第10話「迫る魔王の手下、俺は幼馴染とラブコメするけどな!」


「……どうぞ」


 ラフィーが言うと、静かにドアが開いた。

 はたして、そこに立っていたのは……。


「先生!?」


 俺たちの担任教師・溝尾みぞお正宏まさひろ先生だった。

 ちょっと頭が光っている、あの人だ。


「ちゃんと活動してるか〜?」


 先生はほがらかに笑いながら部室内に入ってくる。

 さっきまでの禍々まがまがしい気配は、すっかり霧散むさんしてしまっている。


 勘違い、だったのか?


 そう思ってリアンの方を見ると、小さく首を横に振った。

 勘違いなんかじゃないってことだ。


「今日は何してたんだ?」


「課外活動の計画を立てていました」


「課外活動?」


「織田信長ゆかりの地をめぐろうと思っているんです」


 ──ピリッ。


 一気に、室温が下がったのがわかる。

 こいつは、ヤバい。


「先生も一緒にいかがですか?」


「いや。その課外活動は許可できないな」


「どうしてですか?」


 先生が一歩、またと一歩ラフィーに近づいていく。


 ──バンッ!


 ラフィーの前に広げられていた地図に、平手が落ちて大きな音が鳴る。

 机にはピシリとヒビが入った。


 ──グシャッ。


 そのまま地図が片手でグシャグシャにされる。

 小さく丸まって……。

 え、どこまで? どこまで小さくなんの?


 ──コロン。


 最後に残されたのは、小指の先よりもなお小さい、小さな粒。

 机のヒビといい、どんな力自慢だよ……!


<大人しくしておけ。あの方の封印が解ければ、真っ先にその首を差し出すことになる>


 先生の声じゃない。

 ガサガサしてて、ドロドロしてる。

 この世のものと思えないような、おどろおどろしい声。


「逆よ逆。私が、あんたのご主人様の首をとるのよ」


<人間風情が>


「大聖女様と呼びなさい」


<ククク。そんな態度でいられるのも今の内だ>


「封印が解けたらと言わずに、あんたが今やればいいんじゃないの?」


<ふむ>


「私は逃げも隠れもしないわよ」


<ふんっ>


 先生がきびすを返した。


<そのセリフ、後悔するなよ>


 それだけ言い残して、去っていった。





「なんだったんだ?」


「宣戦布告と警告ね」


「俺たちに邪魔されたくないんだ。素直な奴だよ、『魔王』ってやつは」


 ラフィーとリアンは、あれの気配が消えてぐったりと座り込んだ俺とは正反対。

 やっぱり、踏んできた場数が違うな。

 

 それにしても……。


「先生に何があったんだ? さっきのホームルームまでは普通だったのに」


「取りかれたんだわ」


「織田信長みたいにか?」


「ううん。あくまでも『魔王』の魔力の一部が取りいて、『傀儡くぐつ』にしただけ。『魔王』と完全に同化した織田おだ信長のぶながは、あんなもんじゃないわ」


「それにしても、あれほど強い『傀儡くぐつ』を生み出すなんて。さらに一段階、『魔王』の封印が剥がれたみたいですね」


「『魔王』は、なんだってこんな回りくどいことしてんだ?」


 『傀儡くぐつ』なんか作ってないでさっさと封印をがして、世界征服とかなんかすれば済む話じゃないのか?


「『傀儡くぐつ』をつかって、『幸運』を集めてるのよ」


「わざわざヒトに化けて?」


「その方が、効率がいいんでしょ。そして、集めた『幸運』を『魔力』に換えて、そのパワーで封印をはがそうとしてる」


「なるほど」


「『傀儡くぐつ』は『土塊つちくれ』とは桁違けたちがいに強いわよ。リアンでも、多少は手こずるわね」


「じゃあ、どうするんだよ」


 このまま放っておいたら、『傀儡くぐつ』は周囲の『幸運』を吸い取ってしまうってことだ。


「早くなんとかしなきゃ、みんな『幸運』を吸い取られちゃうんだろ!?」


 そしたら、俺みたいに不幸になってしまう。


「落ち着いて。早く対応しなきゃいけないのはそうなんだけど、できないわ」


「どうして」


「それが『傀儡くぐつ』の怖いところよ」


「え?」


「ヒトに紛れてるからこそ、そばには常にヒトがいる。器の近しい人間を人質に取られているようなものよ」


 そうか。先生は、家では家族のそばに。学校では他の先生や生徒のそばに。

 常にヒトのそばにいる。

 こちらから、下手に攻撃したら巻き込んでしまう。


「じゃあ、どうするんだよ」


「あっちが仕掛けてくるのを待つしかないわ」


「どうやって?」


「私のスキル【保護プロテクト】を使う」


「【保護プロテクト】?」


「私の【保護プロテクト】をかければ、『魔物』に『幸運』を吸われなくなるの。あんたにもかけてあるのよ、【保護プロテクト】」


「なるほど」


 だからこの1週間は減ってないんだな、俺の『幸運』は。


「アイツも『幸運』を吸い取れない原因が私たちだとすぐに気づく。そしたら、あっちから仕掛けてくるわ。その時に確実に倒す」


「……わかった。……でも、なんで先生が?」


「『魔王』の手下が、どこかにいる。僕らの近くに」


 リアンの赤い瞳がきらりと光った。


「え?」


「さっきも言ったろ。『魔王』の気配が動いているって」


「そういえば」


「『魔王』が封印されてる『何かアイテム』を持ち歩いている奴がいるんだ。そいつが織田信長ゆかりの地を歩き回って、そこに残された『魔力』を回収している」


「そいつが、先生に近づいて『傀儡くぐつ』化したってことか?」


「一人なら、まだ私を殺せるほどの力はないけど……」


「放っておくのはまずいですね。数で押されたら僕たちで守るのも厳しくなる」


「まさか、まだ増えるのか?」


「そうよ」


「集めた『幸運』で封印を剥がし、解放された『魔力』でさらに『傀儡くぐつ』を生み出す。それを繰り返して、復活しようとしてるんだ」


「そして、その一番の障壁しょうへきとなるのが大聖女。『傀儡くぐつ』は、私を殺そうと狙ってくるわ」


 大聖女とその仲間たちが魔王を討伐する、って。これはそういう話だろ?

 逆の立場から攻撃されるとは思ってなかったな。


 いや、そんなことよりも。


「……先生、助かるよな?」


「『傀儡くぐつ』は生きてる人間に取りかないと成立しない。今なら・・・、ちゃんと生きてるわ……」


 日本史担当教師。

 奥さんと子供が二人いるはずだ。

 確か、俺たちと同じくらいの歳の女の子が二人。

 最近は家の中で避けられてるってなげいていたけど。



「助けなきゃ」



「……」


「……」


「なんだよ」


 二人が、ニンマリと笑っている。


「そうよね」


「助けなきゃいけないよな」


「お、おう」


 なんだよ、その笑顔は……?


「今のままじゃ、ぜんぜんかなわないからな」


「まじ?」


「これは、訓練のレベルを上げなきゃいけないわね」


「まじ?」


 ニヤリ。

 だから、その悪い顔やめてくれって。


 まあでも。


 ──助けなきゃ。





 * * *





 ──逢魔時おうまがとき

 この国のヒトは、この時間のことをそう呼ぶらしい。

 西の空が真っ赤に燃えている。


「わかってるね」


<はい>


「いざとなれば、その器を人質にでも差し出すんだね。せめて、『明智』は殺してみせなよ」


おおせのままに>


「行け」


<はっ>


 『傀儡くぐつ』が消えた後には、風の音だけが残った。


 『私』一人きりだから、当たり前か。

 学校の屋上。給水塔よりもさらに上、避雷針ひらいしんの切っ先に立っている『私』だけ。

 こんなところに来るような人間はいない。


「ふふふ。『明智』くん、君の実力を見せてもらうよ」


 つい一週間前まで、自分が特別な人間だと知らなかった彼。

 かわいそうに。

 『大聖女』が『あの方』を見つけてしまったばっかりに、巻き込まれてしまった。


「知らなければ、幸せに暮らせたのにね」


 多少の不幸を抱えながらも夢と希望に向かって、楽しい楽しい学園ライフを送れたことだろう。

 彼の望み通りに。


「かわいそう、かわいそう」


 本当に、かわいそう。


「せめて、早めに殺してあげるね?」


 苦しむ前に。


「だって、幼馴染おさななじみだもんね。私たち」


 『私』の見つめる先に、人影が一つ──。




 * * *





 帰り道。

 リアンとラフィーは溝尾先生の家族の元に向かった。

 スキル【保護プロテクト】をかけるためだ。


「明智くん!」


井野口いのぐち


 呼ばれて振り返ると、幼馴染おさななじみがいた。


「珍しいな。こんな時間に帰るの」


「うん。今日は部活早く終わったんだ」


 日に焼けた肌に朗らかな笑みが浮かぶ。

 ああ、いやし。

 最近は性悪の女ばかり見てたから、いやしパワーがハンパない。


「どうだ、テニス部」


 インターハイ予選が近い。

 1年生にしてレギュラー入りしているらしいから、大変だろう。


「うん。ボチボチやってるよ」


「そか」


「一緒に帰るの、久しぶりだね」


「そうだな」


 幼馴染とはいえ異性だから、一緒に登下校したのは小学校くらいまでだ。

 こうして肩を並べて帰宅するのは、ちょっと照れ臭い。


「久しぶりだね、一緒に帰るの」


「そうだな」


「うん」


 笑った顔は、相変わらずだ。

 子供の時から変わらない。

 俺の幼馴染。

 かわいいんだよ、まじで。




 俺の好きな子は、かわいいんだ。




 そんなことを考えていたら、俺の右手に何かが触れた。

 暖かい、何か。

 見てみると、それは日に焼けた小さな指だった。


 彼女が、俺の右手に触れている。

 そして、何か言いたげに上目遣いで俺の方を見ている。



 え。



 これは……。


 これは……!!!!!!


 おそるおそる、その手を握った。

 そういうことで、間違いない……よな?


 彼女の方も、ぎゅっと握り返してくれた。


 ありなのか?

 高校生の男女が、付き合ってもないのに手を繋いで下校するのはありなのか?


「あ、あ、あのさ……」


「小さい時は、こうやって手繋いで帰ったよね」


「う、うん」


「懐かしいね、ユウくん!」


 ユウくん。

 そうだ。子供の頃は、そう呼ばれてた。

 俺、彼女のことを何て呼んでたっけ?


「……そうだね、チカちゃん」


 小麦色の頬が、色づいた。

 燃え上がる夕日が反射しただけかもしれない。

 でも、そうじゃないって。


 俺は、そう思った。


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