第15話 デライト石

 眼鏡女は先端が弾け飛びそこから黒煙を噴き出している魔動器杖を眺めながらファリスの方を向いた。


「もしかして、先ほどは魔法力を全開で杖に込めました?」


「そうじゃ! 妾はいつでもどこでも元気に全開じゃ」


 ファリスが屈託のない笑顔をキラつかせながら自信満々に答えた。その明るさで出来た影……、とでも言う様に眼鏡女の顔にどんよりとしたものが漂い始めた。


「あの~~、魔法力のコントロールを学ばれた事はございませんか?」


「コントロールじゃと。何だそれは?」


 眼鏡女ががくっと肩を落とし、それに合わせて眼鏡がずり落ちた。うつ向きがちで眉間を抑えながらただただ突っ立っているのを見れば誰でも状況が飲み込める。ファリスが魔動器杖に魔法力を込める望みはよく出来たパイ生地ほどに薄いらしい。1000年前、パルティス姉様に師事して魔法の扱い方を学び始めた時の事。ド派手な火属性魔法辺りから教わるつもりでいたがそうはならなかった。3年間、ひたすら自身の内にある魔法力のコントールを指導された。それでも俺は比較的早かったらしい、恐らくファリスではその倍以上の期間を要するのではないだろうか。


「おい、眼鏡女。ファリスの魔法力を俺が得る方法は他にないのか?」


「だから! 妾とまぐわえばよいだけじゃ!!」


「それ以外の方法がないか訊いているのだ! 取り敢えずお前は黙れ!!」


 眼鏡女はずり落ちたものを元の位置に戻してそのまま空を見つめていた。何か心当たりはあるのだが、それを言うべきかどうか考えている。俺の目にはその様な姿に映った。暫くして、1人こくりと頷くとそれほどずれてもいない眼鏡の位置を改めて正した。


「デライト石……、ファリス殿の強すぎる魔法力を収めるにはそれしかないかもしれません」


「それは何だ?」


「魔法力を蓄積出来る天然の石にございます。これを発見出来たから魔動源を活用出来る様になったのですが、採掘が非常に困難で入手出来る量が限られております。基本的には最優先で都市整備の資材として、公共性の高い魔動器作成の素材として活用されるものなので市場には滅多に出回らないものです」


「お前の魔動器杖が壊れたという事は、アレには使われていなかったのだな?」


「使われているのはデライト石を模して造られた人工のギデライト材にございます。石は希少な上に少々扱いが難しいので廉価で使いやすいものとして似た特徴を持つ資材が造られる様になりました。ただ、そういう物ですから石に比べますと収められる量が格段に低いという欠点がございます」


「おい、眼鏡女。お前の魔法力が高いのは俺も認めるところだ。それでもちゃんとコントロールして充填し使えているのだな?」


「はい、そうにございます」


「一方、魔法力が高いだけでコントール出来ないファリスのせいでその石をわざわざ取りに行かねばならない。本来ならばこの場で完結出来ていた程度の事がファリスのせいで先延ばしになったのだな?」


「……。確かに殿下の認識自体に間違いはございません。ただ、私をファリス殿とのケンカに巻き込まないで頂きたいのですが……」


 旅の手間を増やしてくれた者の顔に目をやると真っ赤に膨らませてまさに何か言いかけている様子だ。口が開いた瞬間に合わせて、ここぞとばかりに声を張り上げた。


「デライト石はどこにある!?」


 きっと俺への文句の嵐を吹かせる予定だったのだろうがそうはさせない。ファリスの言葉をかき消して眼鏡女に問う。


「そこにあるにはあるはずですが、少々場所が問題でして……」


「石を事を最初に口に出したのはお前だ、今更言い澱んでどうする」


「魔王城……。かつてそう呼ばれる居城があったとされるドスメルグ鬼岩帯にございます」


「なるほど。確かにその様な地であれば魔法力を蓄える石が埋もれていそうだな」


「しかし、あんな所に足を踏み入れていいものか躊躇ってしまいます……」


 ふと急に。幼き頃に勇者アレグストと呼ばれた男に言い聞かせられた事を思い出した。魔王討伐を目的とした旅に躊躇いは付き物だった、何か光が見えた時、必ずそこに躊躇いの情を抱かせる闇が潜んでいる。それでも進まなければならない、誰もが踏み出せずにいる1歩を我先に踏み出して供の道を切り開く。それこそが勇者が勇者と呼ばれる所以であり、たった1つではあるが他の者には真似の出来ぬ特有の技能なのだと。その記憶が頭の中を駆けて行った後、何か身体の奥に熱いものがたぎっているの感じた。それはほんの微かに。


「かつて俺は魔王城に踏み込んだ事がある」


「クミン殿下、急に何を!?」


「まだ母上の腹の中にいたが、俺も生きて帰ってきた事には違いあるまい?」


「聖女エルトリア様が生還されたわけですから、まあ、そうとも言えない事はございません」


「お前は魔王城から生還した賢者パルティスの末裔だな?」


「そうにございます」


「ファリスの母も踏み込んだ事があるな?」


 ファリスは頷きながらも何かを言いかけた様子だったが、目線の合図でそれを制して話を続ける。


「仮に、その場で魔王が復活したところで魔王討伐軍の血を受け継ぐ者達で再び討てばよい! ただそれだけだ」


 これは完全なはったりだった。今の俺では1000年の修行で得たチカラを完全には出し切れない。綱渡りではあるが、どんなに細い綱であろうと今は渡るしかないのだ。そう思った時、再び勇者アレグストと呼ばれた男の姿が頭の中に浮かんだ。「1歩を踏み出す勇気、それだけは修行で身に付くものではない資質だ」、この言葉を思い出した時に初めてお前の前に勇者への細い道が現れるだろう。王城の寝室で、幾度となくそう俺に語り掛けてきたあの男。その瞬間、国王ではなく引退したはずの勇者に戻っていたのかもしれない。そして、俺は……。1000年前に時空の狭宮に入る時に決意した何か、1000年の間で忘却の彼方へ行ってしまった何かが戻る気配を感じ始めていた気がする。

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