Ⅲ 蹴り飛ばせ、運命!

第16話「クソみたいな世界の、クソみたいな運命」


「お疲れ様でした!」


「おう! 気をつけて帰れよ!」


 バイト帰り。

 ちなみに、俺のバイト先はラーメン屋。

 地元では知る人ぞ知る名店、『ラーメン・未来紅琉みらくる』だ。

 ここのラーメンはマジで美味うまい。

 何よりも大将がめっちゃ良い人。

 頭に巻いたタオルと、立派なビール腹がトレードマーク。

 最近はまかないを食べずに帰るからということで、帰りにはギョーザのタネやカラアゲを持たせてくれる。

 高校生の俺をこころよく受け入れてくれた、最高の大将なんだ。

 ちなみに、大将の息子さんも一緒に働いている。

 大学生の、気のいい兄ちゃんだ。


「遅かったわね」


 ラフィーだ。

 少し先のコンビニの前、ガードレールに寄りかかっている。

 ……その部屋着のまま外出するのはまずくないか?


「悪い」


 今日は忙しかったこともあって、ほんの少し22時を過ぎてしまった。


「さっさと行くわよ」


 バイトの帰りにそのまま公園で訓練するので、俺を待っていたのだ。

 このルーティーンも、すでに2ヶ月目に入ろうとしている。


「リアンは?」


「『なんか、きなくさい』とか言って、出かけていったわ。『魔王』に動きがあるかもしれない」


 『魔王』の方は先生を『傀儡くぐつ』にして以来、大人しいものだ。

 相変わらず『魔物』は襲ってくるが、それだけ。

 リアン曰く、貴重な『魔力』を消費して粗雑そざつな『傀儡くぐつ』を差し向けても無駄だとわかったんだろう、とのこと。


 つまり次に攻めてくるときは、前よりも厄介やっかいな敵が来るってことだ。


 俺たちは相変わらず訓練を続けながら、それに備えている。

 それと並行して『魔王』が封印されている『何かアイテム』を探しているが、その行方ゆくえは全くつかめていない。


「そういうわけだから、今日の訓練はナシよ」


「え?」


「何か起こるかも知れないから、私の『幸運』を温存しといたほうがいいって。リアンが」


「そっか」


「だから、さっさと帰りましょう。今日はカラアゲあるのよね?」


 ラフィーの鼻が、小さく動いた。

 美味そうな匂いがただよっているのだ。


「ごはん、スイッチ入れてきたの。帰ったら炊けてるわ」


「ありがとう」


 この1ヶ月で、ラフィーは米の炊き方を覚えた。

 大進歩だ。


「リアンは?」


 夕飯はどうするのだろうか。


「夕飯の時間には一度もどるって言ってたわ」


 二人で連れ立って歩く。

 バイト先から俺のアパートまでは、徒歩で15分くらい。

 薄暗い裏路地を歩くことになる。


「今日は一人だったんだろ? 暗いの怖くなかったか?」


「は? 誰に向かって言ってんのよ」


 ラフィーの眉が吊り上がった。

 こわ。


「私は大聖女様よ。暗闇が怖くて聖女なんかやってらんないっつうの」


「そうなのか?」


「当たり前でしょ」


 そう言われても。


「そもそも、『聖女』って何する人なんだよ」


「は? 知らないわけ?」


「知らないだろ。この世界に『聖女』はいないんだから」


「まあ、そっか」


 ふと、ラフィーが足を止めた。


「……聞く? 『聖女』の話」



 あ。



 俺にはわかった。

 ほんの少し、俺たちの距離が縮まろうとしている。


「うん。聞きたい」


 俺の知っておくべき話なんだろう。

 そりゃそうだ。


 俺は、二人のことを知らなさすぎる。






 * * *






「奇跡だ!」

「神がさずたまうた奇跡だ!」

「ああ! ついに我らの元に大聖女様が!」

「お生まれになったのだ! 大聖女様が!」

「大聖女様バンザイ!」

「バンザイ!」

「バンザイ!」


 拍手喝采、万歳三唱の中で生まれてきた。

 それが私。

 生まれた時から『聖女』の中の『聖女』、『大聖女』として運命づけられていたわ。




 クソみたいな世界で、クソみたいな運命を背負って生まれてきた。

 それが、私よ。




 私の母も『聖女』だったの。

 その母に啓示けいじが下された。

 『大聖女を産む聖母となるであろう』と。

 同時に、神殿にも啓示けいじが下された。

 『近く魔王が復活するであろう』だって。


 神殿は、ありとあらゆる手・・・・・・・・を使って母を妊娠させたわ。

 

 『魔王』が復活するまでに、『大聖女』を授からなければ世界が滅ぶ。

 そう考えたから。


 母は、私を産んだ翌日に死んだって。

 自らの手で、そののどにナイフを突き立てて。


 だから、私は母を知らない。

 その温もりに抱かれていたのは、たったの1日。

 その1日だけが、私にとっての幸せな時間だったんだと思う。

 覚えていないけれど。





 私が覚えている一番古い記憶は、いかめしいおじさんたちの顔。

 親のいない私は、神殿の中で育てられたの。

 おじさんたちは誠心誠意の世話はしてくれるし、きちんと教育も受けさせてくれた。

 でも、それだけだった。

 私は、愛情ってものを知らずに育ったわ。


 6歳くらいだったかな?

 神殿を抜け出したのは。

 私も欲しかったの。

 絵本に書いてあった、『友達』が。


 神殿を抜け出した先は、知らないものばっかりの新しい世界だった。

 本の中で見た世界が、本当にそこに広がっていたの。

 ワクワクしたわ。


 そこで一人の男の子に出会ったの。

 彼は、ありとあらゆることを私に教えてくれた。

 街の歩き方、遊び方、おいしい食べ物……。

 楽しかったわ。

 こんなに楽しいことが世の中にはあるんだって、私は初めて知ったのよ。


 でも夕方になって、私は怖くなった。

 帰らなきゃ。叱られるって。



「私、神殿に帰らなきゃ」


「神殿?」


「うん」


「お前、聖女なのか?」


「え?」


「お前、聖女だったのか!」


 突然のことで、何が起こったのか分からなかった。

 男の子が、私の体を突き飛ばしたの。


きたならしい女め! さっさと帰れ!」


 あの時の彼の顔を、今でもよく覚えてる。

 怒ってるのに、泣いてた。



 泣きながら帰ったわ。

 帰ってきた私は、もちろんおじさんたちに叱られた。

 折檻せっかんされて、3日間もごはんを食べさせてもらえなかった。


「外のけがれを持ち込んだ。全て吐き出すまで、食べてはならない」


 だってさ。


 狂ってたのよ。あの世界は。


 神殿は『聖女』を囲い込んで正義の味方気取り。

 貴族は神殿にお布施を出して、聖女の『幸運』にあやかる。

 平民は貴族の生活と神殿の維持のために税金をむしり取られる。


 神殿の中と外は、全く違う世界だったの。


 その翌年から、私は『聖女』として働かされた。

 祈りを介して『神』とつながり、『幸運』を受け取ることができるのが『聖女』。

 私たちは、来る日も来る日も、誰かの幸せのために祈り続けたわ。


 私は『大聖女』だから、私の『幸運』にあやかろうという貴族が毎日のように列を作った。

 まるで蟻の行列だったわね。


「ああ、大聖女様! どうか、我が子に神の祝福を」

「妻の病気を治してください!」

「新しい事業の成功に祈りを!」

「息子の学業成就を!」

「投資の成功を!」

「大聖女様!」

「大聖女様!」

「大聖女様!」


 汚い。

 ぜんぶ汚い。


 私、世界のことが大嫌いになったの。

 当然よね?


 ……『魔王』が復活しちゃえばいいのにって、思ったわ。

 『魔王』は全てのヒトから『幸運』を吸い取って、果てには全てを混沌こんとんの闇に飲み込んでいく。


 そうなればいいのにって、思った。


 だって、私は『大聖女』で、『神』から膨大な『幸運』を授かったのに。

 一つも幸せなんかじゃなかったから。

 だったら、みんなみんな不幸になればいいのにって。

 そう思ったの。


 でもね。

 そんなクソみたいな私の世界にも、ちゃんと『幸運』はあった。





 『神』は、私のところに『リアン悪魔の子』を連れて来てくれたのよ──。

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