第9話 轟剣ヴァジュラ

「おい! 随分とのろまだな、こっちだ!!」


 俺が何を言っているのかレッドドラゴンに理解出来たわけではないだろう。とにかく、何か音がする方を見るくらいの感覚で首を伸ばしてこちらを睨みつける。やつらにも驚くという衝動はあるのかもしれない、目の前に落ちていたはずの獲物が一瞬で背中の方へ移動した現実に目が大きく開かれていた。ブオォォォーーーー!と咆哮が響き渡ると俺とやつとの間にある空気がゆらめくのが見えた。


「いきなり灼熱の息を出すとは、さては動揺しているな」


 その身体の色が表すように火属性の魔法力を強く持つレッドドラゴン。その口からほとばしる火炎を浴びては人間なぞ簡単に蒸発してしまう。つまり、それを出してきたという事は俺を餌に出来なくとも仕方なのない存在と認識したという事だ。


「普通なら水属性の魔法で対抗するところだが試してみたい事がある。その実験台になれるのを光栄に思え!」


 右手で火属性の魔法を発生させ左手には風属性。まずは炎の渦でレッドドラゴンの火炎を押し返す。そこに僅かに遅らせて暴風をぶつけてやった。俺のとやつの炎が混じり合って火勢が増す、そこに鍛冶場の炉にフイゴで風を送るかの様に暴風が混じった時、火山の大噴火という程の勢いとなった炎の奔流がレッドドラゴンの身体に浴びせかかる。


「ほぉ、試してみるものだ。お前の赤い鱗に火属性の魔法は通用しない事になっているはずだが、やり様によってはレッドドラゴンも火傷するではないか。これは面白い!」


 やつの鱗は熱した飴の様に溶け出している上、未だ多量の熱を帯びている。それが内側の肉をジワジワと炙っていた。人間の痛覚と同じならば今すぐ全身の皮膚と剥ぎ取ってしまいたいほどの痛みに襲われているであろう。


「クミン殿下! 私の魔法混成マナカクテルを真似してくれるなんてありがとうございます」


「なるほど、魔法混成というのか。……いや、違う! 俺のはお前の先祖である賢者パルティスから教わったものだ」


 咄嗟についた嘘。魔法を組み合わせて新たな効果を生むのは完全に眼鏡女の真似であったが、あやつの風下に立つ感じが嫌で瞬間的にそう口走っていた。腹の中に沸いたどこかもどかしい感じは目の前で身悶えるレッドドラゴンにぶつけてやる事にした。


「グオォォォォーーーー!!」


 激痛をまぎらわし傷ついた身を奮い立たせようとでもいうのか。耳をつんざく様な咆哮が駆けて行くと大地の草木が弾け飛んで舞い上がった。並の人間が至近距離であれに当てられたら衝撃波で身体がちぎれてしまうだろう。


「大体わかった。レッドドラゴン程度ならば300年分も出せば圧倒できるか」


「つまり、上位の魔物ですら楽勝という事ですか?」


「ああ、雑魚だ。このまま溶かしてやってもいい。しかし、1000年ぶりに魔物の血でも吸うとするか」


「ひっ! 魔物と戦っていた1000年前にはそんな習慣が?」


「俺ではない。剣だ」


 背中の剣を鞘ごと外して両手で構える。鍔を抑えて柄を強く下に引くとそれは倍ほどの長さにまで伸びた。


「ラーデ・テルス・ポルシーダ・ベルトスカ」


 柄を伸ばして神の言葉で秘められしチカラの開放を願った時、それは真の姿を現す。鞘から青白い光が発せられ拡がっていくと刀身が10mに届くであろう光の大剣を形作った。


「レッドドラゴンよ、真なる姿を現した轟剣ヴァジュラに血を吸われる事を光栄に思え!」


 傷付いたヤツも次の一撃に全てを賭けようとしている様子だ。大きく深く息を吸い込むと翼を羽ばたかせ上空に身を踊らせた。想定外の火傷を負わされた為、再び火炎を放つという選択肢はない。痛む翼を使ってまで飛び上がるのならば恐らくアレでくる!


「やはりそれか」


 空に漂う一際大きな雲の腹を破って突き抜けた時、一瞬その姿が見えなくなった。そして次に見えた時には頭を下にして凄まじい速度で落ちてきた。ドラゴンの攻撃で火炎ほどの派手さはないが地味に効くものと言えば滑空で助走をつけてからの踏みつけがある。加速をつけた巨躯の体重分のダメージ、人間ならばそれだけで肉片に化ける事になる。


 加速し続けるヤツの姿を見据え、あと数秒で地面に達すると思われた頃合いを見計らって大地を蹴った。次の瞬間にはヤツのすぐ後ろに現れて風魔法をぶつけてやる。突風の渦が両翼の根元辺りにぶつかり強く押し込み続ける。結果、ヤツの身体はヤツの予定より少々早く地面に到達してしまった。バギギギッと何かが折れる音が響き渡る。


「グボォォォォォーーーー!!」


 ヤツは2本の脚で大地に立っていた。いや、正確には両の膝から先がすり潰された肉片の様に変わり、その上に巨躯が乗っていた状態で苦悶の咆哮をあげていた。上空で加速をつけての踏みつけは当然ながらやる側の脚にも負担がかかる。脚の骨が折れない程度の速度を保って滑空しているはすのヤツの計算を狂わせて自爆させてやったのだ。


「これで終わりだ!」


 轟剣ヴァジュラを逆手に持ち切っ先をヤツの頭部に合わせて落ちていく。グサリとした感覚が手に伝わると刀身が鍔元まで突き刺さった。ヤツの全身がボコボコと音を立て揺らめき始めるとミンチの様な肉片へと変わり刀身に吸い込まれ始める。ヤツの身体が完全に消え去った時、青白く光っていたはずの刀身は黒光りしていた。そのままの状態で背中の柄に戻すと、一見収まるはずのない大きさに見える刀身がスルスルと鞘の奥に吸い込まれていった。戦いの気配が消えたところで俺のすぐ脇に眼鏡女が青白い顔で立っていた。


「今のが魔物の血を吸う、にございますか? 大変刺激的な物を拝見させて頂きまして……。うっ、ゲロゲロゲロ」


「勇者アレグストと呼ばれた男に初めてこれを見せられた時、俺もそうなったから心配するな。よくわからぬが、聖なる剣が発する聖なる力の源は汚れた魔物の魔法力なのだそうだ」


「1000年前の技術で造られたのですか!?」


「いや、勇者として長い旅に出ている時に道中で手に入れたものらしい。確か神から授かったとか言っていたな。それを俺が譲り受けたのだ」


「なんと! 神の業でございますか。ところで、ちょっと気になっていたのですが殿下は父君を勇者アレグストと呼ばれた男と言うのですね? なぜ父上ではないのでしょう?」


「それか…………。うっ、くぅぅぅっ……」


 一体何がどうしたのかわからない。ただ、全身のチカラが急に抜け始めて立っている事が出来なくなった。まずは両膝を大地につけ、そのまま顔面も大地につける事になった。覚えていたのはそこまでだ、俺は完全に意識を失っていた……。

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