてでございますから」


「魔物どもと戦う時に一番注意しなければならない事を教えてやろう」


「ありがとうございます!」


「あいつらは臭い」


「へっ!?」


「特にゴブリンは臭さだけならトップレベルだ。歯を磨く習慣もなければ風呂に入る事もないからな。鼻をやられない様に注意しろ」


「そっ、そんなのどうやって注意するんですか!?」



 デルタン洞窟。それは岩山の横っ腹に大きく開いた穴だった。高さは大人の男の身長2人分あるだろうか、横幅は3人並んで入れる程度だ。その脇には人が20人は入れるであろう白いテントが5つ立っていた。おそらく兵舎として用意したものだろう。兵達は洞窟の奥へと突入しているのだろうか?人影は目につかない。入り口の辺りで身を屈め地面に目を凝らす。


「少なすぎる」


「何が少ないのです?」


「足跡だ。この程度の穴であれば少数の兵で抑え込む事も出来ようが、それにしても少な過ぎる」


 眼鏡女が魔動源で明かりを灯す杖を握りしめて俺の少し前を行く。何かの気配があるかと言えば、時折コウモリが現れてはかすめて行くだけだ。その都度あがる眼鏡女の悲鳴が少々うるさい。幾度か繰り返されるそれに「いい加減に慣れろ!」と言おうかと思った時、大広間と呼んでいいほど開けた場所に辿り着いた。


「ここは天井も高くなっていますね〜〜」


 眼鏡女は右腕を上に伸ばして輝く杖を掲げる。その時、一瞬何かがきらめいた様に見えたのだが眼鏡女がすぐに明かりの位置をずらしてしまったので確かめる事は出来なかった。


「キャッ! 痛い」


 急に明かりの向きが揺れて乱れてあちらこちらへと飛ぶ。どうやら頭上にばかり注意がいっていた眼鏡女は何かにつまづいて転んでしまった様子だ。這いつくばった状態で足に当たった物体を確かめている。


「えっ!? ギャーーーーーー!!」


「何かある度にいちいち騒ぐな! やかましい」


「ひっ、人が死んでおります!!」


 輝く杖の光が横たわった男達の姿を照らし出していた。見える範囲で5,6人といったとこか。皆、頭の辺りが血でべしょりと濡れている。そして、真上から首筋を刺した様に小さな刃が突き立っていた。その身なりに見るに城塞都市ボルスで見かけた兵士達と同じ軍装だった。おぞましい光景を目にした眼鏡女は這いつくばる様にして俺の足下までやって来る。


「すぐに明かりを消せ」


 すかさず頭上を見上げると、いくつかのきらめく物が鋭く迫ってくるのが見えた。先程わずかに見えたきらめきの正体、それが今足元に転がっている死体を作った原因だ。背の方へ右手を伸ばして背負った剣の柄をつかみ、抜き様にきらめきに向かって一閃を放った。ガキン、ガキンと金属同士がぶつかる音が響くときらめきはまとめて闇の奥へと弾け飛んでいった。ひと呼吸より若干短い間を置いて、また違う角度からきらめきが迫る。


(弾いた音を目印に打ち込んできたな)


 地面を蹴りつけ、飛んでくる刃に自ら刺さりにいくかの様に迫る。空中で半身を捻りながら左手を伸ばして刃の柄を掴み取ると、無造作に適当な場所へ投げ飛ばす。岩に当たって乾いた音が響くと、すぐさま音新たなきらめきが音を目印に落ちて行った。


 俺は跳んだ勢いを落とさずそのまま天井の高さまで上がると、身体を反転させてそこを足場に地面へ向かって再び跳んだ。うずくまったままの眼鏡女に敢えて言う必要もないとは思ったが一切音を立てない様に小声で指示する。


 金属に当たった音と岩に当たった時のそれでは違いが出る。今度はこちらが剣で弾いたわけではない事に気付いたのだろう、次の攻撃はなかった。とにかく、天井に仕込んでおいた小刀を狙ったタイミングで飛ばす仕掛けが用意されていたのはわかった。おそらくそれは対象がどこに行っても狙える様にあらゆる角度で多数仕込んであるのだろう。そして、自身の位置を悟られる事なく一方的に攻撃を仕掛ける事が出来るのだ。


(暗殺術の類いか? 魔法力が漂っているという事は魔動源を使った仕掛けか)


 1つ確実にはっきりした事がある。どんなに高度な知性を持った魔物だろうと暗殺術を用いはしない。つまり、洞窟の奥に潜むのはゴブリンなどではなく人間だという事だ。そして、音を頼りに攻撃を仕掛けてきたのであれば少なくとも聞こえる範囲にいる。


「そこそこ戦える人間とやり合うのが1000年ぶりとは言え、俺とした事が目くらましに引っ掛るところだったぞ! 眼鏡女、足下を目一杯明るくしろ」


 杖を中心に形作られた光の円、その端の部分の輪がぐんぐん伸びていく。俺は眼鏡女に指示したのと同時に魔法力を高め10発分の水魔法を左手の内に準備していた。地面に横たわるそれらの姿が見えた瞬間、全ての目標をイメージしてから手の平を開き魔法力を解放する。暗がりに何体あるかわからなかったので10発分用意したが8つで充分だった。うねりをあげて宙を進む水流はそれぞれその者達の背中の辺りに飛び込んでいくとバシャバシャと音を立てて打ち付けた。


(ん? 1回詠唱しただけなのに発動したままとは、どういう事だ?)


 どんな魔法でも1回の詠唱で発動するのは1発分。今の水魔法であれば水の球が飛んでいくイメージだったが、横殴りの滝の様な放水状態になっていた。止まる様に念じて始めてその効果が現れた。よくわからない現象だったが、取り敢えずそれに構っている時でもない。


「ぐっ」


 8つあった死体の中の1体が息を吹き返したかのごとく跳ね上がって水流を避けた。


「貴様が暗殺者か。見た目はそこそこ威力がありそうに見えたかもしれんが威力を最低レベルに絞ってしておいたただの水魔法だ。避ける必要はなかったな」」


「!?」


 魔法が発動したのに魔動源を用いた道具らしき物を手にしていないのを不思議がっているという様子だ。


「さて、貴様は俺の何年分を引き出してくれる? どこからでも殺しにくるがいい」

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