第10話 時酔い
「これが時空の狭宮か!」
そこは時の流れが止まった世界。見上げれば白、足元を見やっても白。どこからどこまでが空で地面なのか区別もつかない真っ白な空間だった。甦りし魔王の討伐、その日が来るまで俺はここで勇者としての修行を続ける為に送り込まれた。勇者アレグストに討たれた際、魔王は「貴様に必ず復讐を遂げた上で人類を滅ぼす」と怒声を放ったという。
勇者アレグストと呼ばれた男が共に冒険を続けたパーティの仲間達と長年の協議を続けた末に出した答えは、魔王復活までを期限とした実質的には無期限の次期勇者育成を行う事。あまりにも無茶苦茶な計画ではあるが賢者パルティスが魔法の術式を研究し続ける事で時の流れを止める空間を創り出すのを可能にしたのだという。
「これが修行のメニューなのか!?」
空間の一部が歪むとそこからゴブリン達が沸いて出た。魔王討伐後に繰り返された魔物の残党掃討戦、10歳の頃から討伐隊に参加して幾度となく戦った相手だ。時空の狭宮では無限に魔物が沸き続ける、それを仕留め続ける事が修行の1つとは説明を受けていた、それがこの現象なのだろう。
「くっ、これで何匹目だ!? 1匹1匹は大した事ないがこうも続くと……」
30匹までは数えていたのだが数えたから止まるわけではないのに気付いてそれをやめた。とにかく、おびただしい数のゴブリンの死骸が足下に転がっていた頃には魔法力が尽きていた……。いちいち剣で相手しなければならない、その為に使う体力にも限界がある。もはや何匹目だかわからないゴブリンの首を跳ね飛ばした時、そいつの持つ錆びた小刀が俺の胸を突いていた。
「ぐはっ……」
殺されて意識が途絶えた後、なぜか再び意識が戻った。うっすらとまぶたを開けるとそこには俺の顔を覗き込む賢者パルティスの笑みがあった。
「そこにいるのはパルティス姉様か。一体、俺はどうなったのだ!?」
勇者アレグストと呼ばれた男が20歳の頃に俺は産まれた。パルティスは5つ年下の15歳、物心ついた時には歳上のお姉さんといった存在だった彼女は俺が甘えられる数少ない存在だった。
「クミン殿下! ようやく目を覚まされましたね。でもまだ意識がはっきりとしていないのでしょうか? 私はその末裔のルディナスにございますよ」
「ルディナスだと? なんと、眼鏡女だったか!」
「はい! ところでご先祖様をパルティス姉様と呼んでいたので? なんか可愛い呼び方ですね!」
「違う! 俺はお前にパルティス似で受け継いだ眼鏡が様になっているじゃないか、と言うつもりだった。それは急に胸が苦しくなってパルティス
「んーーーー。クミン殿下がそこまで私を褒めるのはおかしい。重い病気なのかもしれませんね、すっかりお子様の姿になっておりますし……」
「なんだと!?」
眼鏡女が差し出した手鏡を覗き込んでお子様と言われた意味が飲み込めた。そこに映る俺の顔はまさしく10歳頃のものだった……。
「これでは病気どころでは済まぬではないか!? そうだ、俺はあの後どうなったのだ?」
レッドドラゴンを始末した直後、急に全身のチカラが抜けて倒れ込んでしまった後の記憶が全く無い。気が付いた後、今わかる事と言えば傍らに眼鏡女が立つベッドの上に横たわっているというだけだった。
「レッドドラゴンを倒した直後にフラフラとされ身体が小さくなり始めました。それから7日間もずっと眠り続けておられました……」
「たった7日間ではあるが、それだけ寝込むとなると話は別だ。俺の身に一体何が起きたというのだ!?」
「医師に看てもらったのですが特にこれといった異常はみられないとの事でした。ただ、子供の姿になっているのが気になり私が調べてみました」
「それは何だ?」
「例えば素早さを上げる補助魔法。時の流れる速度に干渉する魔法を使うと、その身が時酔いを起こす場合があるのです」
「船酔いならわかるのだが、時酔いとはどういう事だ?」
「理屈は船酔いと同じ様なものです。時の流れる速度が変わった事に身体がついてゆかずに不調をきたしてしまう。クミン殿下の場合、完全に止まっていた時が動き出したわけですから大きな負担がかかってしまったのかもしれません」
「なるほどな。そして、1000年分とは言わずとも鍛えすぎた身体のチカラを解放し、轟剣ヴァジュラを全開で使った。つまりは自爆か」
「ただ、これはあくまで私の仮説でしかありません」
誰にでも誤算はある。勇者と呼ばれた男も賢者と呼ばれたパルティス姉様も例外ではなかった。通常の人間が鍛えられる限界を越えて鍛える為に時を止める方法を思いついたまではいい。時の流れが戻ってから起きる副作用の様なものまで見越すのは至難の業と言えよう。気にかかるのは、眼鏡女の仮説通りであれば好き勝手に鍛えた分のチカラを出すわけにはいかなそうだという事。今の時代に出ないはずと思われていた魔物が出てしまったというのにだ。
「で、その仮説通りだとしたら時酔いを抑える手はあるのか?」
「普通のものでしたら時間が経てば治ります。しかし、クミン殿下の場合はどうしていいやら……。そうだ! いや、ダメですね」
「もったいぶるな! 何を言い淀んだ?」
「癒やしの巫女様ならもっとはっきりとした事がわかるかもしれません、と」
「では、早速その者の場所まで案内しろ」
「言いかけてやめたのは一つ思い出した事がありまして……。バルディア王国の王族に限って絶縁らしいのです」
「なんだその狙い撃ちは? バカな王族の1人が何か粗相でもしたのではあるまいな。それならそいつに縄をかけて連れて行って謝罪させればいい。何なら目の前で処刑してもよい!」
「事情はよくわかりませぬが、そういう事になっているらしいとの言い伝えにございます」
「ん? 言い伝えとはどういう意味だ?」
「癒やしの巫女様はエルフ族でございます。数百年前に用事があって当時の王子の1人が訪ねたところバルディア王族はお断りと門前払いを受けたとか」
「この数百年の間で何か問題を起こした王族がいたとして、俺はそれより前の時代の王族なのだから預かり知った事ではない。それで押し通す!」
「むむむっ……。先祖の罪を子孫が受け継ぎ続けるという事はありますが、子孫の罪が遡って先祖に押し付けられるものではない。その様な事ですか? 少々強引ではありますがクミン殿下のお立場ならばわからない話でもありません」
「では、参るぞ!」
「いえ、その前にやる事がございます」
眼鏡女の合図で何人もの役人がぞろそろと部屋の中へ入って来た。城塞都市ボルスの城司トレジットが私腹を肥やそうと起こした事件。現れてしまった魔物、レッドドラゴンの件で調書とやらを作らねばならず酷い質問攻めに遭ったのだ。それだけで1日も費やした……、俺がたった1日をとてつもなく長く感じるのだからよっぽどの事である。
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